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【IT小説】シャドウアクセス:裏切りのコード

あらすじ

若手システムエンジニアの田中亮は、大手IT企業のセキュリティ部門で不審なログを発見。調査を進めるうちに、同僚や上層部が絡む大規模なデータ流出計画を知る。信頼していたベテランエンジニア黒川が裏で糸を引き、さらに経営陣の一部も関与していた。亮はリーダーの佐藤や先輩の山下と協力し、不正を暴きながら成長していく。困難を乗り越えた亮は、セキュリティの重要性を再認識し、次世代のエンジニア育成に挑む。彼の行動は会社を再生へ導き、未来への希望を切り拓くものとなった。


登場人物紹介


田中亮

  • 職歴:
    新卒で大手IT企業「セキュリティグローバル」に入社し、現在セキュリティ部門に配属された2年目の若手エンジニア。大学時代はコンピュータサイエンスを専攻し、セキュリティ分野のゼミに所属していた。

  • 性格:
    好奇心旺盛で物事に粘り強く取り組む一方、まだ業務経験が浅いため、自分の意見に自信を持てないこともある。正義感が強く、理不尽な状況に対して勇気を出して行動することも。

  • 特技:
    ログ解析やスクリプト作成が得意で、PythonとBashスクリプトを使ったツール作成が趣味。


吉村達也

  • 職歴:
    20年以上のキャリアを持つベテランエンジニア。会社のセキュリティ部門の立ち上げ時から所属し、多くの成功事例を築いてきた実績を持つ。

  • 性格:
    一見穏やかだが、冷静かつ計算高い。若手をサポートする姿勢を見せつつも、内心では自分の価値が過小評価されていると感じている。


佐藤香織

  • 職歴:
    セキュリティ部門のリーダーで、チーム全体の管理と外部クライアント対応を担当している。

  • 性格:
    冷静沈着だが、効率重視のあまりメンバーの意見を軽視してしまうことがある。吉村を信頼しているため、彼の問題行動に気づきにくい。


山下健太

  • 職歴:
    入社5年目の中堅エンジニア。亮の先輩として教育を任されており、技術的な指導だけでなく精神的なサポートもしている。

  • 性格:
    フレンドリーで面倒見が良いが、自身もプロジェクトの負担が大きく、ストレスを抱えることがある。


1章:予兆

大手IT企業「セキュリティグローバル」。そのセキュリティ部門のオフィスは、最新鋭の監視モニターが並ぶ静寂な空間だった。しかし、年末年始が近づくとともに、オフィス全体が忙しない空気に包まれていた。

田中亮は、慌ただしい環境の中、端末に向かい黙々とログ解析をしていた。彼のタスクは、クライアントのシステムから収集される膨大なアクセスログを検査し、不正な動きを検出することだ。ログにはIPアドレス、アクセス元の地理情報、使用されたポート番号などが記録されており、それらを正確に読み取るスキルが求められる。

「これ、ちょっとおかしいぞ…」

亮は、不自然なパターンを見つけた。一部のアクセスが内部IPから発信され、通常許可されていないポート445を使用している。これは主に**SMBプロトコル(Server Message Block)**に使用されるポートで、しばしばマルウェア攻撃の標的にもなる。特に、外部通信にこのポートが使用されるのは異常だ。

「山下さん、ちょっと見てもらえますか?」

亮は、隣席の先輩エンジニアである山下健太に声をかけた。山下は疲れた様子でモニターから顔を上げる。

「どうした? また珍しいログでも見つけたのか?」

亮は、該当部分のログを画面に表示させた。

「これ、内部のIPアドレスが未許可のポートを使って外部に通信しています。特にこの時間帯…深夜2時から4時に集中しているんです。」

山下はモニターを覗き込みながら、軽く眉をひそめた。

「確かに変だな。通常、夜間はバックアップ作業くらいしか動いていないはずだ。それに…このログ、誰かが手動で仕掛けたような痕跡がある。」

「手動?」

「見てみろ。この通信間隔。自動化ツールならもっと一定のパターンになる。これは意図的に調整されている可能性が高い。」

亮の胸がざわついた。まるで何か不吉なものが潜んでいるような感覚だ。


翌日、亮は佐藤香織リーダーにこの件を報告した。だが、彼女の反応は冷ややかだった。

「田中くん、それだけのログで大騒ぎするのは早いわ。大規模なトラブルになるならアラートが出ているはず。システムは正常に稼働しているし、深く考えなくていいわよ。」

亮は返答に詰まった。佐藤の言葉は正論だ。システム全体の監視を担うソフトウェアが異常を検知していない以上、彼の懸念は単なる杞憂と見なされる。

「わかりました…」

悔しい気持ちを押し殺し、亮は席に戻った。彼のモニターには、再び膨大なログが流れていたが、どうしても先ほどのログが頭から離れない。誰かがシステムの深部で何かを企んでいる気がしてならなかった。


深夜、亮は自宅で独自に調査を続けた。会社の環境では制約が多いため、自身のノートパソコンで再現環境を構築し、疑わしいログのパターンを解析していく。

「これは…スクリプトか何かで送られている?」

彼は、ログの中にBase64エンコードされた文字列を見つけた。Base64とは、バイナリデータをテキスト形式に変換するためのエンコード方式で、不正通信の隠蔽に使われることが多い。

「やっぱり怪しい…」

亮の心は、不安と興奮が入り混じる状態だった。真相を突き止めたいという思いが強くなり、睡眠時間を削って調査を続けた。

翌朝、目を赤くした亮が出社すると、オフィス内には異様な緊張感が漂っていた。佐藤リーダーが険しい顔で会議室から出てきたところに、亮は声をかけた。

「何かあったんですか?」

「実は…数台のサーバーがダウンしたの。」

その言葉に、亮の中でパズルのピースがはまる音がした。

「もしかして…昨日のログが関係しているんじゃないですか?」

佐藤は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに首を横に振った。

「まだ断定はできないわ。ただ、セキュリティ部門全体で緊急対応が必要になる。」

亮は、改めて自分の予感が間違っていなかったことを確信した。だが、このトラブルの背後に何が潜んでいるのか。彼の胸に緊張と不安が広がる。


2章:深まる疑念

サーバーダウンの発生から数時間後、セキュリティ部門では緊急対応が進行していた。会議室に集められたメンバーたちは、それぞれのモニターを見つめ、膨大なデータの解析に没頭していた。

亮は、自分が掴んだ手がかりを元に調査を進めていた。彼の前には、サーバー障害発生直前のログが一覧表示されている。そこには、奇妙なパターンが見受けられた。

「このアクセス頻度はおかしい…。」

山下健太が亮の隣に立ち、モニターを覗き込む。

「どうだ、何か新しい情報は?」

「ええ。これを見てください。このログ、内部の特定のIPから断続的に送られていますが、時間間隔が一定ではないんです。そして…この通信先。外部のサーバーのIPアドレスを調べると、ドメイン名がプロキシ経由で隠されています。」

山下の表情が険しくなる。

「プロキシ経由…つまり、足跡を隠すためか。普通のユーザーがこんなことをする理由はないな。」

「はい、これが内部犯行の可能性を示唆しています。」

亮は、緊張を抑えつつも自信を持って答えた。しかし、頭の片隅には疑念が残る。


数時間後、セキュリティ部門の責任者である佐藤香織が、全員を会議室に集めた。

「みなさん、状況は深刻です。現時点でわかっているのは、少なくとも3台のサーバーが外部に対して不審な通信を行っていたこと。そして、通信データには大量のファイル転送が含まれていました。」

部屋が静まり返る。亮は、確信に満ちた声で手を挙げた。

「佐藤リーダー、これまで調査した結果、内部の特定のIPアドレスが問題の通信に関与している可能性があります。そして、通信先がプロキシを使用しているため、攻撃者は痕跡を隠そうとしているのではないでしょうか。」

佐藤は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な顔に戻った。

「わかったわ。それを基にさらに調査を進めてちょうだい。ただし、確定的な証拠が揃うまでは他言無用よ。」

「承知しました。」

亮はその場で頷き、調査に戻った。だが、彼の中にはもう一つの疑念が芽生え始めていた。なぜ、内部の誰かがこんな危険な行為を行っているのか?


その夜、亮は再び自宅で作業を続けた。ログ解析ツールを自作し、不審なアクセスの特定を試みた。そして、ついに決定的なデータにたどり着く。

「このアクセス元は…社員ネットワークの一部だ。でも、この時間帯に勤務しているのはごく少数のはず。」

亮は、自作ツールで絞り込んだ結果を見つめながら、汗をぬぐった。アクセスの大元は、セキュリティ部門の内部アカウントからだった。

「これって、まさか…。」

彼の頭に浮かんだのは、普段親しく話している同僚たちの顔だった。山下健太や、ベテランの吉村達也もその中に含まれている。

「信じられない。でも、誰かが確実にシステムを利用している。」

亮は翌朝、その結果を直接佐藤リーダーに報告した。

「リーダー、このアカウントです。アクセス元の特定が可能です。ただ…これが同僚のものだとしたら…。」

佐藤はしばらく沈黙した後、鋭い目つきで亮を見つめた。

「田中くん、これは非常にセンシティブな問題よ。外部には一切漏らさないで。まずは私が動くわ。」

その言葉に、亮は安堵と緊張の入り混じった感情を覚えた。だが、これが序章に過ぎないことを、彼はまだ知らなかった。


3章:暴かれる裏切り

翌朝、オフィスに到着した田中亮は、普段よりも張り詰めた空気を感じ取った。佐藤香織リーダーはすでにセキュリティ部門の会議室に閉じこもり、外部との通信ログの解析結果を精査しているらしい。亮は、自分の端末に向かい、さらに詳細な分析を開始した。

山下健太が隣で声をかけてくる。

「亮、大丈夫か?最近、顔色が悪いぞ。」

「ええ、ちょっと寝不足気味で…。でも、今はこれを終わらせないと。」

亮は曖昧な返事をしつつも、画面に集中していた。昨日得た情報が頭から離れない。内部アカウントが悪用されているという事実。そのアカウントの一つが山下のものだったことに、亮はどうしても目を背けることができなかった。


昼過ぎ、佐藤リーダーが亮を呼び出した。

「田中くん、少し話があるわ。会議室に来て。」

緊張しながら会議室に入ると、リーダーのほかにもう一人の人物がいた。吉村達也だ。彼は部門の中でも信頼が厚く、亮にとっても頼れる存在だった。

「吉村さんもご一緒なんですね。」

「ええ、今回の件で協力してもらうことになったの。」

佐藤リーダーは冷静な表情で話を続けた。

「田中くんが調査した結果、いくつかの疑わしい動きが特定されたわ。特に、内部アカウントの不正使用が問題ね。この件について、吉村さんと一緒にさらに掘り下げてほしい。」

亮は、内心で複雑な思いを抱きながら頷いた。吉村がこの調査に加わることは心強い反面、もし彼自身が関与していたらどうしようという不安が胸をよぎる。


その日の夕方、亮と吉村は並んでモニターを見つめていた。亮が分析結果を説明している間、吉村は真剣な表情でデータに目を通している。

「なるほど、このアクセスログか…。確かに不自然だな。このプロキシを通じた通信は、誰かが意図的に行ったものに違いない。」

吉村の言葉に亮は小さく頷いた。

「そうなんです。しかも、この通信元のアカウントが…。」

亮は言葉を詰まらせた。吉村の目が鋭く光る。

「どうした?言いにくいことか?」

「実は、そのアカウントの一つが吉村さんのものでした。」

その瞬間、部屋の空気が凍りついたように感じた。吉村はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「それが事実だとすれば、非常に厄介だな。だが、俺には心当たりがない。本当に俺のアカウントが使われたのか?」

亮はログを指さしながら答えた。

「この通り、記録があります。ただ、まだ直接的な証拠にはなりません。他のアカウントも同様に悪用されている可能性があります。」

吉村は深いため息をつき、腕を組んだ。

「分かった。俺も全力で協力する。自分の身の潔白を証明したいからな。」

亮はその言葉に一抹の安心を覚えたが、完全に疑念が晴れるわけではなかった。


夜、亮は再び自宅で作業を続けた。吉村のアカウントが悪用された経路をさらに追跡する中で、重要な手がかりを発見した。それは、社内ネットワークの隠れたバックドアだった。

「これだ…!」

亮は驚愕した。誰かが意図的に設定したとしか思えない仕掛けが、システムの奥深くに隠されていたのだ。このバックドアは、複数の内部アカウントを利用して外部サーバーにデータを送信する仕組みを持っている。しかも、この仕掛けは社内でも特定の権限を持つ人物にしか設定できないものだった。

「内部犯行が確定だ…でも、いったい誰が?」

亮は、急速に高まる緊張感を感じながら、翌日の報告に向けて準備を進めた。


4章:真実への接近

翌朝、亮は徹夜の疲れを隠しながらオフィスに向かった。社内の雰囲気は依然として緊張に包まれている。セキュリティ部門のメンバーはそれぞれに調査を進めており、亮のモニターにも新たなログデータが次々と流れ込んでいた。

亮は佐藤リーダーに昨日の調査結果を報告するため、再び会議室に向かった。部屋には佐藤リーダー、吉村達也、そして新たに加わったITフォレンジックの専門家である中島啓介がいた。

中島啓介は、外部から呼び寄せられたセキュリティコンサルタントで、過去にいくつもの企業のサイバー攻撃事件を解決してきた実績を持つ。彼はスーツの襟元を正しながら亮に向き直った。

「田中くん、昨日のバックドアに関する調査結果を詳しく説明して。」

佐藤リーダーの促しに、亮は深呼吸をして資料を開いた。薄暗い会議室の中、資料を表示するプロジェクターの光が天井に反射し、不安な空気をさらに引き立てていた。

「はい。昨日発見したバックドアですが、複数の内部アカウントを利用して、定期的に外部サーバーにデータを送信していました。その中には、機密情報が含まれている可能性があります。この仕掛けを作成するには、サーバー管理権限を持つ人物が必要です。」

中島が興味深そうに資料に目を通す。

「つまり、内部の誰かが意図的にこれを仕掛けたということだね。それにしても、ここまで巧妙な方法を使うとは。」

中島の声には、分析のプロフェッショナルとしての驚きと焦りが混じっていた。吉村が険しい表情で口を開く。

「田中くん、そのバックドアがいつから存在しているのか、推測はできるのか?」

「はい。ログを遡った結果、最初の痕跡は約3ヶ月前に確認されました。その後、徐々に活動が活発化しています。」

亮の手元にある資料には、活動の頻度とデータ転送量が示されていた。それは3ヶ月前の断続的な通信から始まり、最近では毎日のように増加していた。

佐藤リーダーが頷き、全員に目を向けた。

「ここまでの情報で、内部犯行の可能性が非常に高いことがわかったわ。この件については、さらに調査を進めつつ、部外者に情報が漏れないよう慎重に対応しましょう。」

彼女の冷静な指示が、緊張する部屋の空気を少しだけ和らげた。


その日の午後、亮は中島と共にさらなる分析に取り組んでいた。中島は高度なフォレンジックツールを駆使し、バックドアに関連する新たな証拠を掘り起こしていく。彼の指がキーボードを叩く音が室内に響き、データの流れがスクリーンに映し出される。

「田中くん、ここを見てくれ。」

中島が指さしたのは、アクセス履歴の中に隠された特殊なスクリプトだった。そのスクリプトは、バックドアを活性化させるトリガーとして機能していた。

「これを仕掛けた人物は、タイミングを見計らってシステムに侵入している。だが、このスクリプトのコードには特徴的なクセがあるな。」

「クセ、ですか?」

亮は画面に近づき、スクリプトの行間を注視した。

「そうだ。プログラマーには独特のスタイルがある。このコードを見れば、彼の癖がどこかで目にしたものと一致する可能性がある。」

中島はスクリーンに表示されたコードを指でなぞりながら続けた。

「例えば、変数名の付け方や関数の呼び出し順序。これらは本人が意図しなくても、無意識に癖として現れる。」

亮は、その発言に希望を感じた。犯人に近づけるかもしれない。


その夜、亮はオフィスに残り、中島と共に解析を続けた。特定のコードパターンを追跡する中で、ある衝撃的な事実が浮かび上がる。そのコードの一部が、社内の開発者フォーラムに投稿されていたものと一致していたのだ。

「これは…山下さんの投稿だ。」

亮は、目を見開いて画面を見つめた。山下健太が過去にフォーラムに投稿したサンプルコードが、この不正スクリプトの一部と酷似していたのだ。

「でも、山下さんが…そんなことをするはずがない。」

亮は混乱しながらも、山下の行動を振り返った。最近の彼の言動に何か怪しい点があったかを思い返すが、特に不審な様子はなかった。しかし、この一致を無視することはできない。

「中島さん、これをどう思いますか?」

中島は画面をじっと見つめた後、静かに答えた。

「可能性は二つある。彼が直接関与しているか、あるいは彼のコードが第三者によって悪用されたか。どちらにせよ、山下健太さんに確認する必要がある。」

中島の声には、冷徹な分析のプロフェッショナルとしての確信が感じられた。

亮は決意を固めた。翌朝、山下に直接話を聞くことを心に決め、作業を切り上げた。

室内が静まり返る中、亮は一人残り、画面に映るコードをじっと見つめ続けた。そのコードの向こうに、真実が待っている気がしてならなかった。


5章:対峙

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