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今こそ企業の経営力を高め日本経済繁栄への突破口を開け|【特集】破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか[PART6・前編]

日本の借金膨張が止まらない。世界一の「債務大国」であるにもかかわらず、新型コロナ対策を理由にした国債発行、予算増額はとどまるところを知らない。だが、際限なく天から降ってくるお金は、日本企業や国民一人ひとりが本来持つ自立の精神を奪い、思考停止へといざなう。このまま突き進めば、将来どのような危機が起こりうるのか。その未来を避ける方策とは。〝打ち出の小槌〟など、現実の世界には存在しない。

2022年1月号表紙画像(1280×500)

新型コロナからの経済回復を契機として、国の姿勢、企業の発想の転換が必要になる。価格転嫁、イノベーション、官民連携の加速──。課題解決のヒントを探る。

財政再建のためには、国家のムダな「支出」を減らすだけでなく、旺盛な経済活動によって法人税や所得税などによる「収入」を増やすことも重要となる。日本経済の繁栄は税収の拡大にとどまらず、労働者の賃金増、新たなイノベーションの創出など、国民生活を豊かにするメリットがある。新型コロナウイルスの影響から経済が回復しつつある今、日本企業は、そして国家は、活力ある日本経済実現に向けた戦略をどう描き、実行していくべきか。経済界、財政学界の最前線で活躍する二人に話を聞いた。
話者/櫻田謙悟×土居丈朗
聞き手・構成/編集部(濱崎陽平)

櫻田謙悟氏

話者・櫻田謙悟(Kengo Sakurada)
経済同友会代表幹事・SOMPOホールディングス グループCEO取締役 代表執行役社長
早稲田大学商学部卒。1978年安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン)入社。2012年にNKSJホールディングス(SOMPOホールディングス)社長。17年に経済同友会副代表幹事、19年4月に同代表幹事に就任。
(写真=NORIYUKI INOUE)

土居丈朗氏

話者・土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授
専門は公共経済学、財政学、税制等。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所助手等を経て現職。近著に『平成の経済政策はどう決められたか アベノミクスの源流を探る』(中央公論新社、2020年)。
(写真=NORIYUKI INOUE)

──編集部(以下、──)新型コロナウイルス感染対策での緊急的な財政出動も相俟って、日本の財政状況は悪化の一途を辿っている。今、国や経済界に求められる役割は何か。

櫻田 財政健全化の議論において重要となるのは、日本経済の成長だ。そして、「成長なくして分配なし」。成長と分配、持続可能性は一体的に考えるべき問題だ。分配の原資を生み、成長をもたらすのは企業の役割である。将来の日本経済の命運を握るのは、企業だ。したがって今、必要なのは、企業の成長戦略だと考えている。

土居 新型コロナウイルス感染症対策として、政府はこれまでさまざまな巨額の財政出動を行ってきた。今後重要なことは2点ある。1点目は、「この先この程度までは支援する」ということを予め決め、政府が意思表示をすることだ。それがなく、漫然と支援を続けていけば、国民は「困ったら国が助けてくれる」「また(給付金などを)もらえる」という自律を妨げる思考になる。徐々に経済が回復し、景気が上向こうとしているのに、いつまでたっても財政支援から抜け出せない状況は看過できない。

 2点目は、足元の原材料価格高騰など、苦しい状況に直面しているが、これを機に日本企業は値上げをしてでも利益を確保するという「価格転嫁力」をつけ、経営体質を強化し、雇用の確保はもちろんのこと、従業員の賃金を上げる決断をし、実行することだ。国民は消費増税や価格上昇に敏感で、例えば国家財政のために必要だとしても、消費増税を何かと〝悪者〟にしたがる。だが、消費税率を上げると企業の利益が減るという問題は、日本企業の「価格転嫁力」が弱いからだ。

 前回の増税による経済への打撃の教訓は、まさにこの点にあるといっても過言ではない。

櫻田 その通りだ。増税と経済の話は、「鶏が先か、卵が先か」の議論が多すぎる。「消費増税のせいで消費が落ち、家計の収入は減り、経済も成長できない」という声があるが、そもそも企業が魅力ある商品・サービスを生み出せば、世の中から評価され必ず売れ、そして利益を生み出す。それは結果的に国家の税収増にもつながる。日本は、どちらが先だったら良いのかという議論に時間をかけ過ぎてきたが、もういい加減、堂々巡りの議論から脱却すべきだ。不幸中の幸いかもしれないが、新型コロナはその議論を強制的に止めた契機にもなったといえる。この30年間、問題を先送りしてきたことにようやく気づいた。

土居 労働者の賃金を上げることは、首相が命令してできるわけではない。国は側面支援しかできない。企業の役割はポストコロナでより重要になる。まずは企業の価格転嫁力を強化するとともに、経営者が賃金アップを実現していけば、消費も増え、企業も成長し、結果的に国家の税収入も増えるという好循環が生まれてくるはずだ。財政が健全化すれば、社会保障の充実という形で国民にも還元される。今こそ「経営者の英断」が求められる。

櫻田  今までなぜそれができなかったか。我々経済界が「需要」を作り出すことができなかったのも一つの原因だ。いまや資本主義は需要がメインだ。企業が魅力ある商品、サービスを生み出せなかったことにも責任の一端がある。今後の経済界には、そうした観点が必要になる。

 手前味噌だが、SOMPOホールディングスでは介護分野でそれを実践している。政府は、2022年2月から介護職などの賃金アップを行う方針を示しているが、我々はそれらに先駆けて、介護職のリーダー層を中心に給与を50万円アップさせることを発表した。現在約8万人のご利用者に対し、従業員が約2万4000人在籍し、来期は430人程度を採用する予定だ。

 人材不足の時代だが、多くの方に応募していただける状況にある。賃金を上げたからだけではないと思う。今、介護現場にはロボットを導入し、デジタル技術を磨き、ビッグデータ解析も取り入れ始めている。一方で、従業員には〝人間にしかできない仕事〟に集中してもらっている。サービス産業とは、機械には決してできない、人間の知恵を使うことに価値があるものである。それらが魅力あるサービスの提供につながっている。「こうすればお年寄りに喜んでもらえるんだ」と実感してもらうためだ。

 従業員の生産性向上のためには、会社への愛着心やモチベーションのアップが極めて重要だ。賃金アップだけでなく、こうした取組みを多くの人に認識してもらっているからこそ、多くの応募につながっていると思う。目先の利益が一時的に少なくなったとしても、後々必ず結果として返ってくるのではないかと信じている。

国民に分かりやすい言葉で
説明し、選択してもらうこと

──先の衆議院議員選挙を振り返っても、各党とも「分配」の議論が先行し、閉塞した経済を打破する視点が欠けていたように感じる。

櫻田 経営者は自社の置かれた事業環境を他社と比較して見ていく必要がある。競合他社だけではない。例えば、我々の損害保険業界も、昔のように金融業界だけ見ていればいいわけではない。既存の業界秩序やビジネスモデルを破壊する「ディスラプター」は、どの産業から参入してくるかわからない時代に入っている。

 過去 30 年間、日本の経済成長は世界の後塵を拝してきた。1990~2020年の名目国内総生産(GDP) 成長率は、米国で 3.5 倍、中国で 37 倍、英仏独は 2 倍強に拡大した(下図参照)。一方、日本は 1.6 倍だ。だが国民全体に、世界と比較して相対的に貧しくなっている感覚がない。

図日本の経済成長率(タイトル入)

 それでは成長のためには何が必要か。それは、「イノベーション」だ。だが、一口にイノベーションといっても、例えば政府のいうそれは何を指すのかが重要だ。プロダクト、生産技術、プロセス、ビジネスモデル、事業のトランスフォーメーションと、さまざまなイノベーションがある。

 このうち、日本ではどの分野の、どの企業が力を持っているのか。政府にはマクロ経済のみならず、ミクロの実態をよく見て、よく耳を傾けて、規制改革やファンド組成、税制措置など、民間がトライ&エラーを実行できるような環境を整える具体的な支援を期待している。

 例えば、今、私が注目している具体的なイノベーションのひとつが「e-fuel」だ。EVへのシフトというEU が作った土俵で戦うのではなく、日本の自動車産業が誇る内燃機関技術を活用できるe-fuelを成長に向けたイノベーションとすることで、日本の産業の優位性を活用しながら、内燃機関技術者などの雇用を守りながら経済成長につなげる試みだ。政府にはこうした取り組みに支援をしてほしい。

土居 政治の世界では今、「分配」の議論が先行し過ぎている。本当は誰かが「分配の政策に偏りすぎだ」と言わないといけないのだが、残念ながら今の政治家に止められる人がいない。今後はむしろ、そうした思いのある経済界から、具体的な提言を期待したい。

櫻田 経済界としても声を上げていく必要があると認識している。また国民も「分配」の議論が中心となって、将来世代にツケを回していることに気づきにくい。これはぜひ土居先生をはじめとする学者の方々にも、一般の人にわかりやすい言葉で語って頂きたい。

 聞こえのいいこと、例えば現代貨幣理論(MMT)の話を聞くと、国民は「税金が不要になる」「借金を返さなくてもよくなる」などと流されやすくなる。MMTの何が問題なのかを具体的にわかりやすく発信しなければならない。

 これは財政だけに限らない。エネルギーや安全保障なども同様だ。国民に向けたわかりやすいストーリーが必要で、どちらか一方の意見に偏るのではなく、そのストーリーを示して国民に選択してもらうことが必要だ。私は、日本国民に冷静な判断力が失われているとは思えない。

民間では考えられない
コロナワクチンの在庫管理

──政府は巨額の経済対策でさまざまなビジョンを示しているが、官民連携を進めるにあたっての課題は何か。

櫻田 実行力は細部に宿る。例えば政府の掲げる10兆円ファンドも、具体的に大学の研究室にどれくらいの資金が提供されるのか、抽象的な概念にとどまっている。2兆円の脱炭素資金もそうだ。パッケージになっている。官民でやるべきことを明確に決めるべきだ。

土居 当初は新型コロナの正体が分からず、仕方ない面もあったが、安倍晋三政権後半から、こうした施策や予算全体の金額の桁が増えている印象だ。金額を増やすことや何かを施すことが自らの役割」と認識している政治家が多い。だが、現実の予算をみてみると中身が空っぽのケースが多い。その後の効果検証も不十分だ。特に20年度の補正予算や、岸田文雄政権が掲げた55兆円にものぼる新たな経済対策は象徴的だ。金額は積んだが中身が詰まっていない。

 官僚も日々の業務に忙殺され、疲弊している印象を受ける。本来は、政治が大きな方針を示し、官僚がそれに沿うように細部を決めて民間に対し効果が出るように働きかけるのが政官関係のあるべき姿だが、今はそれが十分にできていない。

櫻田 国には、もっと民間の知恵に頼ってもらいたいと思っている。象徴的だったのが、新型コロナのワクチン接種だ。ワクチン接種が始まった初期の頃、十分な供給を強調する政府に対し、在庫が偏在し、自治体によっては接種にまで至らないということが見られたが、なぜあのようなことが起こるのか。

 「商品が今、どこに、どれくらいあるかわからない」など、民間では考えられないことだ。こうした在庫管理のシステム一つとっても、「民間の知恵をもっと使うべきだ」と認めて、早々に官民連携を進めていくべきだった。政官ともに、民間の力をもっと信じてほしい。

 ワクチンの打ち手もそうだ。米国では早い段階から薬剤師、獣医などさまざまな人たちが連携して迅速に協力した。一方、日本は既得権に縛られており、柔軟な対応ができないことは国民には理解しがたい。(後編に続く)

出典:Wedge 2022年1月号

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