「北斗」利用で脅威増す海上民兵|【特集】押し寄せる中国の脅威 危機は海からやってくる[Column]
「中国の攻撃は2027年よりも前に起こる可能性がある」──。アキリーノ米太平洋艦隊司令官(当時)は今年3月、台湾有事への危機感をこう表現した。狭い海を隔てて押し寄せる中国の脅威。情勢は緊迫する一方だ。この状況に正面から向き合わなければ、日本は戦後、経験したことのないような「危機」に直面することになるだろう。今、求められる必要な「備え」を徹底検証する。
※年号、肩書、年齢は掲載当時のもの
中国が海洋進出のために運用する組織には、普段漁業に従事する者たちも含まれる。最新の衛星システムで組織化され、海軍や海警との連携強化が進んでいる。
中国が海洋進出を進めるために運用する組織には、海軍や海警の他、「海上民兵」が存在する。海上民兵は、普段は漁民や港湾関係者として漁業に従事するが、軍や政府の指導を受けて多様な海洋権益保護活動に携わることもある。
中国の国防法は海上民兵を武装力と位置づけ、戦時には戦争準備・非戦争軍事行動・防衛作戦などの諸任務を担うと規定する。平時でも休漁期間中に演習・軍事訓練に参加したり、係争海域での漁業等を通じて権益主張を実施したりする。現在も中国の沿海地域で海上民兵の組織化が進められている。
これまでも海上民兵は中国による海洋進出の様々な局面で役割を果たしてきた。例えば、中国がベトナムから西沙諸島の実効支配を奪った1974年の西沙海戦の際、情報作戦や上陸作戦において海軍を支援した。近年でも南シナ海で中国漁船が米海軍艦船の航行への妨害行為や近隣諸国の漁船への威圧行為などを繰り返しており、これらへの関与が疑われている。
2016年8月にも尖閣諸島周辺海域に一群の中国漁船が現れた。彼らが海上民兵だったかは不明だが、その直前に常万全・国防部長(当時)が東シナ海に面する浙江省の海上民兵部隊を視察していたことは留意すべきであろう。
海上民兵の活用で懸念されるのは、係争海域における紛争を中国のペースで進められてしまうことである。海上民兵は海軍や海警と連携して活動する。国際法に照らせば、民兵として活動する際には一般市民と区別することが求められるが、漁船の外観からでは海上民兵であるかの判別は困難である。このため海上民兵を運用する側が、危機において相手に判断負荷をかけて対応を鈍らせ、紛争の主導権を握ることが可能である。
システムのオフ禁止、管理の徹底
こうした海上民兵が近年、中国のテクノロジーと結びつき、その活動様態を進化させている。中国版GPSと呼ばれる北斗衛星測位システム(BDS)を用いて、活動の効率化や海軍・海警との連携強化が進んでいる。従来、米国全地球測位システム(GPS)に依存していた中国は、戦時にGPSを停止されることを懸念して独自の衛星システムの開発を進めてきた。その成果がBDSであり、18年末には全世界をカバーするサービスの提供を開始。BDS端末装備に係る地方政府の補助等も相まって、既に7万隻の漁船や海警船などの法執行船にBDS端末が設置済みといわれる。
BDSの中国漁船への普及は、海上民兵の組織化と活発化、海軍や海警との連携強化につながる。BDSは、漁船の航行・漁政の管理監督・漁船の出入港管理に対する支援、さらにメッセージ通信機能(最新のものでは1200字程度)を提供する。こうした諸機能は、中国の海洋進出にとって不可欠なものになりつつある。
例えば、海上救難活動では既に1万人余りがBDSを装備した船舶によって救助されたと言われる。また、南シナ海の大部分を管轄する海南省では、BDS端末を装備する漁船は休漁期に許可なくBDS機能をオフにすることが禁止され、違反船舶には一隻当たり5000元(日本円で8万円強)の罰金が科されるなど、漁船管理にも積極的に活用されている。
海洋権益の主張活動においては、BDSは海上民兵の係争海域での操業を通じた権益主張や他国船舶への威圧行為、および海軍や海警の漁船に対する位置把握やメッセージ通信機能を通じた指示に利用されるであろう。
こうした中国の海上民兵の活用に対し、国際的な警戒心が徐々に高まってきている。例えば、20年に実施された日米豪防衛相会談や日豪首脳会談の共同声明において海上民兵の危険かつ威圧的な使用に対して「深刻な懸念」が明記された。21年3月に南シナ海のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内の珊瑚礁周辺で隊列を組んで集まった220隻の中国漁船群に対しては、フィリピン国防相が中国の海上民兵と言及したうえで懸念を表明している。
しかし、海上民兵の実態とその危険性については、なお国際的に十分な議論がなされておらず、中国による海上民兵の活用を思いとどまらせるには至っていない。このため日本は海上民兵についての国際的な議論を喚起していく必要があろう。
出典:Wedge 2021年6月号
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