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安定したプレーは常に良い準備から。楢﨑正剛がクロス対応で絶対にミスをしなかった理由。

あらゆる競技のトップ指導者・現役アスリートによる最高峰の理論を学べるオンライン講習会『WHITE BOARD SPORTS』。記念すべき最初の講師を務めてくれたのが、元サッカー日本代表GKの楢﨑正剛氏だ。GKとしてアジアでも屈指の実績を誇るレジェンドが、24年間の現役生活で培ってきた実戦的な理論を余すところなく披露してくれた。前回お伝えした第1回「“準備動作”でセービングは決まる」に続き、今回は第2回「クロスにこそ“準備力”が生かされる」の模様の一部をお伝えする。

あらためて認識したい、クロス対応の重要性

この第2回も、前回同様楢﨑氏の現役時代のプレー映像を再生しながら本人が解説を行う形で進行していく。今回のテーマは対クロスボール。前回の対シュートに続き、GKに求められる非常に重要なプレーだ。

日頃GKのクロスボール対応に注目が集まることは少ない。シュートストップに比べ「処理するのは難しくない」という認識を持たれることが多いように思う。だが、対クロスで求められる判断の難しさは、場合によってはゴール正面から打たれるシュートよりもシビアだ。

試合中は実に様々なクロスボールが飛んでくる。タッチライン際からの距離の長いクロスもあれば、ペナルティエリアに進入されてからの近距離のクロスもある。浅めの位置からのクロスと深くえぐられてからのマイナス気味のクロスでは、GKの対応の仕方も大きく変わる。クロスが入ってくる前に、ゴール前の状況も極力正確に認知しておかなければならない。どこにどの選手が入ってきているかによって、危険なポイントも変わるからだ。

サイドから蹴り出された瞬間に落下地点(グラウンダーの場合は到達地点)を見極め、上述したゴール前の状況も頭に入れた上で、自ら前に出て対応するのか、それともゴール前にステイして対シュートの準備をするのかの決断を下す。前に飛び出してキャッチやパンチングで処理できれば相手にシュートを打たれる前に攻撃を寸断できるが、万が一先に触れなかったり、クリアが小さくなった場合には一転して大きなピンチを招いてしまう。

瞬時に多数の情報を読み取り、どう対応するのがベストなのかを一瞬で決断・実行しなければならない。そして難易度が高い割にはミスが許されず、常に100%の正確なプレーが求められる。だから、第2回のタイトルにある通り“クロスにこそ”良い準備をする必要があるのだ。

丁寧な準備が生んだチェコ戦でのビッグセーブ

現役時代の楢﨑氏は、対シュートだけでなくこのクロス対応でも抜群の安定感を見せており、目立ったミスはほとんど見られなかった。安定感の要因として考えられるのが、「無理に飛び出さない判断力」「クロス後のシュートへの準備の良さ」の2点だ。

講義内でも、「先に奪いに行ける時は奪いに行く」「ゴールエリア(ゴールラインから5.5m)のライン近くまでの範囲はできるだけ出たい」としながらも、「自分が先に触れる確信が持てなければ、ゴールライン付近に残ってシュートの準備をする」と解説している。明らかに触れないボールはもちろん、先に触れるか否かが微妙なボールに関しても割り切ってゴールライン付近に残り、より素早く対シュートに備えたポジションを取るのだ。これによって「前に出たものの先に触れず決められる」という最も重大なミスをなくすことができ、なおかつ飛んでくるシュートに対してもより良いポジショニングと姿勢で準備することができる。

Jリーグでもしばしば、GKが一度飛び出しかけてから、先に触れないと分かり慌てて戻ってポジションを取り直すシーンを見かける。だが、後ろに戻りながら重心のバランスがブレた状態でシュートを打たれるくらいなら、瞬時に決断して先にゴール前で良い準備をしておいた方が、結果的に失点を防げる確率は格段に上がるのだ。

この良い意味での割り切りと、その後のシュートへの的確な準備によって、楢﨑氏は上背では分が悪いヨーロッパの強豪にも互角に渡り合ってきた。それが顕著だったのが、2004年にプラハで行われた日本代表対チェコ代表の国際親善試合だ。

当時のチェコは202cmのFWヤン・コラーを筆頭に長身の選手を多数そろえており、サイドからのクロスボールは日本にとって大きな脅威となった。ましてや、この日の日本は長身のCB中澤佑二らを欠いており、3バックの平均身長は178cmと圧倒的に不利な状況だ。それにも関わらず、楢﨑氏は的確な判断によって相手のサイド攻撃に見事に対応してみせ、1-0での完封勝利に大きく貢献したのだ。

講義内でもこの試合の中から2つのシーンが紹介されているが、特に後半34分のプレーは圧巻だった。

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左右に大きく振られた後、相手の右サイド(日本の左サイド)からカレル・ポボルスキが右足でファーサイドへ正確なクロスを供給。ゴール前約4mの位置で192cmの長身FWウラティスラフ・ロクベンツにヘディングを許した。決定的な場面だったが、楢﨑氏はゴールライン目前でセーブ。あわや同点というピンチを脱してみせたのだ。

ここでもシュートストップの要因になったのは、ゴールライン付近での正確なポジショニングだった。

「ヘディングは足でのシュートに比べてそこまでスピードは出ません。だから前に出てシュートコースを狭めようとするよりも、あらかじめ後ろに下がった位置に立つことで、シューターと距離を取って、“シュートに反応するまでの時間を作る”ことを重視していました。この場面のように、味方が相手に体を当ててくれていれば、たとえ競り負けても際どいコースに飛んでくることはあまりないので、慌てずに良い準備をして対応すれば止められることも多いです」

確かに映像を確認してみると、至近距離からのシュートだったために倒れながら弾くかたちになってはいるが、実はシュートはそこまで際どいコースに飛んできていない。だが、この場面で慌ててしまい、少しでも前にポジションを取ろうとしていれば、手を出すのが間に合わずに決められた可能性もある。ボールが空中にある間にサイドステップで素早くファーへ移動し、ベストなポジションで自分の間合いで準備できたからこそ、最短距離で手を出せているのだ。

<試合動画>3分24秒〜

「体に近いシュートをまず確実に止められるように準備するのも、GKにとっては大事なプレーです」と語る楢﨑氏。相手がシュートを打ってくるポイントを素早く認知し、ベストなポジションを取ることでシュートが体の近くに飛んでくる確率を少しでも高める。そうして良い準備をした上で、止められる範囲のシュートをまずは確実に止める。クロスボールへの対応も通常のシュート対応と同じで、安定したプレーは常に良い準備から生まれるのだ。

講義内では試合中の様々な種類のクロスボールに対して、その時に何を考え、何を根拠に決断を下したのか、そして最終的になぜそこにポジションを取ったのかなど、楢﨑氏本人による詳細な解説が行われている。長きに渡り第一線で活躍し、世界のトップレベルとも互角に渡り合ってきた楢﨑氏だからこそ、説得力は抜群だ。「クロスにこそ“準備力”が生かされる」。その超実戦的な理論を、ぜひ自分のものにしていただきたい。

また、全3回のセット購入者には、特典として楢﨑氏が主宰する「GKオンラインサロン」に参加することができる(期間限定)。GKとして高みを目指したい選手、現場に立っているGKコーチ、Jリーグで活躍している現役選手といった“GKファミリー”とともに高みを目指そう。

(文:福田悠/写真:名古屋グランパスエイト)


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