新型コロナでも止められぬ東京一極集中を生かす政策を|【特集】あなたの知らない東京問題[PART-1]
東京と言えば、五輪やコロナばかりがクローズアップされるが、問題はそれだけではない。一極集中が今後も加速する中、高齢化と建物の老朽化という危機に直面するだけでなく、格差が広がる東京23区の持続可能性にも黄信号が灯り始めている。「東京問題」は静かに、しかし、確実に深刻化している。打開策はあるのか——。
文・佐藤泰裕(東京大学大学院経済学研究科教授)
「コロナ移住」なる言葉が流行しているが、実際に人口動態を見ると、東京一極集中は加速している。これはポストコロナでも続くとみられ、人や企業の集積を活用する手立てが求められる。
高度経済成長期に急激に進んだ東京、大阪、名古屋に代表される大都市への人口集中は、1970年代にはひとまず落ち着いた。しかし、その後も東京へは、バブル崩壊直後の一時期を除いて人口流入が続き、いわゆる東京一極集中と呼ばれる現状へと至っている。
しかし、新型コロナウイルス感染症の流行は、こうした人の動きを変える可能性をもたらした。総務省統計局の「住民基本台帳人口移動報告」によれば、2020年5月は外国人を含む移動者数の集計を開始した13年7月以降で初めて、東京都で転出超過となった。転出超過はその後も断続的に続き、大都市を避けて地方へと移住することを指す「コロナ移住」といった言葉も散見されるようになった。
産業構造の変化と共に続いてきた東京圏一極集中
(出所)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」より筆者作成
一方で、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県から成る東京圏全体でみると、20年の1年間では、前年に比べ約5万人減ったものの、トータルで約10万人の「転入超過」となった。さらに詳しくみてみると、「コロナ移住」が起きていると言われた東京23区ですら約1万3000人、東京都では約3万1000人の転入超過になっている。東京圏への転入超過9万9000人のうちの残りの6万8000人が神奈川県、埼玉県、千葉県への流入である。
こうした転入超過の動きを月別に表したものが下図である。20年3月に東京都および23区への大きな流入が生じ、その後は断続的に流出が生じたものの、3月の流入が大きかったために年通算でみると転入超過になったことがわかる。また、神奈川県、埼玉県、千葉県も同様の推移を経て、結果的に3県で6万人を超える転入超過となった。
コロナ禍でも新年度には人々が東京圏に転入
(出所)総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」より筆者作成
以上の動きは、19年までの東京への大きな流入とは異なるものの、コロナ禍であっても、新年度に向けて生じる新社会人や進学などによる人の動きは止められなかったことを示している。事実、緊急事態宣言の出ていた今年2月、3月にも、昨年と同様、東京圏全体で転入超過となった。
加えて、変化はむしろ都市圏内部で生じていることも示している。都市圏内部で、中心部への集中圧力が弱まり、郊外が拡大しているのである。同様のことはアメリカでも観察されている。
大都市圏に人が集まるメリットとデメリット
日本において大都市へ人口が集中する背景には、大きな産業構造の変化がある。高度経済成長期に第一次産業から第二次産業へと産業構造が変化し、その後、第三次産業も急拡大した。さらに、近年のグローバル化とIT化により、必ずしも自前の工場などの巨大設備がなくても、国際分業による生産や研究開発、ソフトウエア開発などを通じて高付加価値を生み出せるようになった。
こういった近年の産業構造変化は、人や企業の空間的集積からの恩恵を増大させた。人や企業が空間的に集まることで、意図せずお互いにそのメリットを享受できることが知られている。これを「集積の経済」と呼び、例えば、適切な人材獲得や知識のスピルオーバー(拡散効果)、財やサービスの多様性などがそれをもたらす原因である。
東京には中央政府の行政機能が集中している。加えて、日本における国際的な玄関口であることもあって、企業の本社機能も集中する。そして、その集中が、「集積の経済」を通じてさらなる集中を引き起こす。結果として、東京都には2位の大阪府の2倍近い6万社以上の本社機能が〝一極集中〟している。
企業の本社機能も東京都に〝一極集中〟
(出所)総務省統計局「平成26年経済センサス」より筆者作成
もちろん、「集積の経済」は本社機能だけではなく、幅広い経済活動に恩恵を与えるため、あらゆる側面で東京への集中圧力を生じさせる。一方で、人や企業が集まれば負の側面も生じる。その代表が、長時間の通勤や混雑の問題であり、「混雑の不経済」と呼ばれる。新型コロナのような感染症の流行も、人が集まることで自らが感染する、または、知らぬ間に他人に感染させる可能性を高めるという観点から、「混雑の不経済」の一つと言える。
究極的には、都市規模は「集積の経済」による集中圧力と、「混雑の不経済」による分散圧力とのバランスにより決まるが、長期的に都市の間の相対的な人口規模が変わらなくなる、つまり都市間で人口移動が起きず安定した状態に至ったときには、都市の規模が過大になることが知られている。
東京都心への通勤圏が拡大する可能性
では、人が流入し続けている東京は既に過大になっているのだろうか。既に過大であれば、今のうちにそれを是正する動きが必要になる。実は東京が過大なのかについて、実証研究では決着がついておらずエビデンスはない。ただ、通勤圏で定義した大都市圏を「大都市雇用圏」と呼ぶが、それを用いた分析によると、現在の「東京大都市雇用圏」は、日本の他の都市に比べて、相対的には過大になっている可能性は高い。
東京都を中心とした通勤圏である「東京大都市雇用圏」は拡大する可能性がある
オレンジ色の範囲が「東京大都市雇用圏」で、その中の濃い色の市区が都市圏の中心都市である。東京大都市雇用圏は階層構造をもっており、全体の中心と、局所的な中心とが併存する
(出所)東京大学空間情報科学研究センター提供の都市雇用圏データより筆者作成
さらに、大地震のような災害リスクを勘案すると、東京に重要な機能が集中していることは問題である。東京直下型地震などにより、日本全体が機能不全に陥る可能性があるためである。
このように東京一極集中が進展してきた中で、新型コロナが流行し、社会に大きな影響を与えた。その影響は二つに分けて考える必要がある。
一つは、感染症の流行それ自体の影響であり、もう一つは、感染症への対策として新たな技術や慣習が生まれ、人々の生活や行動様式などが変わることによる影響である。前者はワクチン接種が十分に進むと軽微になると考えられる。しかし、後者は、感染症が収束したとしても残り続け、定着する可能性がある。
実際、感染予防策として、リモートワークやオンライン会議システムなどのツールを用いたリモートコミュニケーションが、ある程度社会的に受容されるようになった。一方、こうした変化を拡大解釈し、「今後はリモートワークの普及によって東京から地方への移住が増える」といった言説も見聞きするが、本当にそう言えるだろうか。
リモートコミュニケーションツールの利用が都市にどのような影響を与えるのかについては、都市経済学においていくつかの実証研究がある。代表例を挙げると、電話網の発達や携帯電話の普及を対象に、リモートコミュニケーションツールの利用と都市化との関係を分析したものがある。例えば、スイス・ベルン大学のビュッヘル教授とエールリッヒ教授による研究では、スイスの国営通信会社・スイスコムの15年6月~16年5月の匿名化された通話記録のデータを分析し、通話の多くはごく近い距離で行われており、人口密度の高い場所にいる人ほど頻繁に、長く通話していることを明らかにした。
こうした結果は、携帯電話のようなリモートコミュニケーションツールの普及は、人口密度の高い大都市に人が集まることを抑制するものでも、人と人との対面でのコミュニケーションを減らすものでもなく、あくまで〝補完する関係にある〟ことを示唆している。
厳密に言えば、携帯電話と、昨今多くの企業などで導入しているリモートコミュニケーションツールは、全く同じものとは言い切れないが、テクノロジーの進化による新たなコミュニケーションツールという観点からは、同列のものと言えるだろう。つまり、現状ではリモートコミュニケーションは都市化を抑制するのではなく、むしろ〝促進する〟のである。
また、仮にコロナ禍が収束すれば、リアルとオンラインのハイブリッド型コミュニケーションの進化がさらなるコミュニケーションを生み、新たなイノベーションを生む好機になる可能性も考えられるかもしれない。
なお、現在リモートワークを採用している企業でも、一切通勤が必要ない、としている企業はまれで、ほとんどが、リモートワークを導入することで通勤の頻度を「減らしているだけ」である。これは、「混雑の不経済」である通勤時間や混雑による負担を軽減することを意味する。その結果、中長期的に考えれば、東京都心の企業に勤めることが可能な通勤範囲が広がる可能性もある。つまり、リモートワークの普及により、人々が郊外に移り、「東京大都市雇用圏」は拡大するのである。
また、「混雑の不経済」が緩和されれば、新型コロナ収束後に、さらに東京圏への人口移動を誘発し、一極集中を加速する可能性すらある。
OECD上位国に負けない東京都のGDP
つまり、ポストコロナの世界においても、依然として東京圏への集中圧力が弱まるとは考えにくい。また、東京圏が過大かどうかも客観的な証拠がない状況下で、リモートワークの普及にみられるような最近の変化が「混雑の不経済」を緩和する可能性があるのであれば、東京一極集中を止めるのは至難の業である。のみならず、東京一極集中を強制的に止めることは、将来の日本社会を考えた場合、損失をもたらすかもしれない。むしろ、これからの日本で考察すべきは、東京一極集中を〝活用する政策〟ではなかろうか。
近年、日本の生産性の低さが喧伝され、例えば、19年の一人当たり国内総生産(GDP)を国際比較すると、経済協力開発機構(OECD)諸国の中で上位のルクセンブルクやスイス、北欧諸国の半分程度しかない。しかし、東京圏の中心たる東京都だけに限ると、一人当たり県内総生産は、08年~18年の期間は750万~800万円の間を推移しており、日本の一人当たり国内総生産の約2倍である(東京都「平成30年度都民経済計算年報」)。つまり、東京都だけであれば、一人当たり域内総生産はOECD諸国の上位勢に相当するのである。
もちろん、東京都は、近隣からの通勤労働者やさまざまな資源の集中のおかげで高い総生産を実現しているわけであるが、日本経済のけん引役として重要な役割を担っていることは間違いないであろう。だとすれば、地方創生の一端として東京都に人や企業が集まることを制限することで一極集中を解消しようとする方策は、東京都の東京圏、ひいては日本全体のけん引役としての力を大きく削ぐことになり、日本の活力を低下させてしまう。
すでに人口減少に直面している日本が活力を維持するにあたっては、東京の持つけん引役としての〝機能〟を守り、いかに〝強い経済〟を実現させていくかが重要となる。そのためには、人が東京に集まることを阻害するのではなく、住居不足、混雑の不経済など、それによって生じるデメリットを解消していく政策誘導が必要である。
そのうえで、東京自体の災害へのレジリエンス(抗堪性)を高めることはもちろんのこと、災害リスクへの対策として、東京と並びうる集積地を育成し、人や企業の自発的な選択の結果としての東京一極集中の解消を目指すべきである。その有力な候補地は、経済規模からしても大阪となるだろう。ワクチンの普及などにより、いずれは新型コロナも収束していく。そろそろ、コロナ後の東京の未来、また第二の東京となり得る地域の強化に向けた政策を考える時期に来ている。
YUKINORI HASUMI/GETTYIMAGES
佐藤泰裕(Yasuhiro Sato)
東京大学大学院経済学研究科教授
大分県別府市出身。1996年東京大学経済学部卒業。2002年東京大学大学院経済学研究科博士(経済学)。名古屋大学大学院環境学研究科准教授、大阪大学大学院経済学研究科准教授等を経て18年より現職。
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