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その花の色は

まっさらな無地のキャンバスは、さながら初対面の人間のようだ。
ふとそんな事を思うと、なんとなく"はじめまして"と。ついその相手につぶやいてしまった。

そんな無骨なキャンバスと、カラーパレットのみの世界。
今日は"会話"がしたかった。深い意味はなかったのだ。

真には何も伝わりえぬのに血汗の労を割く、そんなブロック細工のようにままならぬ言葉のみを用いる不毛な会話ではなく、さながら頭の中身を自認するかのような。そんな会話を。

──さて、このまっさらなキャンバスをどう色付けていこう。

誰であれ、挨拶は肝心だ。その次に、穏やかな自己の開示も必要だ。
始まりから目を覆うほどの誤りをしてしまい、誰も続きなど描く気にならない下絵にしてしまわないように。

──わたしは人の考えに触れるのが好き。砂糖のようにさらさらと尊い恋情も、あるいは狂おしいほどに叶わぬ沸々と沸き立った羨望も。

──だから、言葉を知ることもとても好き。煙のように移ろうそんな儚いものが、言葉を知ることでいくらかは、自分の中に囲って飾っておける気がして。

──それに、わたしは夜空の深い青が好き。平等に始まりを押し売ってくる朝と違って、どんなものも受け入れる懐深さにすごく憧れるの。

わたしと違った意思を持つように、筆を持った右手は無意識に動き始める。
キャンバスはそんな"言葉"を受け取って、相対するわたしの様を想像するようにその体に、ある時は宵闇の黒に寄って、またある時は水面の青に寄るような。そんな斑な夜の空をするすると映し出していった。

──ありがとう。まさにわたしの憧れる夜の空。わたしのことを、そう受け取ってもらえてるのはうれしいな。

そう"彼"に語ると、彼はひとつの問をわたしへ投げ返してきた。
「あなたはそんな夜の空で、どうありたいのか。」と。

『白くありたい』。かつてわたしは、そんなことを想った。
まるで満月のような、そんな尊い優しさとしての。
だけれど、この想いはただ、そんな偉大な月の白さに憧れているだけ。
その輪郭を真似ているだけ。その模倣すらも実は不得手で、よく夜の闇に流されてしまうだけ。

──わたしは…  白くありたい。さながらお月様のような、完全な球としての白に。

──だけれど、これはあの輪郭を真似ているだけ。次第に耐え切れなくなって…  わたしという月は、時々鋏で裂いた紙細工のようにほどけていく。

──そうしてやがて、一本の紐のようになって…  それは夜という海の中へ流され溶けていく。自分が何者か分からなくなって…  誰かの白さを取り込んだり、思い出しながら、またお空へ昇るのをふわふわと待つの。

右手は、はじめは月の輝きを描こうとしていた。しかし、そうはならなかった。
この言葉をなぞっていくように、キャンバスには白筆が乱雑に、さながら、雄大な竜巻のような楕円体の輪郭をなぞるように、次第に次第に。まるで一つの紐が渦を描くように。夜の空の上にぐりぐり、ぐりぐりと。儘ならない、不完全な優しさと憧れを映し出していく。

やがて、まるで押し花のごとく。そんな色の映った一枚の絵が現れた。
こうして、彼との会話を通して、一つのわたしの姿が生まれたのだ。

あの時はよく見えなかった、わたし自身の色。
その色合いに彼自身の言葉を感じ、わたしはふわっとはにかんでお礼を言った。

──ありがとう。たのしかった。あなたとはまた、きっとお話したいな。

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