見出し画像

人口高齢化と建物老朽化 二つの〝老い〟をどう乗り越えるか|【特集】あなたの知らない東京問題[PART-2]

東京と言えば、五輪やコロナばかりがクローズアップされるが、問題はそれだけではない。一極集中が今後も加速する中、高齢化と建物の老朽化という危機に直面するだけでなく、格差が広がる東京23区の持続可能性にも黄信号が灯り始めている。「東京問題」は静かに、しかし、確実に深刻化している。打開策はあるのか——。

2108 東京問題ヘッダー

文・中川雅之(日本大学経済学部教授)

東京圏はこれから、建物の老朽化と人口の高齢化といった危機にさらされる。今ある都市の形を生かしつつ、小さいながらも持続可能な変化を積み重ねていくべきだ。

 東京圏は今後、加速度的に進行する「都市(建物)の老朽化」と「人口(地域住民)の高齢化」という二つの〝老い〟にさらされる。日本の住宅の寿命は20~30年と言われるが、築後38年以上の住宅の比率を東京都と埼玉県、千葉県、神奈川県でみると2008年に9.6%であったものが、18年には17.7%と倍増している。65歳以上の高齢者数は同じ時期(05~15年)に1.4倍となった。

 人口減少もすでに始まっている。特に、1950年代半ば以降に多くの人が同時に移り住んだ、東京郊外のニュータウンや公団住宅などでは高齢化が進み、公共施設も維持できず、街としての成立が危ぶまれる事例も出てきている。これらは地方で起こっている問題と本質は同じだが、人口減少トレンドを受け入れざるを得ない地方と異なり、今はまだ拡大し続ける巨大生活圏がすぐ近くにある東京圏郊外では、「『街の魅力づくり』によって人が移り住んでくれる」といった希望的観測を抱きやすく、本質的な対応に後れをとる可能性がある。

 さらに今後問題が顕在化してくるのが、都心部での〝老い〟だ。自由に建て替えや建物の除却を行いうる持ち家一戸建てと異なり、借家権(入居者=借主側の権利)が手厚く保護されているため、老朽化に手を打てない借家が集中している地域は、都心のいたるところに存在する。区分所有法によって規律されているマンション開発は70年代に都心部から始まり、老朽化がかなり進んでいるものもある。

 そもそも、住宅のように物理的な耐用年数が非常に長い財については数量調整が働きにくいが、区分所有関係を解消して建物を除却したり、建て替えを行う場合に、高い同意要件が課されるマンションについては、この傾向が顕著だ。人口減少および建物の老朽化に伴い需要の減少が引き起こされた場合、価格調整が極端に進む。結果、低所得者、知識・技能の低い居住者の流入を招く。つまり、マンションストックが大量にある地域での人口減少が、地域のスラム化をもたらす可能性を真剣に考える時期にきている。

 人口減少やその高齢化に端を発した東京圏郊外の老朽化と、都心部の中でも開発時期が古いエリアから始まる老朽化が、外側から、内側から進行し、交錯する。

画像5

AFLO

都内の若者や高齢者に横たわる災害リスク

 東京圏における老朽化はどのようなリスクをもたらすのか。

 人口減少が進む全国自治体と異なり、東京圏ではいまだ人口が増え続けている。その主体となるのが進学や就職に伴い地方から移り住む若者世代だ。「住民基本台帳人口移動報告」(2013~17年)によれば、東京都への転入者は20~29歳が最も多く(約4割)、30~39歳を加えると7割近くを占める。

 ここで、東京都内部の転入者と東京都外からの転入者に分けて、都外から多くの人が転入している地域の特徴をみてみよう。25頁図は各地域の東京都内部の転入者の地域分布を基準として、都外からの転入者の比率との差異を描いている。都外からの転入者は、東京都の発表している地震危険度の高い地域(例えば、足立区、江戸川区)に多く分布していることがわかる。

東京都への転入者は、災害リスクの高い地区に移り住む(23区)

2108_sp1_P2-1_図1

(出所)住民基本台帳人口移動報告(総務省、2013~17年)を基に筆者作成
(注)各市区町村への都外からの転入者の分布から東京都内部の転入者の分布を引いた数値を、東京都が公表している地震危険度(建物倒壊危険度)順に並べた
※建物倒壊危険量(棟/ha)の地域ごとの平均値

 これらの地域は老朽木造住宅の密集地帯であることが多く、家賃も低価格となる。家賃別の借家居住者の年齢別分布(下図)をみると、東京都全体の家賃平均8万円未満の借家人は25歳未満と65歳以上に多い。

23区内では、若者と高齢者ほど低額賃貸に住んでいる

名称未設定-1

(出所)「住宅土地統計調査」(2013年、総務省統計局)を基に筆者作成
(注)8万円(東京都の家賃平均)未満・以上の賃貸物件に関する年齢階級別分布(23区内)

 25歳未満の分布は大学生や就職間もない社会人だと考えられるが、65歳以上の分布はどのような特性を持つ人たちなのだろうか。下の図は持ち家居住者の所得分布を年齢階級別にみたものである。加齢とともに、所得分布のピークが高いクラスに移動している。これは日本の雇用が一括採用とOJTの組み合わせで、年齢とともに賃金が上昇していくことが一般的であることを反映したものと考えられる。一方、借家居住者に関する同じ図は、所得階級のピークが加齢によってほとんど変化がなく、最も低い階級に固定されている。これは、就職によって賃金が上昇し、豊かな生活を享受する機会に恵まれた者は持ち家を選択していき、高齢になっても借家を選んでいる者は、何らかの理由により、そのようなパスから取り残されてしまった者が多いことを示している。

持ち家所有者は加齢によって所得が増えるが
借家(賃貸)居住者は変化がない

32108_sp1_P2-1_図3

(出所)「住宅土地統計調査」(2013年、総務省統計局)を基に筆者作成

 結果として、東京圏では予算制約などから低家賃住宅に居住することを余儀なくされる若者や高齢者が、家屋の老朽化問題や災害リスクにさらされているのだ。とりわけ、地域の情報に乏しく、選ぶ時間も限られているなかで、進学や就職のために都外から待ったなしの転入をしなければならない若者が危険地域への転入を余儀なくされていることを示したが、借家への入居差別により転居が難しい高齢者も同様の傾向がみられる。

建物の新陳代謝を阻む
現行法の課題とは

 東京圏における家屋の老朽化対策が遅れている原因の一つが「取り壊すこと」、「更新すること」が不得意な現行法の問題だ。東京圏ではマンションのような区分所有住宅が多いが、これらを取り壊すためには区分所有者全員合意が必要となる。建て替えであっても5分の4同意が求められる。老朽化した賃貸住宅を耐震化のために建て替える場合であっても、家賃上昇を忌避したい借家人の権利が手厚く保護されるため、必要な同意が得られず、その他の住民の災害リスクが放置されることとなる。

 また、現行法では新たに住宅を建築したり、建て替えたりする場合は今の建築基準を満たす必要がある。しかし、建築基準が定められる前に建てられた住宅には、「後から決めた基準に適合させろ」とは言えないため、建て替え時に基準への適合が求められることになる。新耐震基準に適合しない住宅、老朽化した住宅は安全性に劣るため建て替えが必要になるが、土地や建物によっては建て替え時に、規模を縮小して住民を減らす必要が出てくるかもしれない。そうなれば建て替え費用が追加で必要となるにもかかわらず、家賃収入は目減りをしてしまうので、リスクを抱えたまま現状の老朽住宅を存続させる場合も多い。

 今後、マンションや借家の老朽化がさらに進めば当然リスクも大きくなる。災害に対して危険な地域の建て替えや除却については、区分所有者同意の割合基準を下げたり、耐震基準以外の建築基準への適合を必ずしも求めない建て替えを認めたりといった柔軟な対応が必要となるだろう。建て替えないことのリスクと、現在の基準にそぐわない建て替えを行うことのコストを比較すれば、前者が圧倒的に大きいと考えられる。

若者と高齢者の共存共栄
都市の形を生かした変化を

「都市の再開発」と聞けば多くの人は、大規模開発で地域が生まれ変わることで魅力が生まれ、外から新たに人が集まってくる様子を想像するだろう。東京圏においても、渋谷駅周辺や高輪ゲートウェイ駅の開業に伴う再開発などは非常にシンボリックだ。これらのプロジェクトが国際化やイノベーションの創出という面で果たす役割を否定するつもりはない。

 一方で、こうした大規模な再開発によって地価が上がった土地には到底住むことができないような若者や高齢者が、東京圏では多く暮らしている。そして、高齢化の加速により、その規模は今後さらに増えていくと思われる。

 そのような人たちへどうアプローチしていけばよいか。一つの方策として、若者と高齢者が共に暮らし、支え合う文化を浸透させることが有効だ。欧米を中心に、高齢者と同居して見守りや話し相手を担うことで、若者の家賃を軽減する「異世代ホームシェア」が、90年代後半から進められている。特にフランスでは多くの非営利団体(NPO)の取り組みにより、住まい方の形式の一つとして定着しつつある。

 全国から若者が集まる東京は、大学やビジネスシーンなどさまざまな場面で、切磋琢磨し合いながら、自身の知識・技能を高めて、戻った故郷も含めた日本全体の成長に貢献するという役割も果たしてきたはずだ。

 若者を受け入れやすい環境を整えるという意味だけではなく、広い階層の高齢者の生活支援を効率よく実行する意味でも、このような仕組みは検討に値する。また、日本では既存(中古)住宅市場が未発達であるため、子供が独立したり、配偶者に先立たれて「広い住宅」がもはや必要ない高齢者でも、売るに売れないことがままある。このような高齢者が抱え込んでしまっている過剰な住空間の活用という観点からも有効だろう。

 また、17年度から開始された住宅セーフティネット事業制度により、高齢者などの住宅確保要配慮者についてはその居住所となる空き家の耐震改修補助や家賃低廉化の枠組みが設けられたが、まだまだ地域や自治体に根付いているとは言い難く、さらに、若者はその対象とされていない。

 若者が高齢者の生活支援や見守りなどの居住支援を行うことを条件に、制度の対象とすることが検討されてもよい。例えば、前述の「異世代ホームシェア」を行う場合に制度を適用し、耐震改修補助や家賃補助を認めることなども一つの選択肢ではないだろうか。

 地方に比べて建物を新たに建てるスペースが少ない東京圏では、耐震性の低い建物を建て替えていったり、利用者の所得に応じて、既にある賃貸物件とのマッチングを図るといった居住支援を進めるなど、一見すると地味だが、今ある都市の形を生かしつつ、小さな変化を重ねていくことが大切だ。  

 そのためには、特別区(東京23区)や市を越えて将来リスクを共有し、貧困世帯や若者、高齢者の「住」の安心を確保していく必要がある。行政区域をはるかに超えた「大都市圏」が抱える、建物と人の〝老い〟に対応する戦略を企画し、政策を執行する組織または何らかの仕組みの創設を期待したい。

中川雅之(Masayuki Nakagawa)
日本大学経済学部教授
1984年京都大学経済学部卒業、経済学博士(大阪大学)。国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から現職。主な著書に『経済学で考える人口減少時代の住宅土地問題』(東洋経済新報社、20年、山崎福寿との共著)など。

出典:Wegde 2021年8月号

ここから先は

0字
一つひとつの記事をご購入いただくよりも、特集記事のすべてが読める「マガジン」(450円)でご購入いただくほうがお得にご覧いただけます。

東京と言えば、五輪やコロナばかりがクローズアップされるが、問題はそれだけではない。一極集中が今後も加速する中、高齢化と建物の老朽化という危…

いただいたサポートは、今後の取材費などに使わせていただきます。