隠恋慕-かくれんぼ-
親愛なる@#*&%¥へ
やっほー! 久しぶり!
と、楽しく陽気に行きたい言いたいところですが、まずはこの手紙を読んでくれている事に深く深く感謝したい。こんなに嬉しい事はそうあるものではありません。
何を突然改まって、と思う事でしょうが、どうか最後までお読みいただけるよう、お願い申し上げる。
とりあえず最初に、あなたの級友である「真島かほり」さんを名乗って、この手紙を書いている事をお許しください。
いいえ。許す必要はありません。許されようとは思っていないのです。
ただただ、この手紙を最後まで読んでいただく事だけが私の願いなのですから。だから、この手紙を最後まで読んで頂ければ、この手紙を燃やすなり、警察に突き出すなり、私を探し出して訴えるなり、文字通り煮るなり焼くなり好きにして頂きたい。
「真島かほり」でないとするならば、私が一体誰なのか。気持ちが悪い、怖い、そう思う気持ちは理解できますし、正体を明かす事は実に容易な事ですが、もうしばらくお待ちください。私が誰なのかは、この手紙を読んでいくうちに判明していく事でしょう。
伝えなければならない事が幾つもあります。先に正体を明かしては、一番の目的である「最後まで手紙を読んでもらうこと」が叶わなくなりますから。
ですが、長々と書く訳にもいきません。本題に入らなければ、あなたはこの手紙を読まなくなってしまいますから。
ですから次に、突如としてあなたの前から姿を消した、「瓜生悠人」について、お話ししたいと思います。
おそらく、あなたは恋人が忽然と消えた事件で、悲嘆にくれている事でしょう。
いえ。聡明なあなたの事ですから、薄々と感じ取っていたのかも知れません。
その上で、認めたくない事とは存じますが、彼には妻子があります。
そして、そればかりか彼は複数の、具体的には彼の妻を除き、7人の女性と関係があるのです。
あなたはその1人に過ぎません。
そして、その7人の中には、あなたもよく知るであろう人物「秋山ミカ」も含まれている。
私はどうしても彼が許せなかった。
だから、消えてもらったのです。安心してください。少々、荒っぽい手段には出ましたが、存命である事だけはお伝えしておきましょう。
この先、彼が真っ当に生きることを選択するのかどうかはわかりませんが、把握している限りの、その7人の女性とは二度と接触をしない事を誓わせ、関わりのない土地へ引っ越してもらいました。
彼の妻子の所在については伏せておきます。
今、あなたの知らないところで、勝手に物事を進めた事に憤りを感じていらっしゃるかも知れません。聡明なあなたですから、ひょっとすると、悪い男との関係が切れた事を喜んでいらっしゃるかも知れません。
ですが、私はあなたから感謝されたくて、こんな手紙を送っている訳ではないのです。
無論、彼がロクデナシだったからと勝手な行動をして許される訳ではありません。ですが、あなたから憎まれたいと思っている訳でもないのです。憎まれて当然の事をしたという自覚はありますし、憎まれても構わない。
ただ、私は知って欲しかったのです。ただ、それだけなのです。
不躾で奇妙な質問をしますが、あなたは「万引き」をした事がありますか? 言うまでもなく、あなたが万引き常習犯だと疑っている訳ではありません。
これまでの人生で、幼少期でも、反抗期でも、魔が差してでも、たった一度でも、他人の所有物を窃盗で自分のものにする、という行為に及んだ事があるかどうか、です。
ああ。言い方が悪かった。この話は「瓜生悠人」には関係ありません。
関係性が結果として不倫だった事で、確かにあなたは他人の所用物に手を出した訳ですが、私が言いたかった事はそういう事ではないのです。
単純に「窃盗」や「盗難」と言うと大きな事件に聞こえるかも知れませんが、多くの子供は、駄菓子屋で小さなチョコを盗んだり、あるいは親の金をくすねて遊んだりした事がある。
私は別に、それを咎めようと言うつもりはない。大半の子供はそれが発覚して怒られたり、反抗期に悪い事をしてみたくなったり、社会的な地位を天秤に掛け、成長とともにリスクを冒さなくなるものですが、それが悪い事と知りつつ、犯罪行為に手を染めた事がある。一度や二度ぐらいはね。
だが、そうやって犯罪を軽く見て、深みに嵌っていくもの者もいる。
多くの万引き常習犯と言うものは、欲しいものを盗む訳じゃない。下手すると、盗めそうなものを盗む訳でもなかったりする。
じゃあ何を盗むのか。簡単だ。盗みたいから盗む。
何を、ではない。なぜ盗むのか。これも簡単だ。
倫理観が壊れているからか。面白半分か。所有者を困らせたいのか。
無論、色々な理由はあるだろう。だが、大半の万引き常習犯はもっと単純な理由で動く。
彼らは、脳内麻薬中毒者なのだ。
ドーパミン、エンドルフィン、セトロニン、、、。脳内麻薬が垂れ流される状態を幸せと感じているからだ。
わかりやすい話、ギャンブル中毒者。日本で言えば、パチンコ中毒者がわかりやすい例だろう。
彼らは勝負に勝って金が欲しい、と思い込んでいるだけだ。
その実は、「当たり」を引いた時の脳内麻薬中毒に陥っているに過ぎない。
実際、パチンコ中毒者とパチンコ初心者の脳内麻薬の分泌量を計測すると、中毒者のそれは明らかに少ないと言う。つまり、より強い刺激を求めて毎日のようにパチンコ屋に通う。勝ち負けは言い訳に過ぎない。
初心者の時に感じた「あの興奮」が欲しくて、より深みに嵌っていく。
実際、ボタンを押せば、箱から「バナナ」が出てくる事を教えた猿は、その箱のボタンを押して箱が開く確率を、1/2、1/10、1/100,1/1000と下げて行っても、ただひたすらにボタンを押し続けると言う。
ギャンブル中毒とはそう言うものなのだ。
いや、金という明確な報酬があるだけ、まだギャンブルは理解しやすい。
人間の趣味なんてものは、他人にはまるで理解されない物を蒐集したりする。理解されない理由は、益が見当たらないからだ。
だが、本人には「脳内麻薬」を引き出すための鍵である。
不倫やら略奪愛やらが好きな人間が多いのも、禁忌を犯すというスリルから得られる脳内麻薬が大きな原因なのだ。
恋愛もエンドルフィンなどの脳内麻薬を引き起こす。そこに別の脳内麻薬が混じるとタチが悪い。厄介な恋愛中毒者が生まれる。
いや、恋愛はまだいい方だ。
厄介なのは性欲である。
性欲と脳内麻薬が結びつくと、あっという間に変態が誕生してしまう。
わかりやすいのは、電車の中で多発する痴漢の存在だろうか。
許可なく他人の体に触れる。禁止された犯罪行為に手を出すからこそ、脳内麻薬が噴き出て、興奮する。
それが性欲に絡みついてしまっているのだ。
彼らは女の尻を触りたいんじゃない。冷静に考えてもみろ。尻を撫で回したところで、そこで得られる快楽など知れている。感触としちゃ、お気に入りのビーズクッションでも触っている方がマシだ。
つまり、自分にフィードバックされる感触の中毒者などではない。
犯罪のスリルと性欲から漏れ出す脳内麻薬の中毒者なのだ。
あぁ、もっと良い例があった。露出狂だ。
彼ら、あるいは彼女らの本心は知らないが、おそらく彼らもまた、脳内麻薬中毒者なのです。
見つかってはいけない。しかし、見られたい。
そしてそれは犯罪だ。犯罪という禁忌。そして、見られたい欲求。そして、見つかってはいけないジレンマ。そして、性欲。
十重二十重にも折り重ねられた肉欲と、脳内麻薬が混ざり合っている。
なんと罪深い性癖を齎された事でしょう。
たぶん、おそらくきっと、彼らもそんな罪深い欲を背負って生まれた事を悔いている。考えても見てください。あぁ。彼らのような変態は、誰も変態に生まれたいと思って生まれた訳じゃないのです。それどころかむしろ、「真っ当に生まれたかった」「普通の恋愛で満足したかった」「普通の性愛で満たされたかった」と願っているはずだ。
そして、生まれた時は変態じゃなかったはずなのです。変態性がDNAに刻まれているのかどうかは知りません。無論、遺伝子のような先天性の理由で最初から変態だった人間はいる事でしょう。
しかし、大半は違う。人間性が形成される家庭や教育の環境、その身に起きた出来事の数々、そして偶発的に発生した事件の数々。それによって、趣味や性癖は決められてしまうのです。
親の営みを目撃してしまった事が原因だと宣う心理学者がいた。虐待で歪められてしまった子供は多いと聞く。鉄棒で遊んでいる時に、ふと性に目覚めてしまった子供がいるかも知れない。
育つ環境や出くわした事件によって、脳内麻薬のトリガーが決まってしまっただけなのだと思いませんか。
窃視。それが私のトリガー。
いわゆる盗み見ですね。覗き見という方がわかりやすいかも知れない。
私は、幼少期に、近所にあった廃屋で、少女が強姦される場面を見てしまったのです。
ちょうど、別の子供たちと遊んでいた。事件のショックが大き過ぎて記憶が混濁していますが、たぶん「かくれんぼ」でもしていたのでしょう。絶対に見つからないだろう侵入禁止の廃屋の押入れの中に身を隠していた。
その時に人の気配と声がして、私は恐る恐る押入れの隙間から、外の様子を見た。
薄暗い部屋の中で、酔っ払った浮浪者のような汚らしい老人が、少女を強姦する一部始終を見てしまったのです。
少女と言っても、当時の私からすれば随分と年上でしたが、私はその事件現場を目撃した事が、性の目覚めとなってしまった。
あの日の記憶が消えない。あれをもう一度体験したい。その欲求は、思春期を迎えた私には抗いがたい誘惑でした。
ですが、それが犯罪である事は明白。私にはそんな度胸がありません。
だってそうでしょう? 私には厳格な家族がいて、犯罪者として検挙される訳にはいかないんです。
だから、私はその代替行為として、事件を目撃した、あのシチュエーションを再現する事にした。
覗き見です。日常を、生活を、性行為を。
色んな方法で覗き見した。強姦魔なんてリスクの高い事は出来ませんが、覗き見ならバレなければいい。幸いな事に、私は頭は悪くなかった。
だから、見つからずに他人を盗み見る事は難しくなかったのです。
ですが、脳内麻薬中毒とは恐ろしいもので、自分自身の要求がどんどんと膨れ上がるのを感じました。
私の欲求はいずれ、第2段階へと変貌したのだ。
覗き見だけでは飽き足らず、他人の家に侵入して、間近でその空気を感じること。
ただの覗き見と違い、リスクは高く、下準備も必要です。そうなると、その標的は必然的に絞られる。だから、私は覗き見する対象を定め、生活帯を調べ上げ、いつでも簡単に侵入できる下地を作り、不在の時間を狙って忍び込み、間近でその息遣いを感じ、こっそりと出て行く。
だから私はあなたが「瓜生悠人」に騙されている事に気付けたし、「真島かほり」の筆跡を真似た封筒で、こうしてあなたに手紙を書いているのです。
あぁ。あの廃屋で、あの老人は私に気付かなかった。けれど、あの押入れの隙間から、目が合ったんです。
犯された少女と。
彼女は何も言いませんでしたが、確かに目が合ったんです。
そして、私はようやく気付いたんですよ。
私は強姦したい訳でも、覗き見したい訳でも、隠れていたい訳でもない。
見つけて欲しかったんだと。
そうです。感じますか。
そして聡明なあなたは、この部屋に人が隠れられる場所なんて、二ヶ所しかないと考える。
更に、その一ヶ所はさっき見たはずだから、残りは一ヶ所しかない。
あなたの動揺が伝わってくるように、私の胸も高鳴ります。
私は今もあなたを見ている。この手紙を読んでいるあなたを。
あなたの、
すぐ側から。
さあ、
(´・Д・)」 この話は、都市伝説(同様の事件は実在する)として有名な「ベッドの下の男」(wikiもあるよ)を下敷きとしている。
そして、ワタクシが好きな作家である「夢枕獏」の短編連作「闇狩り師」に、「斑鬼」という短編がある。
こちらは「学校の怪談」などで有名なネタを下敷きとしている(と思われる)。
この元ネタの元ネタは「つのだじろう」の「恐怖新聞」の最終話ではないかと推測しているが、真相はわからない。
なお、「斑鬼」は、上記の怪談を「鬼」の側の視点から描いている。要するに襲う側だ。ぶっちゃけ、小説を読んでて、あんなに「怖い」と思ったのはこの作品をおいて他にない。
で。ワタクシはふと、前述の都市伝説を、「ベッドの下の男」側から描いてみたら面白いのではないかと思い立ったのだ。
そしてディテールアップされ、この短編の大筋は決まった。
決まったけど、その時点で、ふと、気付いてしまった。
(´°Д°)」 これ、
江戸川乱歩の
「人間椅子」だわ。
期せずして、モロパクリになってしまったのである。
なので、この話は没にしようと思ったんだけど、知人から「別にいいんじゃないの?」って声を頂いたので、あとがき付きで書くことにしたってのが、今回の経緯である。
(´・Д・)」 てな訳で期せずして「人間椅子」になっちゃったけど、ワタクシもあなたも、
(´・∀・)」 キニシナイ!
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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。