【完全解析・久保建英/第3回】メッシ、ベッカム、そして久保。共通するのは「型・フォーム」の重要性
不思議に感じることがある。
例えば野球には、投手にしろ打者にしろ、技術と思考が凝縮されたスキルを自身の「フォーム」という型にして、競技の中で体現する常識がある。
静止状態から動作へと移り、勝負の局面に転じていく野球とは違い、サッカーは常に動作をともなうスポーツだ。止める・蹴る、といった基本的な技術練習はサッカーを習得する上では誰もが通る道だが、では「一定のフォームを意識しよう」や「自分の型を作ろう」といった指導は、あまり聞いたことがない。
ただ、思い返してみると、サッカーでも名選手の多くにはそのプレーに型がある。
キックの名手、デイビッド・ベッカム。右足で高精度のボールを蹴り上げる独特なフォームは、誰もが頭の中で思い返すことができるだろう。左足のスペシャリスト、中村俊輔のキックにも同じことが言える。
リオネル・メッシのスラロームのような動きで敵を抜いていくドリブルには、即興性よりもどこか規則性が感じられる。ドラガン・ストイコビッチの鋭利な切り返しやキックフェイントは、まさに相手がわかっていても止められない「再現性の塊」のような型だった。そして長い足と懐の深さを生かしたジネディーヌ・ジダンのボールキープは、彼の姿を陰影にしてもそれと理解できるようなフォームである。
久保建英が以前から取り組んでいることも、この文脈にある。それは、あらゆる試合局面において、いかに多くプレーの“型”を再現できるかということ。スキルを裏打ちするのは、型でありフォーム。そしてそれは感覚的にプレーしているだけでは生まれず、理論的なアプローチを持ってでしか作り上げられない。
東京オリンピック第3戦、フランスとの戦いで久保はその「型の論理」をゴールシーンでまざまざと発揮した。
文=西川結城
写真=六川則夫
フランス戦で飛び出した、「ショートバウンドのインカーブ」
2試合連続ゴール、しかもどちらも日本の先制点。久保は東京オリンピック初戦の南アフリカ戦、第2戦のメキシコ戦と確かなスキルで得点を奪い、自ら好調の流れをつくってフランス戦を迎えた。そして、3戦連発は現実となった。
前半26分、中盤の田中碧から敵陣深部に突き刺すボールが入る。フランスの左サイドバックとセンターバック、その両者がマークにつきにくい中間ポジションに位置取り、パスを呼び込んだのは久保。ゴールに背を向けた状態からスムーズな反転で右足トラップと同時に前を向く。この時点でDFを一人置き去りにした。
すぐにDFラインの裏に走り出そうとしていた上田絢世にパスを送る。ペナルティエリアに入った上田はゴールから角度のない方向にドリブルをしながら、強引に右足を振り抜く。シュートはGKに防がれた。
ボールは大きく弾かれ、ゴール前に詰めた2人のDFと旗手怜央を超えていく。そこに、久保は1人走り込んでいた。難しいバウンドに思えたが、リズムよくボールに左足を合わせると、DFの隙間を抜いてゴールネットを揺らしたのだった。
ここで着目したいのはシュートシーン。映像を見てみると、久保は非常に独特な蹴り方でゴールを決めたのがわかる。
■試合ハイライト映像(引用:NHK公式チャンネル)
こぼれ球が自分の前のスペースにやってくるとそこに駆け寄り、複雑なボールの弾み方にもストレスを感じずに接近をしては、ショートバウンドのタイミングで左足をインパクト。しかもコントロールが難しいバウンドでありながら、しっかり空いているコースを見抜いてダイレクトシュートを決めた。
この蹴り方、実は久保が中学生時代から中西とのトレーニングで積み上げてきたフォームだった。
「ショートバウンドのボールを、インカーブの弾道になるように蹴る。これは僕の理論の中でも特徴的なものの一つだと思います。なぜこの蹴り方を練習するのかといえば、実戦では相手が非常に予測しづらいタイミングと弾道のキックだからです。サッカーでも野球でも(ボールの落ち際ではなく)上がっていくボールは扱いにくいもの。ただそこで正確な技術を発揮できるか否かで、試合の局面は変えられます」
理論的なフォームを、心身で体得する
中西が提唱する理論、「N14 中西メソッド」が展開するインスタグラムのページでは、久保やレアル・マドリーのアカデミーでプレーする中井卓大、また元なでしこジャパンの永里優季らが、中西の指導を受ける映像が公開されている。インスタでは永里がこのショートバウンドのインカーブ練習に取り組んでいるが、「低い弾みから胸の高さ、頭を超える高さとあらゆるバウンドを想定してこのキックトレーニングをやっています」と中西は話す。
ショートバウンドのインカーブは、弾んできたボールの上がり際を捉え、さらにこれも中西の理論の代名詞である「軸足抜き、蹴り足着地」(コラム第1回のメインテーマ)のリラックスフォームで蹴るのが一連の型になる。シュートだけでなく、「クロスボールでも試合の中でこのキックをされると、DF陣は対応しにくくなる」と中西は効果を語る。また久保のシュートシーンに話を戻すと、バウンドするボールに体が固くなることなく自然と入っていけているところも印象的だ。ボレーシュートとは、プロの選手でもその局面になると心が構え、ぎこちないシュートフォームでインパクトに失敗するシーンが多い。
中西はストレスなくバウンドボールを蹴る重要性をこう語る。
「例えば『この弾み方は蹴りやすい』、『これは蹴りにくい』といったジャッジを勝手にしてしまうと、蹴りにくいボールの場合はストレスを感じます。どんなボールでも嫌がらずに蹴る。久保選手が長くこのキックの練習を通して築いてきたのは、こうした心理です。そして勝負では相手が嫌がるプレーをしないといけません。ボレーシュートは、ボールの落ち際を蹴るほうがGKやDFにすればタイミングは読みやすいです。ボールの落下と足の動きを長く見られるからです。ただ、ショートバウンドで蹴ると、タイミングや軌道は読みにくくなる。難しい合わせ方をしてくると相手も予測できないので、そこで正確な技術を発揮できれば敵を上回れます」
アウトサイドキックでショートバウンドを蹴る選手はよく見かける。例えばミドルレンジから思い切り足を振り抜く場合で使われることがある。「普通のキックは誰でもインサイド、アウトサイドの両方を練習するのに、ショートバウンドはなぜかみんなアウトサイドでしか蹴らない。インサイドで捉えることは最初難しいですが、これをきっちり取り組まないといけません」と中西は強調する。
さらに大切なのは、心理面。これまでの論理的なトレーニングの結果、どんなバウンドでも対応できる自信を得られているからこそ、このシュート場面で久保は自然体でプレーできたという。
「久保選手はショートバウンドのインカーブを繰り出そうと思って、ボールに入ってはいないと思います。来たバウンドに合わせる。その自信と覚悟がこれまでのトレーニングを経た久保選手にはあります。実際にこの蹴り方で、2019-20シーズンのマジョルカ時代にゴールを決めています。相手が読みにくいタイミングで蹴る。それが体に染み付いているのです」
「感情は、ゴール後に爆発させればいい」
GKを含め、4人の隙間をすり抜けていったシュート。転んだDFの臀部に軽く当たってはいるが、それだけ狭いコースを抜けていった証でもある。もちろん落ち際のボールに大きく振りかぶってボレーシュートを放とうとすれば、こんなコースを狙う時間も余裕もない。
中西はこれを、「感情を消すことができているからこそ、冷静なジャッジができたと思います」と見ている。
シュート場面において、どんなときでも「感情をフラットにする」や「決めたいという気持ちを消す」といった表現を中西は使う。それは一体、どんな効果をもたらすのか。
「ゴール前に敵と味方が混在するスクランブル状態のなかで、どこにシュートを打つか。そこで久保選手はショートバウンドのインカーブを蹴りましたが、練習を積み重ねそのフォームが体に馴染んでいなければあそこで打てなかったでしょう。そして、なぜあの狭いコースを冷静に狙えたか。それは『決めたい』という体が硬直してしまうような感情をなくし、いままでやってきたシュートフォームをただ遂行することにフォーカスできたからです。プレーはどんなときも感情に左右されるのではなく、シュートが決まる型、局面打開に成功するフォームに常にフォーカスすることが大切なのです」
大会の最後、3位決定戦で敗れ大粒の涙を流した久保の姿は、東京オリンピックのハイライトでもある。また彼はゴールを決めれば即座に感情を露わにし、味方と歓喜をわかちあった。真剣に、金メダル獲得を目指したからこそ、端々で発散された喜怒哀楽の心。どれも久保のサッカーへの愚直さが伝わるシーンだった。
長く久保と並走してきた中西も、そんな戦いぶりに胸を打たれたという。と同時に、久保が重要局面では感情をしっかりコントロールできていたことにも、喜びを感じている。
「感情は、ゴールが決まったあとに表せばいいのです。あの喜びを爆発させた姿は最高でした。ただ久保選手が挙げた3ゴール、すべてにおいてシュートを打つ瞬間はフォームの実行にフォーカスできていました。なんとなく打ったシュートはなかった。理論を積み上げ、プレーの型を作り上げていく。その種類をシュートのみならず、あらゆるプレーでいくつ持つことができるか。それこそが、久保選手が取り組む挑戦なのです」
よく取材で選手がゴールシーンについて聞かれる場面があるが、久保の振り返りは毎回、非常に解像度が高い。その言語化力は、これまで紹介してきた理論の積み上げがあるからこそ。中西が今回語ってくれた解析の数々は、東京オリンピックの3ゴールを表層的に見ただけではわかり得ない、久保が繰り出すスキルの本質が詰まったものだった。
(おわり)
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