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林舞輝監督がパーソナルコーチ・中西哲生を必要とした理由。「サッカーの技術をあそこまで突き詰めている人は世界中を探してもいない」

圧倒的な指導者エリート──。

林舞輝は、25歳にしてすでに、指導者として日本で類をみないキャリアをもつ。高校を卒業した後に海を渡り、イギリスの大学でスポーツ科学部を主席で卒業。イングランド2部のクラブのアカデミーで指導歴を重ね、指導者養成の名門とされるポルトガルのポルト大学の大学院でさらに深く、サッカーを探求した。

在学中にポルトガル1部のボアヴィスタのBチーム(U-22)でアシスタントコーチを務め、同国とリスボン大学が共催するエリート指導者養成コースで、日本人としてただ一人、ジョゼ・モウリーニョらの薫陶を受けた。文字通り「日本で最も世界最先端のサッカーを知る男」である。

2018年12月に、JFLに所属する奈良クラブのGMに就任すると、今年2020年には監督に就任。異例のスピードでサッカークラブの肩書を手に入れた。プレー経験は高校2年まで。つまり、年齢でもない。選手経験でもない。

大切なのは、誰が、何を考えて、どうやってそれを伝え導くか。

これまでの日本は、技術が、あるいは戦術が一人歩きすることが少なくなかったが、それらは個別のものではなく、サッカーを体系的に捉えることが、選手を高みに導くための唯一絶対的な方法論ではないか。それを裏付けるように2019年7月、林はGMとしてアカデミーGKダイレクターにジョアン・ミレッ氏、アカデミーテクニカルダイレクターに中西哲生氏を奈良クラブに招聘した。つまり、現在は監督となった林舞輝が、自身の根幹をなす戦術と同じように重視するのが個人技術だということ。選手一人ひとりの技術革新のため、その道の専門家を招き入れたのだ。

日本が生んだ新進気鋭の指導者は、日本のサッカーシーンに一石を投じる指導を見せている。中西氏は、そんな林監督に常々、こんな言葉を伝えているという。

「舞輝はチャンスをつくってくれ。俺は、その先のゴールを決められる選手を育てるから」

これは、日本サッカーへのメッセージではないか。「課題は決定力」「チャンスで決められていれば……」という試合後の指揮官の言葉は、指導者がそこに導けない言い訳に過ぎないのではないか──。

ホワイトボードスポーツ編集部が、林監督の「技術論」に迫った。

文・ホワイトボードスポーツ編集部

個人技術の重要性=バイエルンがバルサをボコボコにした時代背景

──ヨーロッパでは、パーソナルコーチをつける選手が増えていますよね。

林舞輝 最大の成功例はアヤックスだと思います。「プラン・クライフ」というプロジェクトなのですが、それは個人技術のトレーニングですね。バルサのカンテラ(育成組織)の大成功によってチーム全体の一貫育成が超トレンドだった時期に、ヨハン・クライフがそれを打ち出したんです。これからは個の時代だということで、午前中は個人のトレーニング、午後は全体のトレーニングというように。

──なるほど。

林舞輝 デ・リフトやデ・ヨングはまさにその成功例です。アヤックスはOB選手が優れているから、それこそベッカムのようなクロス技術を持つ選手が来て、今日はクロスをやりましょう、と。次の日はファン・ニステルローイみたいなOB選手が来て、今度はそのクロスに合わせましょうってことをやっていたそうです。

──それはすごい(笑)。他にも例はありますか?

林舞輝 ベンフィカも個人トレーニングをしていましたし、(ポーランドの)レギア・ワルシャワに行った時も、個人にフォーカスした練習の日が設けられていました。トッテナムのソン・フンミンもそうですね。彼は、中学まではチームに所属していないんですよ。元プロ選手の父親がパーソナルコーチとして見ていました。それで、高校でナショナルアカデミーの留学生としてハンブルガーに行って、契約をつかんだ。その結果、父親も有名になって、韓国に個人練習アカデミーを立ち上げました。小学校、中学校まではチームでサッカーをしていなくても、アジアのトップ選手になれましたというのは、ものすごい宣伝効果がありますよね(笑)。

──たしかに。

林舞輝 昨シーズンのアヤックスは、チャンピオンズリーグでレアル・マドリードを倒しましたよね。モドリッチや、クロースらがいるあのレアルに対して、20歳前後のアヤックスの選手たちが個人の力で普通に勝っていました。弱点を消して、個人のいいところを伸ばしたプラン・クライフの勝利ですよ。もちろん、それが必ずしも正解かどうかはわからないですけど、個人技術を伸ばすことに力を注ぐケースは、世界的にもめちゃくちゃ多くなりましたね。

──日本にはまだ個人技術をそのように伸ばす流行は来ていないですよね。

林舞輝 そうですね。現代サッカーは「何かができる選手が生き残れる」のではなく、「何かができない選手が生き残れない」世界になりました。パスがうまくてゲームメイクができて、めちゃくちゃ技術があっても、守備ができないと使えないとなる。ロベルト・バッジョもアンドレア・ピルロもいない。CBも1対1さえ強ければ足元の技術は大目に見てもらえるなんてケースはほとんどなくなってきました。デ・ブライネみたいなハードワークできるファンタジスタみたいな選手しか生き残れないイメージ。だから、選手一人ひとりの長所を伸ばし、短所を改善するような個人技術を伸ばす方針は正しいと思います。

──できないことを個人トレーニングでなくしていく。

林舞輝 日本にも昔からいたいわゆる「デカくて強ければいい」「速ければ技術がなくてもいい」「うまければ走れなくてもいい」みたいな取り柄だけで評価される選手は世界のトップにはもういない。そういう選手も、何かができないとなれば出られない。少なくとも今はそういう流れがある。バルセロナが、ユップ・ハインケスが率いたバイエルンにボコボコにされたことがありますよね(2012-13のCL準決勝で、2戦合計0-7)。セットプレーとフワッとしたクロスからのヘディングとで倒しました。あれは、何かに特化していたから強かったというよりも、相手のできないことを突いた。レアル・マドリードがCLで3連覇したのも似たような強さがあったからだと思います。だから今の時代は、個人個人のいいところを伸ばしてあげながら、弱点を克服していく。でも、それはチーム練習ではなかなかできないですね。

──それぞれで課題が違うので、克服するためのトレーニングがそれぞれに必要だと。

林舞輝 それは絶対に必要だと思います。

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技術が上がれば、教えられる戦術の幅も広がる

──奈良クラブは中西さんにお願いすることを選びました。

林舞輝 僕がGMになってから、最初はアカデミーに来てもらっていました。きっちりと時間をかけて技術を教えらえられる人に見てもらいたかった。これは僕の持論ですが、サッカーのいかなるプレーも5つの要素で成り立っていると思っています。フィジカル、テクニック、タクティカル、メンタル、ソーシャル。このすべてが必要です。

──その5つが大切。

林舞輝 そうです。あるパスミスの原因を探っても、試合終盤の疲れであればフィジカルだし、単純な技術が足りていないかもしれないし、そもそもその場所にパスを出すという戦術的な判断を誤っていたかもしれないし、普段なら成功するパスがW杯決勝という緊張感でミスしたならそれはメンタルが影響しているかもしれないし、コミュニケーションなど味方とのソーシャルな連係に問題があるかもしれない。でも僕は、精神科医ではないから、メンタルは教えられない。だから、突き詰めればそれぞれを専門家に任せたほうがいいという考えが根本にあります。

──となると、林監督の役割は?

林舞輝 そうした専門家をつないでチームに落とし込む「コーディネーター」であるべきなんだろうなと思っています。ヨーロッパでは、どのクラブにも細かいところまで分業がありますし、専門知識が必要なところは専門家に任せたほうがうまくいくことを感じました。哲生さんと出会い、哲生さんも僕に興味を持ってくれたので、まずは奈良クラブのアカデミーでやってもらいました。最初は10歳くらいの子どもに交ざって僕も一緒に体験したのですが、「うまくなる!」という感覚がめちゃくちゃ面白くて。

──林監督が自ら体験して学んだんですね。

林舞輝 はい。哲生さんのやり方や教え方は理にかなっていて、体系化されていて、科学的なバックグラウンドもある。久保建英選手らと一緒にやってきて、言葉も、落とし込み方もある。それに、選手のおかしいところを、何がダメで、どうしたらいいのかを一瞬で解析してすぐに声をかけてあげられる。僕のプレーに対しても指摘してもらったのですが、すごく勉強になったし、納得もできて、すごいなと。純粋にすごすぎるから、ぜひ来てくださいとお願いしました。

──日本では、戦術は語られても、技術を語るライターさんはほとんどいませんよね。媒体としては、(休刊した)ストライカーDXくらいですし、技術は子どものもので、大人は戦術というような感じですよね。見る人にとっても、戦術のほうが語りやすいというのもあると思います。でも、技術は大人になっても伸びる。

林舞輝 まさに哲生さんのメソッドがそうですね。例えば「シュート」一つを突き詰められている人はなかなかいないですけど、中西さんは非常に理にかなっている。論理的に突き詰めているからこそ、ワンプレーを見れば、パッと言える。今こう思ったでしょと、メンタルまで見透かしてしまう。なおかつ難しいことを言わないから、その通りにやってみると、実際にうまくいくんです。アカデミーで哲生さんのトレーニングを行う時は、最初に講義から入りました。こういう理由があって、こういう練習をしますという説明と、その根拠となる映像を見せてくれる。その後にコートで実際にプレーすると、指導を通して本当にうまくなるし、納得感がすごくある。最初は、僕らのコーチ陣に教えてもらい、それをコーチたちが各学年の子どもたちに教えて、指導者は学べるし子どもはどんどんうまくなっていくという最高のサイクルを見ていたので、僕がトップの監督になった際に、ぜひトップチームでも指導してほしいということで見てもらっています。

──論理を知り、技術を学んでうまくなるからすごく楽しい。

林舞輝 そうですね。だから、本当の意味でのテクニカルダイレクターですよ。技術が上がれば、僕らが教えられる戦術の幅も広がります。コーチ陣もトップチームの選手たちも最初は懐疑的な人もいたと思いますが、今では哲生さんを本当に慕っているし、自分から動画を送って見てもらっている選手もいます。僕自身も哲生さんにめちゃくちゃ聞いていますね。

──選手がミスをした時に、これまでの監督は質や精度を上げるために、繰り返し練習するだけでした。でも、何をどうするために繰り返すのかという細部を突き詰められていなかったし、そこに踏み込めていなかった。

林舞輝 それは旧時代ですよね。ちゃんと言語化して伝えられなければ再現性のある上達はできないと考えているというか。ただ繰り返し練習させるだけでは、やたらめったら試してみて偶然うまくいったものを経験として積み重ねていくことになります。でも、僕らの場合はそういうものはなく、ここは本当に4部のチームなのかという光景があります。

──どういうところですか?

林舞輝 GKコーチには、ジョアン・ミレッに入ってもらったのですが、ジョアンも中西さんも負けず嫌いだから、単なるシュート練習がすごいバトルになる。中西さんが「今、決めようと思ってこうしたでしょ? でもGKはこうだからプレーキャンセルしてこうできるよ」って教えてGKの逆を突いて決めるようになる。そうすると今度はジョアンが、「GK集合!ちょっと1分待ってくれ。」と集めて、「先に動くな!」とか、プレーキャンセルに引っかからない方法を伝えて……という攻防を繰り広げる。この人たち、めちゃくちゃオモシレーなって(笑)。もはや監督は傍観者ですよ。うちのグラウンドは、10メートル先に弥生時代の出土品がたくさん出るような場所ですけど、「奈良の畑の中で世界的に見てもすごいことをやってる、やべぇ」って思う(笑)。

「決めるべきところで決められなかった」の解決方法

──中西さんは、どんな頻度で指導されているんですか?

林舞輝 コロナ以前は月1くらいで来て、2、3日連続で見てもらっていました。コロナの影響で来られなくなってからも、こちらから動画を送ったり、逆に動画を送ってもらったり。ヨーロッパでは、パーソナルコーチとクラブのコーチングスタッフが揉めることがあるんですが、哲生さんはその辺の気遣いまですごい。僕らのやりたいことや、選手への負荷の掛け方などをリスペクトしてくれて、踏み込み過ぎない。それでいて、練習試合に来てくれた時は、試合に出れなかった選手たちを指導してくれて、選手はものすごくモチベーションが上がったりする。

──中西さんは、「舞輝はチャンスをつくってくれ。俺は、その先のゴールを決められる選手を育てるから」と話しているそうですね。

林舞輝 まさに。だから僕は、哲生さんが結果を残せるように、チャンスをつくることを考える。僕ができるのは、ラスト30メートルの、シュートを打つまでのところと、シュートを打たせないまでのデザインです。その先のシュートを打つところや、打たれた時にどうするかは、僕は何もできない。哲生さんは、今シーズンはレギュレーションも変更してしまいましたが、「JFLの30試合で50点取れなかったら俺はやめる」って言ってくれました。ちなみに、ジョアンも「20失点以上したらやめる」と言ってました(笑)。そんなチーム、絶対勝てますよね。監督いらないんじゃないかとさえ思います(笑)。これまでの指導者は、最後は選手の個に懸けていました。負けても「いいサッカーができたけど、最後に決めるべきところで決められなかった」と話すことが多かった。その言い訳のような言葉に、ファンも納得してしまったりする。結局、勝てない理由は、そこできちんと復習できるかどうか。決めることを突き詰めるという点で、哲生さんの右に出る者はいないですよ。

──中西さんの理論は、細かくて、なおかつ優れている。

林舞輝 それと、見透かす能力です。体の動きやフォームだけではなく、心もそうです。「今、力んでいるよね。決めたいと思った時は入らないから。決められたフォームを遂行しよう」と伝えてくれています。何度も言いますが、それが理にかなっている。例えば、0-0の状況と3-0の状況のメンタルは全く違いますよね。3-0ならプレッシャーがないから入るけど、0-0だと決めなきゃと力が入る。哲生さんは、そのシーンを切り取って、データ化して、分析して、突き詰める。先制や逆転ゴールが入りづらいというデータがあるんです。

──中西さんが「シビアゴール」と呼んでいるものですね。

林舞輝 それです。ゴールに絡むシーンをカテゴライズして、その時に、入るゴールと入らないゴールは何なのか、体の構造やメンタル構造を分解するんです。哲生さんの言葉で言えば「機械系メカニズム」と「生体系メカニズム」があって、フォームの部分でのミスと、気持ちに左右されてしまうことによるミスがある。そういうことを練習でも教えてくれるし、それを伝える言葉も納得感のあるものなんです。

──先日、中井卓大選手の練習を見させてもらったのですが、ブレイクスルーする瞬間がありました。ちょっとマニアックな話なので細部は控えますが、「利き目をなくそう」ということにトライして、最初はピッチ外でボールを使わない中で練習をして、ピッチで実践して、ものすごいシュートがバンバン決まるようになった。

林舞輝 そうそう。そういうことばっかりなんです。理にかなっているからその場で腑に落ちたり、後になって理由がわかったりする。ちゃんとうまくなるから、もう信じないわけにはいかないんです。

──ヨーロッパにもそういうコーチがたくさんいるんですか?

林舞輝 いえ、こんな人はいないです。これだけ突き詰めているのは哲生さんくらいしか見たことがないです。特にシュートの突き詰め方ですね。止めることについては、ジョアンくらい。世界において、この2人は本当にすごいと思う。哲生さんも、ジョアンがGKに伝えている話を聞いて、「すごいな」っておっしゃっていました。分かり合っているというか、雲の上の世界で、立場は敵対しているけれど同じものを突き詰めている、まるで弁護士と検事みたいな理解があるようです(笑)。

点を取るのは能力ではなく、ストライカーは生み出せる

──こういう話は日本にはなかなか広がっていないですよね。中西さんも日頃から、技術が軽視されている現状に問いかけ続けています。そういう中でジョアンさんへの信頼は厚い。

林舞輝 2人はすごく似ています。ジョアンも、まずは体の仕組みから入ります。ゴールの大きさを前提に考えたり、何メートル進むには何歩でいけるかと考えたり、突き詰め方が近い。練習すればできるようになるというところも、哲生さんと一緒です。例えば僕の能力ではうまくなる幅が小さいですけど、それが哲生さんが指導している久保くんやピピくん(中井選手の愛称)のようなポテンシャルが無限大の選手であれば伸びる幅が桁違いになる。

──技術はジュニア年代から14歳くらいまでに身に付けるといった話もありますけど、大人になってからでも十分に身に付くものだと。

林舞輝 そう思います。子供の頃からやるのはとても大事なことですが、大人になってからでも全く遅くないと思いますよ。これは人それぞれだし、一概には言えないですけど、子どものほうがプレッシャーを感じないし、失敗しても責任は小さいし、落ち込む必要もないし、何よりも楽しくプレーできる。でも、大人になればより感情が交ざってスランプになったりする。自チームではいいのに、代表にいくとダメとか、ありますよね。N14中西メソッドの機械系メカニズムは子どものうちからどんどんやっていくといいし、生体系メカニズムは、大人になればなるほど大事なんじゃないかと思っていますね。

──大人になるほど感情が邪魔をする、と。中井選手は、すでにチームでは戦術練習しかやらないそうです。ユース年代でも、個人練習の時間がないということ。技術を伸ばしたくても機会がないから、個人トレーニングを受けている。これからの時代、サッカーの最先端は、チーム練習と個人練習が分かれていくのでしょうか?

林舞輝 そうなっていくべきだと思います。実際に、世界のトップはどこもそうやっています。スローイン専門コーチ、セットプレー専門コーチ、フィジカルコーチ、フィジカルの中にもリハビリと、そこから復帰へつなげるコーチ……。そういう中から、これとこれをつなげて、バランスを考えながら最終的にこうしようと判断するのが監督の仕事だと思っています。

──コーディネーターですね。

林舞輝 そうです。100%の専門知識を持つスタッフが10人いるとしたら、監督はそれぞれの知識を10%ずつ持っていて計100%であればいい。「専門家をまとめる専門家」ですね。リバプールも、トレーニング、分析、戦術を考える人は別ですし、欧州各国はサッカー協会の運営は、元サッカー選手よりハーバード大学のビジネススクールを出たような人材に任せたほうがいいと気づき始めている。育成でもトップでもその考え方は同じで、そのほうが理にかなっている。何もかもすべてを100%教えられる人は絶対にいないですから。

──そうやって細分化していく。

林舞輝 各々の専門領域があって、そこに互いのリスペクトがあって、その上でコーディネートするのが監督や、アカデミーの担当コーチ。今後は、普通にそうなっていくと思います。僕はジョアンのようにGKを教えられないし、哲生さんのようには個人技術を教えられない。それと同じように、哲生さんだって、GKコーチではない。でも、これが面白いのは、哲生さんがFW目線でGKを教えられるかもしれないし、ジョアンがGK目線でFWにアドバイスできるかもしれないこと。ジョアンはよく、FWにアドバイスする時にゴールを決めるではなく「GKを倒す」という表現を使う(笑)。どうやったらGKをやっつけられるか。これは完全にGK目線ですよね。

──それはすごい(笑)。専門性の高い人がその分野を教えるのが自然な流れだと。

林舞輝 そうです。日本のアンダー世代の代表もそういう形にするのもいいのではないかと思っています。僕は監督ですけど、触れられないことや知らない領域がたくさんありますから。そう考えると、哲生さん一人でいいんですよ。哲生さんは専門性の幅が広く、深いですから。アカデミーとかでも、うまく年代を分けて教えることができたら、哲生さん一人でアカデミーの全年代をカバーできる。

──中西さんのメソッドは技術の再現性を追求したものだから、より落とし込める。

林舞輝 そう、それと言語化ですね。言語化できるから論理化できて、論理化できるから再現性がある。つまり、言語化できなきゃ再現性はない。言語化されているから大人は理解して納得感を持って取り組めるし、子どもは自分のプレーを自然と言葉で説明できるようになる。それが本当にすごい。哲生さんは選手の感情を見透かして、良いことも悪いことも言葉にできるから、再現できる。選手がミスをした時に、見透かせていなかったり、言葉にできなかったりすると選手には伝えられないですよね。いいプレーができた時になぜうまくできたのかを言葉にできるから、また同じことができる。だから、練習にも落とし込める。哲生さんの中には順を追ってプロセスにしていくメカニズムがあって、プレーが完成していく。中西さんの見透かす力、言葉にする力があって、それが技術の再現性を生んでいると思います。

──中井選手も、言語化がすごくできる。シュート練習で、何本目かで精度が落ちたのは、ここがうまく使えなかったとか、非常に客観的に自分を見ています。その作業を16歳のうちからできてしまう。だからこそ、技術もどんどん進化していきますよね。

林舞輝 そうだと思います。自分のプレーを言葉にするのは、久保選手もめちゃくちゃうまいですよね。

──もちろんそこもトレーニングが必要。

林舞輝 教えられる指導者がいればできます。選手は指導者の鏡だと言いますし、日本人に柔軟性や創造性がないと言われるのは、指導者に柔軟性や創造性がないからだと考えています。選手がミスを恐れるのは、指導者がミスを恐れているから。僕自身も、ミスはあります。同じ練習をしないですし、練習計画通りにもやらず、選手の質や、ピッチ、年代、その日の選手の雰囲気でも変えますけど、正直想定していたより練習がうまくいかない日だってある。そういう時にどうにかできるのか、固執するのか、柔軟に対応できるのか、そういったミスを恐れていつも通りの「鉄板メニュー」ばっかりやってしまうのか。そういうところで指導者が試されていると思いますね。選手は指導者の鏡ですから、指導者にアイデアとユーモアがないと選手にもそれは生まれないですし、指導者に言語化する力がなければ、選手にもその力はつかないと、そう思っています。

──同じ練習をしないというのは、中西さんも同じですよね。今、この世にはないものをどんどんメニューにして、いい意味でも選手を実験台にしてトライしている。

林舞輝 失敗してもいいんです。練習を変えたらいいだけだから。その失敗は、その練習がうまくいかないことがわかったということでもあります。同じ練習をやっているだけでは気づけないから、あの手この手でやってみる。失敗したと思ったら成功することもあるし、アレンジを加えてうまくいくこともある。その時に、今までは気づけなかった構造を発見することもある。哲生さんも、そういう発見があったと言います。

──どういうことですか?

林舞輝 久保くんのシュートが詰まった形になった時に、これだって思ったそうなんです。詰まるということは、ボールに集中するから、感情はそこにはない。つまり、その感情で、正しいフォームをできたらいいということ。偶然の発見。哲生さんのすごいところは、多くの指導者が諦めていた、誤魔化していた、言い訳にしていたところに、切り込んだこと。「運が悪かった」とか「決めるべきところで決めていたら」で片づけていた部分に着目して、なぜ決められなかったのか、じゃあ決めるには何が必要か、決まるシュートとは何か、決まらないシュートと何が違うのか。あらゆるカテゴライズをして、言語化して、練習に落とし込むことで、再現性を持って決まるシュートを打てるメソッドを体系化した。これまで指導者が自分に勝てなかったところに足を突っ込んだ。決まるシュートは言葉にできる。だから、「舞輝はチャンスをつくってくれ」と言う。そんなことを言える指導者が心強くて仕方ないですよ。

──得点、つまりシュートはサッカーの一番の課題ですからね。

林舞輝 そうです。スペインだって、(点を取ることは)才能だからという意見が大半でした。点を取れる選手は、取れるから使うんだと監督も話してきた。だから、点を取れない選手が点を取れるようにするという哲生さんは面白い。僕なんて、エリア内のプレー原則は「祈る」ですから(笑)。僕にできることはない。でも、哲生さんにはそれができる。これまでは、点を取れない選手はまるで不治の病みたいに「あいつは点が取れない」と言われてきましたし、都合の悪いことに、点を取れる選手に限って言語化できない感覚派の選手が多いから「ゴールを決める技術」に、焦点が当たってきませんでした。

──でも、ストライカーは生み出せるかもしれない。

林舞輝 そうです。日本人は決定力がない。ストライカーは生まれない。第二の釜本邦茂の出現を待てと、これまでは他力でした。でも、そこに哲生さんがフォーカスしたからこそ、日本は偶然ではなく必然的にストライカーを生み出せる国になるかもしれません。


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