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演題「リハビリテーションを学ぶ皆さんへ。」文責・菊池洋勝(2022/06/21)

演題「リハビリテーションを学ぶ皆さんへ。」文責・菊池洋勝(2022/06/21)

僕が初めてリハビリテーションという言葉を聞いたのは15才でした。僕には手足の筋肉が萎えてゆく先天性筋ジストロフィーの病気があり、小学校の高学年にはあちこちの関節に拘縮が見られアキレス腱が縮んで爪先立ちで歩くようになり、中学に入ると胸にも進行して中二の時には酸欠による呼吸不全で意識を失い救急車で集中治療室(ICU)に運ばれました。幸い意識が戻ってからはベッドで既存の筋力の維持とこれ以上の関節の拘縮を防ぐため理学療法士(PT)のリハビリが始まりました。治療と共に少しずつそのメニューが増やされ一般病棟に移ってからは運動療法室に行って訓練することもありました。ICUで寝ていたひと月の間に足腰は萎え歩けなくなりましたが残っている上半身の力で車椅子で移動できるまでに回復しました。そんな時に柴山先生と出会いました。僕みたいな進行性の病気と重度の障害もある患者は療法士が喜ぶような目に見えた訓練の成果は望めません。リハビリの目的や目標の設定も難しい症例だと思います。その中で柴山先生は僕とのコミュニケーションの充実につとめてレクリエーションを取り入れたメニューで体の回復と精神面での自立を支えてくれました。(1/11)

柴山先生が学生時代から親しんできた野球を取り入れたキャッチボールや素振りの練習は胸郭を広げて上肢を鍛える効果があったと思います。ベッドにいながら投げても上手に戻ってくる柔らかいブーメランもその一つでした。柴山先生にお世話になったことで諦めていたスポーツへの興味も失わず楽しめました。また同僚の作業療法(OT)の現場にも療法士の垣根を越えて革工芸や蝋燭作りなど遊びの機会を作ってくれました。このように臨床の現場には突然の病気や事故にあった体だけでなく心のリハビリテーションも合わせて行う大切な役割があると思います。(2/11)

喉に穴を開ける気管切開をして人工呼吸器を着けてから36年。在宅療養は30年になります。90年代は療養の体制が整っておらず呼吸器や痰を引く吸引器など医療機器とそれに関わる消耗品は全て自己負担で購入することが求められました。初めて見る機器ばかりそれぞれが高価で外車が買えるほどの出費になりました。現在は人工呼吸器は大学病院からレンタルできるようになり消耗品の一部は在宅呼吸器療法の管理料の中から支給されるようになりました。在宅療養を支える診療所も増えて軽い風邪や腹痛など些細な変化にも往診して頂ける体制もできました。(3/11)

僕が今のような在宅療養を始めた時にはそれはそれは気持ちの良い状況ではなく渋渋スタートしました。元元大学病院の小児科にかかっていましたが成人になったのを機に神経内科に転科しました。新しい環境と医師に馴染む間もなく内科の病棟では小児科の頃のように入退院できるベッドの余裕がないため病棟を追い出されるように在宅療養を勧められました。ところが大学病院には人工呼吸器を提供できるような予算や仕組みもなく実費での購入を求められました。病院にいられる期限も決められ呼吸器を買わなければならない状況に追い込まれていった嫌な記憶しかありません。当時のことを思い出すと自分の病気や境遇が情けなくて、その怒りを打つけるところもありませんでした。慢性疾患や難病の重症児者は物心の着いた時から小児科の先生に診て頂いています。だので加齢を理由にする安易な転科には患者本人だけでなく近くで介護や見守っている親にも戸惑いがあります。(4/11)

70年代に筋ジストロフィー患者の寿命は20年前後で成人式は迎えられないと言われていました。僕の体も加齢で病気の症状も緩やかに進んでいると思いますが人工呼吸器の小型化、軽量化で在宅療養が普及して、これほど長く生きられるとは思いもしませんでした。延命されて良いことばかりではありません。例えば僕は小学校に入って集団生活に放り出されてからクラスメートと比べて体の違いや同じようにできないことが分かるのと前後して子供心に薬や治療法がない筋ジスは二十才で死ぬと教えられていましたから、それ以上の将来を夢見るような子供ではありませんでした。中学生になり肌で病気の進行が見えると勉強もしなくなり投げやりで時間を浪費する毎日になりました。高校は進学校の通信制で学びましたが卒業後の希望もなく勉強を続ける意味や目的も見付けられず卒業しました。ところが二十才の誕生日を過ぎても彼らに言われていたようには死にませんでした。(5/11)

死ぬと思っていたのに死ななかったことは正直今でも複雑な気持ちです。二十才以降の将来設計をしてこなかった現実はこれからどうなるのだろうという不安と、これならちゃんと勉強しておけば良かったという後悔と絶望に苛まれました。大学病院の専門的な医師もこれほどまで人工呼吸器など医療機器の開発が進み筋ジストロフィーを治すには至らなくても延命できるような手立てができるとは思いもしなかったかも知れません。病気の症例を集めた沢山の臨床データだけでなくても皆さんが何かを考える上で参考にしている資料は大概が過去の経験によるものです。それを持ってしても未来を予想するのは簡単なことではありません。現実は時に誰にも辛く厳しくて悲しい。まさに想像以上のことが皆さんを待っています。困難だって起きるものです。その時のために様様な事態を想定して自分にできることを考え備えておくことが大切です。人生に何一つ無駄なことはありません。(6/11)

子供の頃に想像していた通りにはならなかった僕に転科したばかりの神経内科の先生が「君は家に帰り在宅療養になったら何がしたいのか」と尋ねられました。初対面に近く僕の何を知っているのかも分からない人に答える筋合いはないと意気がっていた一方、即答できる夢も希望も持っていませんでした。その時の悶悶としていた僕を見守ってくれたのが柴山先生であり病棟の看護師長や主治医でもない医師たちのたわい無いコミュニケーションでした。勉強はいつ始めても遅くはないこと。絵を描くことは続けること。この三つは今でも僕のライフワークにいつも肝に銘じている言葉です。在宅療養が始まり、まず通信制の大学の放送大学に進学して哲学や心理学と社会学を少しだけかじりました。同じ病気の患者や家族の活動にも参加してボランティアとの出会いもありました。今はそこで出会ったボランティアの勧めで認定NPO法人の会報の表紙画を連載して27年になります。(7/11)

これまでお話させて頂いたように生きる意欲に欠けている僕はどれを取っても死に物狂いとか難病や障害と闘っているのとは程遠い時間を過ごしてきました。自分の思い通りにならないこともあるだろう、こうだったら良いのにと望んでも社会の仕組みや技術が追い付いていないことだって沢山あります。しかし、その現状を発信して世間に広く啓発するメディアはインターネットの登場と普及で身近なものになりました。ブログや掲示板から始まりSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)に至る今日はその表現方法も様様です。そこで僕は弱音も吐きますし、どうにもならなくてSOSも投げます。僕が今おかれている状況や気持ちをメッセージで可視化することで悩みや問題の原因が明らかになれば直接の解決策が見付からなくても間接的にでも病気や障害の課題を啓発していくことができると思います。時間はかかりますが、ボールは投げなければ決して返ってはきません。(8/11)

先天性筋ジストロフィーで重度身体障害者の僕の在宅療養は後期高齢者の両親と老障介護です。12時間の停電で人工呼吸器が止まった東日本大震災(2011)を経験し隣近所と交流のない地域は陸の孤島に同じくライフラインを幾つも備えることが重要と分かりました。大学病院の診察に加え診療所の往診や訪問看護、訪問歯科、訪問リハビリ、介護事業所の通院介助など地域の医療福祉サービスを受けています。それぞれの契約は市の社会福祉協議会の支援員を介して行政や保健師の補助もあります。しかし長い間、筋ジスの寿命は20年前後だったため呼吸器を着け延命できるようになった今は壮齢の自立支援策を患者は試行錯誤で探しています。報道されている中高年の引きこもり、8050問題は他人事でなく僕も当事者です。法律に基づく公的サービスを受け医療者の訪問はある。けれども僕が何の理由もなく外に出たい逃げ出したい咄嗟の手段はありません。日日老いる親を見て鏡に映るような不安と向き合っています。難病で全身が萎える症状より日日老いる親を見ている現実ほど残酷なものはない。とてもしんどいです。筋ジスの壮齢の自立支援はまだ始まったばかりです。呼吸器など医療機器の進歩で延命される者が益益増えれば色色な患者がそれぞれの場所でより良い在宅療養の取り組みを始めることでせう。学生の皆さんには彼らの様様な療養生活の実態に興味を持って欲しいです。一生は長生きなら良いというものではない。今この瞬間瞬間に体と時間を使っている実感がなければとても虚しいです。あの時勉強していれば良かったと後悔できるのは、その時に勉強できる環境があったからです。あの時親へ伝えておけば良かったと後悔できるのは、その時の親が元気だったからです。僕には気付くのが遅かったと思うことが少なくありません。中高年の引きこもりを対象にした就学就労支援は重症者にも生かせることがあります。インターネットを使った遠隔授業で勉強する通信教育や職場に行かなくてもできる仕事、クリエイティブな才能を生かすこともあるでせう。個人の経験はかけがえのない財産ですから僕が皆さんに話しているように講演の仕事もあります。それには患者の病気や障害と、人柄や能力を観察できる理学療法士や作業療法士の支援とアドバイスが欠かせません。僕が柴山先生からリハビリテーションの中で上手く誘導して頂いたようなアドバイスを誰もが受けられたら何か一つでも既存の能力を伸ばすことを見つけられば、その方面の支援者に繋ぐこともできます。パラリンピアンの活躍はその代表的な事例でせう。彼らの連携には競技の指導者、訓練士、技手義足を作る装具士、車椅子メーカー、ユニフォームや靴、用具を作る企業など多岐に渡ります。僕が続けている俳句の界隈ではSNSを通して先生や同人と生まれる交流もあります。それをもっと在宅療養のQOLと収入に繋げられたらと思います。(9/11)

ここまではコロナ前の話です。先天性筋ジストロフィーで人工呼吸器を着けている在宅療養が、コロナの感染拡大で国の緊急事態宣言が出されたのちの変化について、僕の場合に限って触れたいと思います。月1回の大学病院の外来は通院を自粛。診療所の往診は隔週から月1回になりました。週1回の訪問看護と訪問リハビリテーションは続けています。生活リズムを守りながら感染の予防につとめ体力を維持しています。栃木県の緊急事態宣言が解除された今は大学病院にも通院しています。コロナの影響でインターネットを介したコミュニケーションを意味するICT化が進みました。栃木県医師会が運用している「どこでも連絡帳」を使い在宅医療が連携されています。大学病院で貰う処方箋は往診でも出せるようになり、薬は調剤薬局が宅配してくれるようになって後期高齢者の母が薬局へ薬を取りに行く負担も無くなりました。このような取り組みはコロナに特化した一時的な対応と断られていますが、在宅医療を受けている患者の負担が減る仕組みは今後も続けて欲しいです。俳句の界隈ではオンライン句会が増え、重度身体障害者の僕には移動が難しかった各地の句会に参加しています。話題をメディアに転じれば、障害者が自宅にいながら働けるリモートワークと、これまで関心を持たれていなかった分野への社会参加が注目されています。障害者が遠隔で操作するロボットが接客するカフェ。eスポーツの世界でも重度身体障害者の選手が企業とプロ契約を結ぶ例もあります。一方で知的障害や精神障害者が勤めている作業所が運営するパン屋、食堂など飲食業はソーシャルディスタンスの煽りで営業自粛や自宅待機が続き店が開けられず、母体となる事業所やNPO法人の存続も危ぶまれています。障害者を取り巻く環境も多様化しています。長い間、巣篭もりしている一人一人の実態を踏まえ彼らの可能性に寄り添う社会的な支援が求められています。(10/11)

僕にできることは細く長く続けること。三日坊主でも思い出したらそこからまた始めることです。それには時に弱い自分と向き合い病気の進行があっても残されている能力や体力と相談しながら行動する柔軟性が必要です。僕も年齢を重ねて若い頃のようには無茶できなくなりましたが好奇心だけは十代や二十代のそれを持ちたいと心掛けています。僕は風刺画を書くのと俳句も続けています。正岡子規は近代俳句の発展に尽くした俳人ですが元元は新聞記者で日露戦争の下では自分の目で社会を見た記事や随筆を書いていました。僕も彼の生涯にリスペクトして時代の空気を吸いながらクリエイティブな成果を残していきたい。人にとって充実感や達成感を得られるのはクリエイティブな作業が近道です。理学療法士(PT)なら軽い運動を切っかけに大きな目標を決めて社会復帰の手伝いができるでせう。作業療法士(OT)は簡単な手作業から始めて生きがいに繋がるような提案をして患者に寄り添い励ますことができます。学校の門戸を叩いた皆さんも今日お話しさせて頂いた僕も一期一会です。勉強を続けて医療者になった時に各自が人として成長できる患者さんと出会えるようにエールを送ります。(11/11)

「リハビリテーションを学ぶ皆さんへ。」プレイリスト
1/11 前線に告ぐ/さよならポエジー https://youtu.be/wzHT8lMHFFM
2/11 消えぞこない/フラワーカンパニーズ https://youtu.be/1JM3p1MLPfw
3/11 冬、今日、タワー/モノブライト https://youtu.be/EyFhm8Orhe4
4/11 ロストワンの号哭/れをる https://youtu.be/ZOaerF49taY
5/11 生きるについて/空きっ腹に酒 https://youtu.be/cli9ArqC1Us
6/11 リルラリルハ/木村カエラ https://youtu.be/AJMEZB2S23g
7/11 オンリーワンダー/フレデリック https://youtu.be/oCrwzN6eb4Q
8/11 オーバードライブ/サイダーガール https://youtu.be/PTkCydC2VF4
9/11 人として軸がぶれている/特撮 https://m.youtube.com/watch?v=3snUBxnWPoI
10/11 感染源/感覚ピエロ https://youtu.be/Nvfiu2ABLVI
11/11 大人の言うことを聞け/NakamuraEmi https://youtu.be/Tohr3D3a_1Y

#プロフィール   。菊池洋勝( @kikutitg )先天性筋ジストロフィー。人工呼吸器を着けて在宅療養しながら認定NPO法人とちぎボランティアネットワーク( @tochigivnet )発行の「とちコミSDGs通信」に風刺画を連載しています。病床にあって執筆した正岡子規にリスペクトして俳句を続けています。「屍派」アウトロー俳句(河出書房新社)に収載。1971年生まれ。宇都宮市在住。 webhero@hotmail.com

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