見出し画像

BORN TO RUN


Ⅰ 「STRANGER」


 2004年8月17日、横浜アリーナ選手控え室にて。
 「戦いは、勝ち続けなければ何の意味もない」
 と言う事を、北爪鷹志よりもよく知っている者は、誰一人としていなかった。


 昨晩北爪は、一週間前の公開練習中に起きたアクシデントにより、脚部に負った「怪我」という爆弾を抱えた状態で、対YAMATO戦に出場し、王座を奪取した。


 アクシデントは、同じジムの練習生が片付け忘れたトレーニング器具によるものだ。
 マスコミの前でのアクシデントだけに、北爪は狼狽しなかった。実際には、内側側副靭帯損傷。下手をすれば治療に半年を要する怪我。

 「ほら、今回は減量しなくてイイじゃないですか。食い過ぎたら動きが鈍っちゃて。その分、パワーは増しましたから、KOで倒しちゃいますよ」

 北爪は焦燥を押し静めて、大爆笑した。
 取材陣のほとんどが、この出来事を、KO宣言のためのパフォーマンスだと信じていたのだ。


 北爪鷹志。本名・北爪隆史。
 国際キックボクシング協会、竹内ジム所属。
 フェザー級元王者。現在ランキングは4位。
 戦歴は、63戦43勝(26KO)17敗3分
 そして今回初めて、他団体戦に出場、ベルトを奪い取った。


 「野球ファンは素晴らしい。どんな凡試合にも、どんな駄試合にも、文句は言うけれど次の試合を見るでしょ?」

 初めて出会った時、北爪は私にそう語った。
 本誌編集長から「北爪に付いて回れ」と言われた時、私は大してキックボクシングと言うものに興味などなく、スポーツ記者をやる上で、やはり野球の記者が憧れだったのを見透かされたようだった。
 雑誌名を告げた時、北爪は、「ああ。野球マガジン(当社刊)、僕も時々観てますよ」と言った後、そう告げたのだった。

 「格闘技のファンってね。駄目なんですよ。ドラマを期待してるんで」

 ドラマを期待するのは、格闘技だけではない。野球・マラソン・サッカーetc...期待を寄せるのは視聴者・ファンの性である。まして、自分を応援してくれるファンに対しての暴言とも取れる発言に、私はいささか憤りさえ感じた。

 「だってね。皆さん、KOを期待してるでしょ。僕だったら、倒れなかった選手を誉めて欲しいんですけどね」

 私は言葉を失った。

 「KOが格闘技の華だってのは重々承知してますよ。でもね、僕らが喰らってるパンチって、どれも一発でKOされるぐらいの力が篭ってるんです。倒れないのは、かわすからです。止めるからです。流すからです。それに、耐えてるからなんです」

 当時、フェザー級王者だった北爪はつまらなさそうに縄跳をしながら、私への取材に答えた。

 「バチバチ殴り合って、蹴り合って、痛いのイヤですから、早く倒したいじゃないですか。でもね、倒れてくれないんですよ。向こうも似たような事考えてるから(笑) こっちが倒れちゃえば楽なんですけどねぇ」

 ――それはもっとイヤなんですね。

 「だから、凡試合も、駄試合も、泥試合もあります。でも少なくとも、年俸で何億って稼いでる野球選手よりは、必死にやってると思いますよ」

 ――素姓なんか知らない選手に自分を重ねて、選手を応援するのがファンでしょう。だから、華やかに勝つ事を願うのは当たり前じゃないですか?

 「だったら、プロレス観るとか、アクション映画観ればイイじゃないですか。どっちにも脚本ありますから。痛快に勝ってくれますよ」

 ――八百長はしない、と言う意味?

 「プロレスが八百長だなんて言ってませんよ。リングで戦うならともかく、僕、あの人達と喧嘩したくないですモン(笑)」

 ――キックのルールに則るなら、戦える?

 「ちゃんと減量してくれればね(笑) あんなガタイに掴まれたら、大変ですよ。プロレスラーとか、シュワルツェネッガーとか(笑) それに、アレは八百長なんじゃなくて、ショウ・ビジネスでしょ」

 ――ショウ・ビジネスに興味がある? キックの試合興行自体もショウではある訳だけど。

 「ショウはプロの仕事でしょ。八百長はプロ失格ですよ」

 ――さっき、減量すればプロレスラーと戦うって言いましたけど、本当?

 「やりますよ。ちゃんと4回戦から上がってこれればね」

 ――実際、幾つかの他団体の王者たちからオファーがあったと言うウワサも聞いてますが。

 「ホントですよ。名前は言えませんけど、3人ほど。僕には悪い冗談にしか聴こえませんけど」

 ――どうして? 試合を受けて勝ったら、相手団体のベルトを持って帰れますよ?

 「弘田(記者)さん、アナタ、何かスポーツやってました?」

 ――高校まで、野球を。甲子園出場校だったんですよ。私のいた三年間は出場できませんでしたけど。

 「あはは(笑) その時、プロのサッカー選手と試合をして、トロフィーが欲しいと思いました?」

 ――まぁ、思う訳がありませんよね(笑)

 「僕もサッカー選手との試合には興味ないんです。サインは欲しいですけど」

 ――でも、ルールに関しては、ほぼ一緒でしょ。○○とか、△△とか。

 「肘の有る無しやら、ラウンド数が違えば、違う競技ですよ。バレーと似てるからって、セパタクロー(足でやるタイの球技。バレーに似ている)とは試合しないでしょ(笑) テニスも軟式と硬式は違う。プロ野球チームは、女子ソフトボールチームとは、試合しない」

 ――それは、○○や△△が女子ソフトボールって意味だと?

 「まさか! そんな事を言ったら女子ソフトボールに失礼でしょ(笑) あ、団体名は伏せて下さいね。夜道が怖いから(笑)」

 ――大丈夫ですよ。でも、それは挑発と取られますよ?

 「だから、最初から言ってるように、いつでも戦いますよ。今持ってるタイトルを捨てて、4回戦ボーイから出直すならね」

 ――自分がそうしようとは思わない? 逃げてると思われるんじゃないですか?

 「僕はキックに誇りを持ってます。ウチが最強だって。他団体の人が自分の団体に誇りを持ってたら、あんなオファーは有り得ないんです。だから、悪い冗談だって言ってるんですよ」

 ――でも、実際に4回戦から始めるとなると、早くても数年後でしょ。手っ取り早く試合を組むには、他団体の王者同士がやるのが一番だとは思わない?

 「じゃあ、何処かのベルトを沢山持ってるチャンピオンさんに伝えてください。僕のベルトはね、4回戦から始めて、死に物狂いで、ようやく手に入れたベルトなんです」

 ――渡したくない?

 「僕はあなた方みたいに才能がないから、5つも6つもベルトは取れないし、苦労もせずに取った無名のベルトになんか興味がありません。そんなに沢山のベルトを巻くほど胴が長くもない」

 ――そうやって巻くものじゃないでしょ(笑)

 「試合も四ヶ月か、五ヶ月か、半年か、それぐらいに一試合しか出来ない。毎月のように死闘を演じてらっしゃるアナタ方に付き合うほど、僕は器用じゃないんで」


 北爪は、頑なにキックボクシングの最強と誇りを示し続けた。63戦43勝(26KO)17敗3分。現在のランキング4位。
 途中には、敗北や挫折、そして復活もあった。
 3度目の王座が眼前にある。
 その北爪が他団体との勝負に挑む事になったのは勿論、理由があった。
 国際キックボクシング協会の半壊である。乱立する格闘技団体の波。組織が分裂を繰り返すのは世の常である。
 北爪の所属する国際キックボクシング協会は事実上、崩壊寸前に追い込まれた。
 北爪のネーム・バリューと実績を考えれば他団体への移籍という手段もあったが、恩師の選択に従い、国際キックボクシング協会に残る。

 「今、4位の僕が他団体に負けても、キック最強説は揺るぎませんし、勝てばキック最強が証明されるでしょ」

 北爪は、笑った。あきらかに、選手としてのピークを過ぎた事を自覚しての発言だろう。
 だが、彼は敗北を死に等しいと考えて試合に挑む。
 選ばれた相手は、プリンスと呼ばれ、TVにも引っ張りダコ。今やその顔を知らない人はいないと言われる人気選手YAMATOである。
 アイドル選手だと言われる面もあるが、実力はホンモノだ。北爪自身「試合見たけど、YAMATO選手、強いですよ。今からでもウチに欲しいぐらい」と言っている。
 まだまだ伸びるYAMATOと、返り咲きの北爪。
 結果は、知っての通りだ。
 第3ラウンド、2分33秒。スリー・ノックダウンによるTKO勝利。
 KO宣言とは違ったが、逆に言えば、ワンパンチでの、ラッキー・パンチで勝ったとは言わせない勝利だった。
 私だけが知っていた、怪我の事を隠し通したのは「怪我の所為で負けたなんて言い訳はしたくない」と言うのだから、北爪らしいと言う他ない。
 人の生き様は、そのものがドラマである。凡庸であろうと、ドラマなのである。
 勝ったから言う訳ではない。勝ったから書く訳ではない。
 だが、勝ったからこそ、その言葉を聞いて貰える。
 そのためにも勝ち続けなければならない事を、何よりも誰よりも、よく知っている男。
 北爪鷹志、君の人生は最高にドラマティックだ。


2004.8.17.弘田和伸(本誌記者)記す



 ※ この20年前に書いたドキュメンタリー風短編小説は無料ですが、気に入った方は投げ銭(¥100)をお願いします。なお、この先には何も書かれていません。


ここから先は

18字

¥ 100

期間限定!PayPayで支払うと抽選でお得

(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。