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〝リアリティー〟なきMMT論 負担の議論から目を背けるな|【特集】破裂寸前の国家財政 それでもバラマキ続けるのか[PART4]

日本の借金膨張が止まらない。世界一の「債務大国」であるにもかかわらず、新型コロナ対策を理由にした国債発行、予算増額はとどまるところを知らない。だが、際限なく天から降ってくるお金は、日本企業や国民一人ひとりが本来持つ自立の精神を奪い、思考停止へといざなう。このまま突き進めば、将来どのような危機が起こりうるのか。その未来を避ける方策とは。〝打ち出の小槌〟など、現実の世界には存在しない。

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「国はいくら借金をしても大丈夫」をひとたび信用すれば、国家が揺らぐ。コロナ禍で脚光を浴びる新理論を日本の財政政策に用いてはならない3つの理由とは。

文・森信茂樹(Shigeki Morinobu)
東京財団政策研究所 研究主幹
1973年京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。主税局調査課長、主税局総務課長、東京税関長、財務総合政策研究所長を歴任。2006年に財務省を退官し、中央大学法科大学院教授などを経て、18年より現職。著書に『税で日本はよみがえる:成長力を高める改革』(日本経済新聞出版)など多数。

 現代貨幣理論(MMT)とは、「自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続けることによって、国民負担なく財政出動が可能だ」という理論である。その結果、慢性的な投資不足で民間部門に貯蓄余剰(カネ余り)がある場合、財政再建や緊縮財政政策を行う必要はなく、これを埋め合わせる財政出動が望ましい、という結論になる。ただし歯止めはインフレ懸念で、徐々にインフレ率が上昇し始めたら、増税や歳出削減によって対応する、その仕組みをあらかじめ決めて(組み込んで)おけばいいとする。

 肝は、政府と中央銀行の勘定を「国家」として一体とみなすことで、財政赤字拡大に伴う国債の増発分は、それに見合う国民の資産増加額となる(会計的に一致する)という点だ。その結果、公的債務は将来世代の負担にはならないので、財政赤字の拡大は気にする必要はない、とする。

 米国では、MMTが格差是正や社会保障の拡大を求める民主党左派の支持を獲得し、わが国では財政赤字を気にすることなくコロナ禍での経済対策を行うことを正当化する文脈でしばしば用いられている。

 MMTは、金融政策が「流動性の罠」に陥り機能不全となっている現状で、それを解決する一定の理論を提供しているともいえるが、わが国では、「国はいくら借金をしても大丈夫」という部分だけが都合よく切り取られて論じられる場面が多い。以下、わが国のMMT論者に決定的に欠けている論点を見てみたい。

規律欠如が招く放漫財政
「取捨選択」の判断軸を捨てるな

 一つ目は、予算編成の規律の欠如が招く弊害だ。教育や福祉、インフラ整備など、必要なところに制限なく予算をつけることができるということでは、予算の無駄に歯止めが利かなくなる。制約がなければ、全ての予算要求は「国民にとって必要なお金」となり、予算を投じた政策の効果検証も甘くなり、「本当に必要な予算かどうか」の判断軸がなくなる。政策効果の高い歳出に対して選択的に予算を充当する「ワイズ・スペンディング」が機能せず放漫財政になれば、国家の拠って立つ信任を失うことにもつながる。

 2021年11月に決定された55兆円余の経済対策をみると、18歳以下の子ども1人当たり10万円給付がほぼ全世帯に配られ、国土強靭化と銘打って公的事業を潜り込ませるなど、規模ありきの従来型の内容となっている。新たに整備された国の資産に対し、投じられた予算に見合うだけの有効活用がなされなければ、維持費だけがかかり価値に棄損が生じるわけで、「借金は国民の資産になるから大丈夫」とはいえなくなる。財政拡大はケインズ理論において有効な政策だとみられているが、これをそのまま「成長戦略」とするのは違和感がある。

 長年大蔵省・財務省で予算編成に携わってきた筆者の実感からすれば、このような考え方は、予算編成の「リアリティー」に欠けた「バーチャル」な議論に思える。

 予算というのは、医療・介護・年金・子育て支援等の社会保障や、災害から守る公共事業など、国民の命を守る「リアルな政策」を数字に表したもので、税金や保険料など、国民の負担により裏打ちされている。だからこそ、関係省庁や自民党部会など、関係者のぎりぎりの攻防を経て決定される。

図(タイトル入)

 患者1人当たり年間約600万円という、高額なアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を具体例に挙げよう。この薬は米国で条件付き承認され、今後、わが国でも承認や保険適用の可否が検討されるだろう。認知症大国のわが国としては、人命救助や介護負担軽減につながるので保険適用は望ましい。一方、医療保険財政を考えると、新薬を必要な者全員に適用するためには勤労世代の負担増が必要となる。このような予算制約の中で、侃侃諤諤意見を戦わせ、「負担」と「給付」のぎりぎりの選択が迫られる状況でこそ、その必要性の確認や効果検証の精度が高まるのだ。これがリアルな予算編成の現場の姿である。

 もう一つ重要な論点がある。予算制限がなければ、国がやるべきことと、民間企業に任せるべきことの垣根が崩れ、「全て国のお金でやればよい」となってしまうことだ。市場メカニズムの下で民間にできることは民間に任せたうえで、「市場の失敗」となりがちな分野にこそ国の出番があるはずだ。この区分がなくなれば経済の効率性や民間の活力が失われてしまう。

「地価税導入」と「消費増税」
一朝一夕に進まぬ、わが国の政策

 二つ目は「政策の実現性を考慮していない」という点だ。インフレ率が上昇し始めたら増税や歳出削減により対応する必要があるが、MMTではそのための具体策をあらかじめ決めておけばよいとする。しかしこれはわが国の国会や政治の現実を踏まえたものではなく、「空理空論」と言えよう。なぜなら、「増税」は所得税なのか消費税なのか、「歳出削減」は社会保障か公共事業か、規模はどの程度か、これらの事項を国会で議論し、事前に決定できるとは到底考えられないからだ。

 次にタイミングの問題で、「インフレの兆しが見え始めたら対策をとればよい」とするが、これも現実的ではない。実例を2つ挙げよう。日本の地価税は「土地バブル対策」として導入されたが、高騰する土地価格が社会問題化し、対策の必要性が議論され始めたのが1989年で、地価税の導入が92年1月、この間3年が経過している。地価税の発動された92年には既にバブルが崩壊し地価は下がり始めており、課税対象となる百貨店やホテルなどの経営をさらに苦しめる結果となった。

 消費税増税(8%から10%への引き上げ)を例にとってみても、安倍晋三首相(当時)は「リーマン・ショック並みの経済変動が来ない限り消費税は予定通り引き上げる」と公言していたが、G7の場を利用しつつ、リーマン・ショック並みとは言えないレベルの景気の落ち込みで消費増税を延期した。

 これらの実例は、わが国の国会や政治が増税に対していかに消極的な対応をしてきたかを示している。MMT論者の述べる、「インフレ懸念が生じれば増税・歳出削減で機動的に対応すればいい」というのは非現実的な話だ。インフレは一度起きれば一気に加速する。懸念が生じてから対応するようでは間に合わない。現に直近にみられる米国発のインフレには最大の注意を払う必要があり、対応が遅れれば、痛みを被るのは国ではなく国民自身だ。

政治の〝人気取り〟は
いずれ国民の「負担」となる

 最後に、MMTの最大の問題は、将来の「負担」の問題から目を背けさせ、「給付」のモラルハザードを起こしかねないことだ。先の選挙では与野党ともに「バラマキ競争」を演じ、緊急時という名目で、経済対策も異常なほど予算規模を膨張させた。

 安倍政権は戦後最長の長期政権を維持したが、その背景にはアベノミクスの(意図せざる)リベラル性があったと考える。消費税率を8%、10%へと引き上げ、十数兆円の財政資金(財源)を活用して、子育て支援や幼児教育の無償化、待機児童解消などを進め、高齢者に偏っていた社会保障を「全世代型」に切り替えることで、子育て世代からの支持を広げていった。大和総研の調査結果によれば、2012年~20年の間に2度の増税を経験しながらも、30代4人世帯の実質可処分所得は増加したとされる。これは幼児教育の無償化によるためだが、先の選挙ではこの世代が自民党最大の支持層となった。

 このことからいえるのは、多くの国民は、たとえ増税や社会保険料負担の増加により国民負担が高まったとしても、その使い道や現実的な将来像が明確に示され、その恩恵を実感できれば、それら負担を受け入れる素地を持っているということである。

 賃金を上げても、医療、年金、介護、子育てに対する将来不安が残る限り国民は消費に振り向けず、子どもも持てず少子化につながっていく。若者の間にはびこる「将来不安」という〝リアル〟な現実が、消費を抑え、わが国が経済停滞・デフレから抜け出せない最大の要因となっている。

 今求められる政策は、MMTの議論を持ち出して〝いいとこどり〟をし、現実から目を背けるのではなく、安心できる将来像を示し、国民に理解を求めていくことではないか。岸田文雄首相の唱える「新しい資本主義」は、負担と受益の問題の原点に戻り、将来不安を軽減させるような将来ビジョンを示すことが中身であってほしい。

 岸田首相が会長を務める政治派閥・宏池会の源流ともいえる吉田茂元首相はかつて、「政治のあらゆる段階に人気取りが横行する。それは結局国民の負担となり、政治資金の乱費となる。ひいては政治の腐敗、道義の低下を助長するのである」と言った。今こそ、この言葉をかみしめたい。

出典:Wedge 2022年1月号

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