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【IT小説】転職サイトで人生が動き出した日 〜クリック一つで運命が変わる〜

登場人物紹介

■主人公

名前:佐藤 翔太(さとう しょうた)
年齢:28歳
職歴:SIer歴6年目、Javaメインで金融系システムの開発に従事。
性格:基本は温厚で真面目だが、限界を超えると無言でキレるタイプ。
ブラックな環境でも「まぁ俺がやらなきゃ…」と抱え込んでしまうお人好し。

■妻

名前:佐藤 美咲(さとう みさき)
年齢:27歳
職業:専業主婦
性格:明るくサバサバ系。翔太にズバズバ物を言う。
最近は夫の帰りの遅さに不満が募り中。

■娘

名前:佐藤 ひまり(さとう ひまり)
年齢:2歳
性格:パパが大好きだったが、最近は顔を合わせる時間が減って戸惑い気味。


1章 終電と缶コーヒーの毎日

■ブラック企業の朝は、地獄のベルとともに

「はぁ…」

目覚まし時計が鳴るより先に、俺のため息が部屋を満たしていた。
時刻は朝5時半。2時間前に寝たばかりだというのに、体はまるで稼働時間が100%を超えたサーバーのように重い。

布団から起き上がると、リビングからカチャカチャと音が聞こえてきた。
美咲が朝食を作っている。眠そうな顔に、疲れが滲んでいた。

「おはよう…今日も終電?」

「いや、終電に間に合うか怪しい」

「ふふ、パパの顔、ひまりが忘れる日も近いね」

ブラックジョークが朝のスープより先に出てくる家庭って、どうなの。
俺は曖昧に笑って、そそくさと食事を済ませた。

■絶望のプロジェクトX

オフィスに着くと、すでに空気は重かった。
今参画しているのは、某地方銀行の勘定系システム刷新プロジェクト
規模がデカいのはいいが、設計段階から仕様変更が乱発し、今や要件はカオスそのもの。

「翔太さん、ここのトランザクション制御、やっぱり見直したほうがよさそうです」
(※トランザクション制御…データの整合性を守るための処理のまとめ方)

後輩が怯えた顔で声をかけてきた。

「またかよ…。何回、整合性崩す気だ、こいつら」

「いや、業務側から新しい帳票追加って言われて…」

「帳票って言えば通ると思ってんのかよ」

一瞬だけ心の中で叫んだが、顔は笑顔。
こんな日々が、もう3ヶ月以上続いている。

■帰れないエンジニアたち

夜10時。
誰も帰らない。むしろ「そろそろ集中タイムっすね」などと言い出す猛者もいる。

「翔太さん、飲み物買ってきますけど何かいります?」

「じゃあ缶コーヒーで…」

ブラック。
心もコーヒーも、すっかりブラックだ。

このまま帰宅しても、ひまりは寝ている。
美咲もきっと、先に布団に入っているだろう。

最近、家庭というインスタンスがメモリ上から消えかけている気がする。
(※インスタンス…プログラム上で動作する具体的なデータやオブジェクト)

「俺、何やってんだろ…」

深夜0時過ぎ、エレベーターの中でボソッと呟いた。
誰も聞いていないと思っていたが、横にいた新人が軽く笑った。

「僕もです」

おい、心中か。

■運命のクリック

帰宅は午前2時。
美咲はリビングで寝落ちしていた。
テレビには、転職サイトのCMが流れている。

『クリックひとつで、人生が変わる』

「いやいや、そんなわけ…」

スマホを取り出し、何気なく検索してみる。
「SIer 転職」「働き方改善」「家族時間 確保」…。

気がつけば、登録フォームに名前を打ち込んでいた。

人生を変えるクリック。
そんな甘い言葉、信じてたまるか。

だが、指は止まらなかった。

ポチッ。


■転職サイトの闇、いや光かもしれない

翌朝――いや、正確には数時間後の朝。

「おはよ、パパ」

寝起きのひまりが、目をこすりながら寄ってきた。
だが、俺の顔を見るなり、首をかしげる。

「だれ?」

「おい、ちょっと待て」

一瞬、心臓が止まりかけた。
完全に顔を忘れられたのか、冗談なのか。美咲が笑いながらフォローする。

「寝ぼけてるだけだよ、気にしないで」

いや、気にするだろ、普通に。
冗談でも、胸に突き刺さるパンチ力が桁違いなんだが。

「昨日、転職サイト登録したんだろ? やる気あるじゃん」

「いや、半分寝ながらクリックしただけだし…」

「いいのいいの。最初はポチる勇気が大事だから」

美咲が妙に前向きだった。
…まさか、俺が働きすぎて倒れる前に、別の道を探してほしかったのかもしれない。

それとも、単純に生活費の安定が欲しいのか。
まぁ、どっちでもいい。今のままじゃ破綻するのは目に見えている。

■見えてくる自分のスペック不足

仕事の合間に、転職サイトから届いたオススメ求人をチェックする。
Web系企業や自社開発系、フレックス勤務OKの文字が眩しい。

だが、そこでふと我に返る。

(俺、なんか武器あったっけ…?)

今の会社でやってきたことは、要件定義からリリースまで一通りやっている。
特に強みは…そう、トランザクション制御の設計とか、オブジェクト指向設計の現場最適化とか…。
(※オブジェクト指向設計…プログラムを部品化して組み立てる考え方)

でも、それって、他社から見たら「で?」で終わるのかもしれない。

「翔太さん、今日も夜まで残業っすか?」

「うん、あ、でもちょっと休憩」

「お、ついに辞める準備ですか?」

新人がニヤニヤして聞いてくる。

「いや、まだ様子見…」

「俺は転職したら、毎朝モーニング食べてから出社するのが夢っす」

「昭和か」

それでも、心のどこかで「辞めるって選択肢もアリだよな」と思っている自分がいる。
本気で考えなきゃ、そろそろ壊れる。

■転職活動はRPG

その夜、久々に美咲とゆっくり話した。

「翔太さ、転職ってさ、ゲームだと思ったらどう?」

「ゲーム?」

「最初は武器探して、装備強化して、ボス戦に挑むじゃん?
面接がボス戦で、内定が宝箱って感じ」

「そんな単純なもんじゃ…」

「で、ラスボスは、今の自分のメンタルね」

ぐうの音も出ない。
まさにその通り。自分が一番の敵だった。

翌日から、通勤電車で職務経歴書の書き方を調べ、ランチタイムに自己PRをメモ帳に書き、トイレでこっそり志望動機を練る日々が始まった。

不思議なことに、仕事が激務なはずなのに、妙に心は軽かった。

「これが、脱出フラグってやつか」

缶コーヒー片手に呟いて、ひとりニヤける。
周りから見れば、ただの壊れかけのSEだったに違いない。

■それでも立ちはだかる現実

そんなある日。
第一志望だった企業の一次面接が決まった。

Web系の自社開発企業で、残業少なめ、リモートあり、年収も今よりアップ。
まさに理想のオアシスだった。

面接当日、久々にスーツを着て、緊張で手汗が止まらない。
だが、開始10分で終わった。

「志望動機を教えてください」

「えっと…家族との時間がほしくて…」

終わった。
完全に終わった。

面接官の表情が「他にないの?」と言っていた。
それも当然だ。家族のために働き方を変えたいのは本心だが、それだけでは武器にはならない。

帰り道、電車の窓に映る自分が、少しだけ情けなかった。

(俺、やっぱり何もないのか…)

ポケットの中で、スマホが震える。
美咲からのメッセージだ。

「どうだった?」

「…次、頑張る」

そう返した俺の顔は、思ったより明るかった。


■挫折の後に気づいた「武器」

「あのさ、美咲」

夕食後、皿洗いをしながらふと口を開いた。
美咲はソファでひまりの髪をとかしていた。

「んー?」

「俺さ、何がしたいんだろうな」

「急に哲学?」

「いや、面接でさ、志望動機がうまく言えなくて…。家族の時間がほしい、だけじゃ薄っぺらいって思われたんだろうなって」

「うーん…。でも翔太ってさ、今までずっと家族のために働いてきたじゃん。
それ、別にカッコ悪くないよ? むしろ強みじゃない?」

「強み…」

「家族のために全力出せる人が、仕事で全力出せないわけないでしょ。
『家族ファーストなエンジニアです』って堂々と言えばいいんじゃない?」

「それ…面白いかも」

美咲のその一言で、急に視界がクリアになった気がした。
まるでリファクタリング前のスパゲッティコードが、綺麗に整理されていく感じだ。
(※リファクタリング…プログラムの動作は変えずに、内部のコード構造を整理・改善すること)

今までは「どうせ俺なんか」ってどこかで思っていた。
でも、家族のために頑張ることは、何よりのモチベーションであり、俺の武器だったのかもしれない。

■運命の再挑戦

それから数週間。
転職活動は加速した。

志望動機はもうブレない。
「家族との時間を大切にしたい。だからこそ、生産性を高めて、効率的に働ける環境で力を発揮したい」と堂々と伝えた。

次の面接官は、俺の話をニヤリとしながら聞いていた。

「実は僕も元SIerでね。家庭を持ってから働き方を変えたクチだよ」

まさかの仲間発見。
面接は雑談のように進み、あっさりと内定が出た。

年収は少し上がり、勤務時間は大幅に改善。
リモートワークOKで、残業は月10時間程度。
オフィスはカフェのような雰囲気で、昼寝スペースまである。

「これは…天国か?」

ただし、未経験の技術も多くて、キャッチアップは必要だ。
Spring BootDocker、果てはCI/CDなんて単語も飛び交っている。
(※Spring Boot…JavaのWebアプリケーション開発を効率化するフレームワーク)
(※Docker…アプリケーションをコンテナという単位で管理・実行する技術)
(※CI/CD…ソフトウェア開発で継続的にインテグレーション(統合)やデリバリー(配信)を行う仕組み)

でも、不思議とワクワクしていた。

「ここでなら、やっていける気がする」

そう心から思えた。

■家族との時間、プライスレス

転職して1ヶ月後の金曜日。

「パパ、お迎えありがとう!」

保育園でひまりが飛びついてきた。
こんな日が来るなんて、数ヶ月前は考えもしなかった。

帰宅すると、美咲がキッチンで料理をしている。
時計は19時。家族全員で夕飯を囲むなんて、いつぶりだろう。

「どう? 新しい仕事」

「うん、楽しいよ。覚えることは多いけど、ちゃんと家に帰れるし」

「それが一番だよ。…あ、そうだ」

美咲がスマホを差し出してきた。
画面には、転職を迷っている友人からのLINE。

『最近忙しすぎてやばい。何かいい方法ないかな』

「返信しといてあげなよ、得意のセリフで」

俺はスマホを受け取って、笑いながら打ち込んだ。

『転職サイト、一回クリックしてみ?』

これで、また誰かの人生が動き出すかもしれない。
それも悪くない。


2章 面接はRPGだと思えばいい

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