脱・中央制御型 〝群れ〟をつくるロボット|【特集】〚人類×テックの未来〛テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ[PART1-2 未来を拓くテクノロジー]
メタバース、自律型ロボット──。世界では次々と新しいテクノロジーが誕生している。日本でも既存技術を有効活用し、GAFAなどに対抗すべく、世界で主導権を握ろうとする動きもある。意外に思えるかもしれないが、かつて日本で隆盛したSF小説や漫画にヒントが隠れていたりもする。テクノロジーの新潮流が見えてきた中で、人類はこの変革のチャンスをどのように生かしていくべきか考える。
「ワークロイド」と呼ばれる、実用的なロボットの開発を行う京都のテムザック社の取り組みを通じて、未来の「ロボット社会」の姿を探る。
文・編集部(友森敏雄)
「これから重要になるのは〝群れ〟をつくることだ」。こう話すのは、「ワークロイド」と呼ばれる実用型ロボット開発企業テムザック(京都市上京区)の髙本陽一議長。ロボットが「群れ」をつくるといえば、東京五輪2020の開会式でドローンが地球を描いたことが記憶に新しい。インテル社が開発した「シューティングスター」という技術で、1台のコンピューターで1000台以上のドローンを制御して夜空に立体的な光の像をつくりだした。
ただ、髙本氏が言う「群れ」とは、中央制御型ではなく、ロボット同士がコミュニケーションをとり、さながら「群れ」のように、自律的に動くようにすること。それを実現したのが、テムザックが開発した建築施工ロボット「キャリー・ショット」という、2体の「天井石膏ボード貼り」ロボットだ。
具体的にはこう動く。「キャリー」が石膏ボードを天井に持ち上げる。そうすると、石膏ボードによって「キャリー」の視界は遮られ、正確な位置を確認することができない。そこで、代わりに「ショット」が位置情報を確認して適切な位置を「キャリー」に伝える。正確な位置に石膏ボードが置かれると、「ショット」がビス打ちをして固定する。また、施工データを読み込み、作業手順・位置をマップ化してそれぞれが自律して作業を行っているため、双方が衝突しそうになった場合、互いが現在行っている作業を確認しあい、どちらが回避するのが最適か、ロボット同士で判断して行動することができる。つまり、ロボットに搭載されたAIが、コミュニケーションをとって行動を選択しているのだ。
開発のきっかけは、パートナーとなった積水ハウスから、施工従事者不足や高齢化が喫緊の課題となっていると聞かされたからだ。「キャリー・ショット」は個人住宅での使用を想定されており、施工現場への搬入を容易にするため、小型・軽量化されたロボットにする必要もあった。「中央制御だと、すべてをプログラムする必要があり、イレギュラーな状況に対応できない。人間の代わりになるロボットは現場で判断して動くことが重要になる」と、髙本氏は強調する。そして「こうした技術は、さまざまな実用ワークロイドを開発してきたからこそ実現することができた」という。
テムザックはもともと、福岡県を拠点にした食品製造機器のメーカーだった。2000年に3代目の髙本氏が「これからはロボットの時代」と、スピンアウトする形で会社を立ち上げた。それ以降、鉄道保線、災害、レスキュー、医療、モビリティなど、さまざまな分野向けにオーダーメードで各種ロボットを開発してきた。25人ほどの少数精鋭の技術者集団で、業界では知る人ぞ知る存在になった。
例えば、在来線の保線業務においても高齢化は深刻な問題で、夜間の限られた時間帯で作業を行う必要もあって重労働だ。そこで、線路のジャッキアップなど一連の作業を行うことができるロボットを開発した。
また、同じく人手不足が深刻な介護業界。ここでも夜間、人間に代わって巡回見守りを行うロボットを開発して現在、名古屋市の介護施設で実用化に向けた実証を行っている。こちらは、ロボットと居室ドアの自動開閉システムをセットにして月額6.6万円での提供を予定している。
京都から
観光スタイルを変える
21年、テムザックは拠点を福岡県宗像市から京都市に移した。個性的なモノづくり企業が多いだけに、もともと訪問する機会が多かったが、きっかけとなったのは、老舗西陣織のオーナーからの一声だった。ロボットの研究拠点にできる場所を探しているという事情を説明したところ、オーナーが「それは面白い」と、かつて西陣織の製造に使っていた建屋をテムザックの研究開発拠点として使用してはどうかと声をかけてくれたのだ。「町の人々はもちろん、モビリティ実験では京都府警も全面的にバックアップしてくれるなど、いったん懐に入ると非常に協力的な町」(髙本氏)と、京都市への移転を決めた。
その京都市で現在進めているのがモビリティプロジェクトだ。京都の観光地を1人乗り型電動車両「RODEM(ロデム)」で移動してもらい、将来的には、使用後は充電スポットまで「ロデム」が自律走行で戻るというもの。
ロデムの独特な点は後ろからではなく、前乗りするということだ。もともと開発のきっかけは、リハビリ患者や高齢者をベッドから車椅子に移動させる際、介助者が抱きかかえる必要があるため、腰への負担が大きく、腰痛を抱える介助者が多いという相談を九州大学病院から受けたことだった。
「椅子の背もたれを前にして跨いで座ってテレビを見ているときにひらめいた。ベッドから車椅子に前乗りすることができれば介助の必要がなく、椅子自体をロボット化しようと思った」(髙本氏)。乗る際は座席を低くし、運転する際にはジョイスティックを使って座席を高くすることで立った人と無理なく目線を合わせることができる。ロデムの存在を知った米デルタ航空から、空港でアテンダントが腰を曲げる必要がないとのことで、試験利用の依頼があった。病院への導入も始まっており、今年から量産を開始する予定だ。
医療向けに開発されたこのロデムの一般利用が進められているのが前述のモビリティプロジェクトだ。「自転車のシェアリングのような形を想定している。例えば、京都で最も人気の高い観光スポットである金閣寺。近くに龍安寺、仁和寺という素晴らしい名所があるが、交通の便が悪いために、金閣寺だけ観てバスに乗って帰るという人が少なくない。このような場面でロデムを使ってもらえれば、足を延ばすことができる。まずは京都でシティモビリティのモデルをつくって、他の観光地に広げていきたい」(髙本氏)と意気込む。将来的には、ここでもロデム同士がコミュニケーションをとるようにして、最適な配置を実現したい考えだ。
「ロボットに仕事が奪われることを懸念する声があるが、ロボットでやるしかないという現場が多いのが実情だ」(髙本氏)。これまでロボットといえば、人間とのコミュニケーションや、二足歩行などその動きやパフォーマンスで人を楽しませ、驚かせるということが一般的だったが、名実ともに実用の段階に入ったと言える。
出典:Wedge 2022年2月号
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