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着飾りたくないのにね.
“⚪︎⚪︎のふり”をしてしまうことについて.
例えばだけど
本当は疲れていたりしんどかったりするのに
“大丈夫なふり”をしてみたり…
全てが嫌になってネガティブになっているときに
“ポジティブなふり”をしてみたり…
でも本当は“大丈夫なふり”をするより
手を差し伸べてくれている人の手を握り返したい.
“ポジティブなふり”をするより
ネガティブな自分を認め休めるようになりたい.
なんてことを思った.
もちろん“⚪︎⚪︎なふり”をして
乗り越えられるときもある.
疲れててもまだ頑張れるとかまだ大丈夫とか
思うことでその場をやり過ごすことはできる.
だけど、それは体力や前向きな気持ちの
〔前借り〕でしかないんだと最近学んだ.
裏切られる恐怖を乗り越えて信じること
今の自分を変えるために最善を尽くすこと
色々な感情や考えが邪魔をして
なかなか握り返すことができない.
手を握り返したい気持ちはあるのにね.
そんなときは手を差し伸べてくれた人も
握り返したい人もきっともどかしい気持ちだと思う.
それでも握り返すまでそっと側で
見守り待ってくれる人もいる.
そんな人たちをたくさん大切にしていると
心も柔らかくなっていく、そしたら素直になれる.
1人でも1匹でも自分を隠さず、
着飾らずにいられる存在がいれば
少しずつでも変わっていくとそう信じたい.