【再掲】「年齢に関係なく技術は成長する」。選手の進化を促す中西哲生の本質的指導法とは
第2の久保建英を発掘する──。そのテーマのもとスタートするプロジェクト、『N14ウインターキャンプ』。
元プロサッカー選手・中西哲生には、スポーツジャーナリストとしての活動だけでなく、トッププロに指導する“パーソナルコーチ”としての顔が存在する。
自ら考案した『N14中西メソッド』を、これまで多くの選手たちに授けてきた。長友佑都や久保建英といった日本代表勢が指導を受けてきたことは、最近ようやく報道される機会も増えてきている。“パーソナルコーチ”と聞いて思い浮かぶのは、フィジカルコーチやトレーナーといった領域だろう。実際にプロでありながら個人指導を受けている選手の多くは、自分の身体面のケアや向上がその目的だ。
中西は違う。彼は、選手の技術に特化した個人指導を続ける。対象は主にプロ。普通、プロになるレベルまで行けば、もはや技術向上には着目しない選手がほとんどだ。
「断言します。年齢に関係なく、技術は成長します。技術への概念を変えられる、と言ってもいいです」
中西は常日頃からこう語る。
その中西が今回、ついに育成年代の子どもたちに『N14中西メソッド』を指導する機会がやってきた。それが、『N14ウインターキャンプ』。選抜された小学3年・4年生と、5年・6年生とともに、3日間で4セッションを行う。
連日繰り広げられる、中西の直接指導。これまで日頃、どのように選手にアプローチし、選手を高みに導いてきたのかが、ここで共有される。
中西は強調する。
「僕は選手に答えは伝えません。僕の指導を受け、理解し、そこから選手がどう自らの答えを見つけるか。その一連の方法や重要性を、今回子どもたちには体感してもらいたいです」
では、その中西は普段、一体選手たちにどんな個人指導を行っているのか。その指導法は、選手はもちろんのこと、『N14ウインターキャンプ』に見学参加する指導者にも共有される。我々も断言しよう。
指導者もまた、年齢やキャリアに関係なく、成長を続けられる──。
文・西川結城
ある選手がブレイクスルーした瞬間
ある時、中西に話を聞く機会があった。すると、そこには練習を予定していたレアル・マドリーの下部組織に所属する、“ピピ”こと中井卓大がたまたま居合わせていた。
すでに中西と中井は室内でトレーニング準備を始めていた。すぐにグラウンドに飛び出るかと思いきや、なかなかその場を離れない。見ていると、中西は中井に左右の目の動きについて話していた。立ったまま、黒目を左右に動かしながら何かを説明している。さらに股関節を中心に、中井の関節の動きを細かくチェックしていた。この準備時間ですでに30分は超えている。
このときはまだ、ここからグラウンドで何が起きるか知る由もなかった。
この日は体を横方向に動かしながらボールをタッチする練習から始まった。メニューがどんどん進む中、中西は上半身と下半身の動かし方を細かく指導する。すると、時間経過とともに中井が嬉々とした声をどんどん上げていく。
「あ、テツさん少しずつ見えてきました!これか!」
それは完全に中井のなかで、何かがブレイクスルーした瞬間のように見えた。練習は続く。今度はキックのメニュー。軸足抜き、蹴り足着地のフォームでインカーブ軌道のボールを蹴り、終盤にはアウトカーブのボールも蹴り込んでいった。
ここでも中井は、何かに気づいたようだ。
「キックにも目の動きが関係しているなんて、これまでまったく気にしていなかったですよ」
すべてのトレーニングセッションが終わり、中井は確信に満ちた表情をしていた。一体、彼は何に充実を感じていたのだろうか。
技術向上に必要だった、目の動き
中井はうれしそうにしながら、自らこちらに今日の練習のキーワードを明かしてくれた。
「テーマは、目線だったんです。もちろん体の動かし方やフォームの指導もありましたが、今日はとにかく目、でした(笑)」
あの、室内で時間をかけていた目の動き。何がどう、このトレーニングに生きていたのか。
「あの目の調節をした上で練習したことで、僕は短時間でだいぶ変わりました。今日一日で全然違いますよ。ボールを動かすメニューのときも、意識していたのは目です。例えば、自分が顔を横に振って肩よりもさらに背後を視野に入れるときには、右に向いたなら右の黒目を右隅にグッと寄せるのです。これ、最初はやっていてもぼやけて背後が全然見えなかったんですけど、徐々にはっきりと見えるようになってきたんです。練習中に『テツさん、これですか!』と叫んだのは、くっきり見えた瞬間だったから。正直、このトレーニングは驚きでした」
話し口調は可愛らしさが残る関西弁だが、興奮冷めやらない中井の説明はどんどん進む。
「よくシャビに代表されるように、中盤の選手の首振り回数の大事さは聞きますよね。さらに言えばそこに目の動きを意識することで、だいぶ視野の確保が変わってきます。わかりやすく言えば、例えば僕はこれまで左背後を見るときに右目で捉えようとしていたんですよ。でもそうではなくて、左方向を見るのであれば、左の黒目を左隅に入れる。そうすれば右目では捉えられない位置まで背後が見えるようになります。今日の練習でそこがだいぶできるようになりました。背後の視野が、グッと広がります。これ、360度視野でプレーするトップ下とかボランチの選手にとってめちゃくちゃ有効です」
さらにインカーブ、アウトカーブのボールを蹴り込んでいた練習でも、目がテーマだったのは「同じでした」という。中井は続ける。
「僕の右足キックの癖は、本当はボールに対して右足が横から入らないといけないのに、縦から入ってしまうことです。だから練習前にテツさんから股関節の動かし方の説明を受けて、まずはボールへの足の入れ方を股関節から意識していこうということでした。さらに、キックでも目をめちゃくちゃ意識しました。右足で蹴るときは、右目で足元のボールを捉えて、左目はゴール方向を向く。それで足を横から入れてインパクトして、軸足を抜く。今日は目線が先にボールの軌道を追ってしまったときは、シュートがクロスバーの上にいってしまいました」
この日、中西は中井に対して、特に右足のキックを何度も蹴らせていた。そこにも目に関係するある理由があると、中井は自覚する。
「左足キックのほうがゴールを見る目が利き目の右になるので、黒目を右隅に動かしやすくいいボールが蹴れていました。ただ右足キックは左目でゴールを捉えないといけないのに、僕はどうしてもまだ右目で捉えようとしてしまって顔が上がり、体が開いたシュートフォームになってしまいました。いやあ、テツさんのトレーニングはホンマに奥が深いです(笑)」
ピピの言語化力。そして指導の因果
ここまで聞いて感じたのは、中西の慧眼ぶりである。
中井がいま抱える課題に最適なトレーニング法を授ける。しかも、単なるテクニック法などではなく、体の仕組みや動かし方とリンクさせた論理的なアプローチであることも見逃せない。「テツさんのトレーニングは奥が深い」。選手にこう言わせる指導者は、本物だ。
もう一つ印象的だったことは、中井が自らのプレーや課題を語る、その言語化力である。ここまでの話を読んでいただいてもわかるとおり、非常に整然かつわかりやすく人に伝えている。学んだものをしっかり自分で理解し、咀嚼し、吸収する。このフローが完成されて、初めて指導が身についたと言える。中西が「答えを教えない」と強調する理由もここにある。
中井はこれまでの中西との日々を振り返る。
「僕なんて、テツさんの練習をスタートして始めは何もできなかったですから。切り返し一つ、ろくにできなかったぐらいです。久保(建英)くんと話した時も『始めは全然できなかった』と言っていました。でも、徐々にこうして習得できていって、手応えを感じています。スペインでも少し調子が悪ければ、軸足抜き、蹴り足着地のシュートフォームをもう一度確認しながら蹴っています。正しいプレーフォームを意識する。これもテツさんから学んだ大事なことです」
レアルにも技術を教えるパーソナルコーチをつけている選手は「いないと思います」と中井は言う。中西の指導を受け、成長と課題克服を経てスペインに戻ると、レアルのコーチが目を丸くすることもあるという。
このトレーニングから中井はレアルに戻ると、シーズン終盤にはジネディーヌ・ジダン監督(当時)率いるトップチームの練習に参加したことが現地メディアから報じられた。けが人が多数出たことに伴ってではあったが、ルカ・モドリッチやカリム・ベンゼマといった世界のトッププレーヤーに混ざりながら、中西から受けた論理的な指導をもとに堂々技術を発揮する中井の姿がSNSなどでも発信されている。また現在スペイン3部を戦うレアルBチームのラウール・ゴンサレス監督にも評価されるなど、今後の期待が高まるばかりだ。
飛び級で参戦するフベニールA(19歳以下)の試合では、癖を修正した右足キックで見事インカーブシュートを決めるなど、確かな結果を出す中井。
その影にあるのは間違いなくあの日、中西が施した“目”の指導──。それは『N14中西メソッド』の理論が、一人の選手の因果を通じて実証された瞬間だった。