都市経営の「総合格闘技」 スマートシティにみる行政の宿痾|【特集】漂流する行政デジタル化 こうすれば変えられる[PART1]
全国各地でスマートシティの実装に向けた動きが加速している。しかし、行政特有のしがらみがあり、さまざまな壁に直面している。
文・編集部(鈴木賢太郎)
自動運転の車が高齢者の〝足〟となり、交通状況はデジタルツインで分析され、信号待ちも渋滞も発生しない。風邪をひいても自宅からオンラインで受診でき、医薬品はタクシーで自動配送される。そして、行政手続きは全て手のひらのうえで完結する──。
そんな夢のようなまちに住んでみたいと思う読者は多いだろう。
今、最新のテクノロジーを活用し都市機能の高度化と地域課題の解決を図る「スマートシティ」の実装に向けた取り組みが本格的に始まっている。
日本のスマートシティの端緒は2009年、経済産業省が旗を振り始まった次世代送電網(スマートグリッド)である。当初、ITを活用した電力の需給調整が目的だったが、次第に集めたデータの利活用が始まる。ICTの進展も相まって、11年頃から都市管理の中にテクノロジーを導入し、住民の生活の質を高めようという文脈の中で語られるようになった。今では、明確に定義することが難しいほどにスマートシティの対象領域は拡大している。
だが、国内のスマートシティ事業で「成功した」と言える実装事例はほとんどない。一般社団法人スマートシティ・インスティテュートによると、スマートシティが社会実装段階に移行している自治体は全体のわずか6%だという(下図)。同法人の専務理事で三菱UFJリサーチ&コンサルティングの南雲岳彦専務執行役員は「どの自治体もまだまだ発展途上の段階にある。スマートシティは『デジタル田園都市国家構想』を掲げる政府の方針を具現化したものであり、国の後押しを受け、本年度から本格実装が進んでいくだろう」と話す。
スマートシティが社会実装に至っている
自治体はわずかである
「地域のデジタル化」への期待は高まり、目下、全国各地でスマートシティの実証実験が積み重ねられている。だが、取材を進めていくと、行政特有のしがらみから、さまざまな壁に直面している実態が浮かび上がってきた。
難易度高いスマートシティは
都市経営の「総合格闘技」
「スマートシティは数ある行政課題の中でも特に難易度が高い。都市経営の『総合格闘技』と言えるものだ」
こう話すのは、茨城県の前つくば市副市長で現在は地方自治体の政策アドバイザーを務める毛塚幹人氏だ。同氏は「行政庁内のデジタルトランスフォーメーション(DX)であれば情報部門と各所管部門間の調整だけで済むが、スマートシティは個別最適に陥りがちな、分野の異なる部門間の合意形成が必要となる。さらには、民間企業や地域住民などステークホルダーが多く、さまざまな法規制もクリアしなければいけない。多くの自治体が悩みを抱えているのではないか」と指摘する。
スマートシティに一枚岩になって取り組めていない自治体も多い。ある自治体の推進担当者は「各担当課にスマートシティ施策を相談すると、『仕事が増える』とあからさまに嫌な態度をされ、後回しにされてしまう。縦割り行政の弊害だ」と嘆く。
新しいチャレンジを進めるのは簡単ではない。東京都東村山市では、20年度に国土交通省のスマートシティ重点事業化促進プロジェクトに指定された。高齢化と地域経済循環率の低さに着目し、AI配車システムや地域通貨として利用可能なシステムなどの実証に向け準備を進めていたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け実証実験は中止に。コロナ禍もあり職員の業務が増える中で、進取の気風は生じにくく、まずは市役所内のDXを進める方向に舵を切ったという。
同市経営政策部の谷伸也経営改革課長は「他の自治体に先駆けてスマートシティを進めたいという思いはあるが、職員の意識改革から着手しなければならないのが現状だ」と話す。
スマートシティのコンサルティング業務で多くの自治体との接点を持つ、スマートシティ企画(東京都千代田区)の石垣祥次郎取締役は、「リスクを取らずに正解を求めたがるのが良くも悪くも行政の体質で、新規の提案をしても他の自治体の先行事例の説明を求められることがある。前例が少ないデジタル化やスマートシティは従来の業務と相性が悪い分野だろう」と分析する。
住民理解を得る難しさに直面しているケースもある。スマートシティは、人とまちとデータが全てつながることで都市機能やサービスの一層の効率化・高度化を図ることができる。
そこで立ちふさがるのが、地域住民のプライバシーの問題だ。「データ駆動型のスマートシティ」の実現を目指す富山市もその壁に直面した。
同市では、無線通信ネットワーク網と、これを経由してIoTセンサーからデータ収集・管理するプラットフォーム(都市OS)で構成された「富山市センサーネットワーク」を18年に市内のほぼ全域に整備。同年には、市民への理解・周知を促すために、市内の小学生にGPSセンサーを配布する「こどもを見守る地域連携事業」も開始した。
だが、当初は導入メリットがうまく伝わらない上、児童にGPSセンサーを持たせることに拒否反応を示す保護者もいた。富山市スマートシティ推進課の城石裕幸係長は「『子供が監視されてしまうのではないか』といった不安の声をいただくなど、初年度の参加率は約50%だった」と振り返る。
この事業が浸透すれば、児童の登下校時の位置情報をビッグデータとして収集・分析でき、集団登校のグループが、何時何分に、どの道路を通り通学しているかの実態も可視化できる。保護者の安心感につながることに加え、地元の交通ボランティアの配置や動員時間を最適化することも可能だ。同市では取得したデータの分析結果を各小学校区の保護者全員に配布し、PTAの会議でその便益を説明することで、少しずつ保護者や地域住民のデータ分析に対する理解が深まりつつあるという。
都市政策が専門の日本大学経済学部中川雅之教授は「住民が自治体に対し、個人情報に近いレベルの情報を提供すること、それを集合化して分析することを許容しなければ、本格的な都市のスマート化は進まない。住民が『リスクより利便性が上回った』という実感を得られるように、自治体は提供するサービスを充実させ、その説明を丁寧にしていくことが不可欠だ」と話す。
地域が抱える課題は、もはや自治体の力だけでは解決できない。だからこそ、民間企業と協業しながら解決していくことが欠かせない。宇都宮市では、23年に開業予定のLRT(次世代型路面電車システム)を契機としたスマートシティの実現を掲げ、民間企業や大学とともにモビリティー分野などで計18件の実証を重ねてきた。しかし、民間のデジタル技術頼りで進めた実証実験では、当初の見立てと乖離する結果になったものもあったという。
同市総合政策部スーパースマートシティ推進室の望月寛室長補佐は「実現したい姿や取得したいデータをあらかじめ明確にデザインできていないと、社会実装につなげていくことはできない。市がまちの課題を示し、民間企業や大学などと一緒に将来の絵を描いていくことが重要だ」と話す。
民間企業側も行政と協業していくうえでもどかしさを感じることがあるという。人流情報などをAIで分析・可視化するデータプラットフォームを提供するGEOTRA(東京都千代田区)の陣内寛大代表取締役社長は「自治体から『都市に関する網羅的なデータを集めてほしい』という漠然とした依頼を受けることもあるが、データ収集が目的化しては意味がない。自治体職員こそ地域の課題を誰よりも認識できているのであるから、『このエリアのこの時間帯の人流データを収集・分析しサービス向上につなげたい』といった明確な狙いを定め、そこにリソースを割くべきではないか」と指摘する。
失敗を徹底的に検証し
次のチャレンジに生かせ
22年度、国交省の「スマートシティモデルプロジェクト」に4.2億円、総務省の「地域課題解決のためのスマートシティ推進事業」に4.6億円、内閣府の「スーパーシティ構想推進事業」に10.1億円など、他にも地域のデジタル化に向けて国は多くの予算を確保している。国の助成を受けるために自治体が躍起する構図も見えてきた。ある自治体職員は「一度採択されるとその後も補助を受けやすいと聞き、目先の補助金交付を目的に国のプロジェクトに応募した」と打ち明ける。
新しいチャレンジを苦手とする自治体が、補助金を原資に実証実験に取り組むこと自体は否定すべきではない。チャレンジは大いに結構だ。しかし、国も自治体も単なる実証で終わらせないようにトレースを徹底しなければ、補助金のバラマキに終わりかねない。
日本のIoTの第一人者であり、スマートシティに詳しい東京大学大学院工学研究科の森川博之教授は、次のように話す。
「日本には国家プロジェクトだから『失敗してはいけない』という風潮がある。国も自治体も実証実験で成果を挙げたかのように取り繕って報告したりさせたりしているのが現状だ。しかし、成功裡に終わるプロジェクトなどほとんどない。重要なのは、失敗と向き合い、なぜうまくいかないのかを徹底的に検証し、そこで得られた知見を次のチャレンジに生かすことだ」
資源が限られ、自然災害が多く、少子高齢化が進む課題先進国・日本。「日本型スマートシティ」の成功例を世界に示すことができれば、日本の存在感を高められるはずだ。そのためにも、改革を阻む行政の宿痾に向き合うことから始めるべきではないか。いつまでも「国家プロジェクト」と掲げるだけでは前に進まない。
※イラストレーション=藤田 翔
出典:Wedge 2022年9月号
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コロナ禍を契機に社会のデジタルシフトが加速した。だが今や、その流れに取り残されつつあるのが行政だ。国の政策、デジタル庁、そして自治体のDX…
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