ウェルビーイングと私 ふくちゃん
イノベーションが必要だということに疑問を持つ人はいない。製造業におけるイノベーションの源泉は経営理念であるとする論も存在する(宮田,2004)。しかしながら、イノベーションを生み出すのは、経営理念のもとに偶然若しくは主体的に集まった人間、人間たちである。組織には、組織の目的、構成員の組織に対する貢献意欲、組織の中におけるコミュニケーションが重要である。そこで、目的や貢献意欲を考えるうえで、組織の「あるべき姿」である経営理念に着目してみた。企業内での取り組みである「サンクスカード」にみられる感謝という因子を用いた場合、個人と組織の目的が同じ方向性であれば、構成員の貢献意欲は増すものと推測できる。このように経営理念とウェルビーイングは関係があると考えたのである。
相互作用といわれるように個人や組織は環境とは切り離せないことはいうまでもない。VUCAと呼ばれる環境変化の中で、副業、ワーケーションなどの働き方が多様化しており、どこで働くのかというのはさほど大きな問題にならない時代が到来する。このような時代では個人のキャリア形成は従来のものとは大きく変わらざるを得ないのである。例えば、一企業内でのキャリアを考える従来のものとは異なり、労働移動を通じて、一企業だけでなく、複数の企業でキャリアを形成していくバウンダリーレス・キャリア(Arthur & Rousseau,1996)がある。これは複数の企業での経験を通じて蓄積したケイパビリティな「知識」を活かしながら、アイデンティティを発揮するとされている。ここでは、ケイパビリティな知識を蓄積できるか否かが重要であって、筆者はキャリア自体にはダウンもアップもないと考えている。
従来の日本的経営にみられた「家」の概念(三戸,1991)が失われ、企業組織と個人との間の心理的契約も変化した。家には家族である正社員もいれば、家族として扱われない非正規労働者が存在していた。では、正社員(家族)になれなかった学卒者はどこで教育を受けられるのであろうか。また、キャリアは自分がつくるものだという教育を受けていない世代や個人は自己責任という同調圧力の中でどのように生きていけばよいのであろうか。これらの社会的な疑問に対する答えを私たちは探さなくてはならない。
キャリア形成は偶然、つまり運なのだというのはあまりにも寂しい。ユーダイモニアという概念があるが、意義ある目標に向かって行動するということは主体的な行動ではないだろうか。個人と組織が同じ目的に向かって主体的に行動することで、幸福度が高まるのであれば企業における経営理念とウェルビーイングには大きな関係があるといってもよかろう。そこで、最後にある哲学者の一人語りを引用して、この稿を終えることにしたい。
「ウェルビーイングとは、よりよく生きるための「哲学」って考えることがよくあるんだ。何故かって、僕たちが存在するこの世界は、マクロな宇宙とミクロの宇宙とがお互いに影響し合うシステムになっていて、君も僕も、宰相も皇帝も誰もが、時には僕たちのミクロの宇宙が粉々になるような残酷な世界で生きているんだ・・・。それ故、よりよく生きるために僕たちは深く、深く物事を考え続ける『冒険の旅』を続けることが大事なんだよ。君、ところで『鋼の錬金術師』っていう漫画を知っているかい。その作者によれば、世界と僕らは一体となって繋がっているんだってさ。この世界を構成する僕らの「魂」が汚れていては、世界がもっともっと残酷になるのだと思わないか。心をなくした状況で僕らが行き着くところが、M.ウェーバーの『魂なき専門人』であっていいいわけない。だからこそ、よりよく生きるための冒険に意味があるのさ」
−ある哲学者の一人語り(宇宙暦2022年5月31日)から抜粋−
引用・参考文献
宮田矢八郎(2004)『理念が独自性を生む 卓越企業をつくる7つの原則』ダイヤモンド社
Michael B. Arthur, Denise M. Rousseau(1996)『The Boundaryless Career: A New Employment Principle for a New Organizational Era』Oxford Univ Pr on Demand
三戸公(1991)『家の論理1−日本的経営論序説』文眞堂
三戸公(1991)『家の論理2−日本的経営の成立』文眞堂
荒川弘(2002−2010)『鋼の錬金術師』スクウェア・エニックス