GBA殺人事件
地冷 涼樹(じびえ・りょうき) それが僕の名前だ。本名ではない。
活動の時の名前である。いわゆるYouTuberという奴だ。
チャンネル登録者数は20万人ほどで、どうにか放送だけで食っていけるぐらいの収入はある。
ただ僕の場合は、本職と動画内容が密接な関係を持っているため、本職抜きに動画だけで食っていく、という事は難しい。
と言うのも、僕の本職は「猟師」なのだ。
罠も、鉄砲も使える。
基本は山に入っての罠猟だ。場合によっては銃も使用するが、それほど頻繁ではない。
元々は山登りの面白さに惹かれ、そこからキャンプを覚えた。
キャンプから発展し、料理や猟に興味を持ち、仕事(当時は一般職)の合間に山に入ったり、資格を取ったりしていた訳だ。
だが、猟師の資格を取った辺りから、完全に山での生活に没頭したくなり、会社を辞め、アルバイトの傍で猟師生活を始めた。
とてもではないが、猟師として食っていくのは厳しい。
しかし、猟には猟期があり、禁猟の時期はやれる事がなくなる。だが、逆に言えば、この期間にアルバイトをしてれば、どうにか食っていける程度でもある。
ただ、幾つかの仕事を経験して学んだが、興味のない仕事には身が入らない。
だから、自分がそそられる分野の仕事を選んで働きもした。しかし、今ひとつ楽しめない。レストランで働きもしたし、登山用品店でも働いた事はある。
だが、レストランは同じようなメニューを繰り返し作らされるだけで、独学の方がためになるレベルだった。
登山用品店も、知識的には勉強にはなったが、単なる知識ならネットで興味を持って調べる方が早いし、身にもなる。
だから、猟に関係する仕事でも、その殆どは楽しいと思えなかったし、猟に関係しない仕事なら尚更だった。
そんな折、ネットの世界が動画に足を踏み入れた。文字媒体が当然だったネットの世界に、画像を飛び越え、個人でも動画を配信する事が可能になったのだ。
ネットを情報源にしていた自分としては、そこそこの知識が付き、既に初心者には教えられる立場にあった。それを利用すればいい。
僕はいわゆるYouTuberになった。
達人ならいざ知らず、僕程度が1シーズンしかない猟期で稼げる金額は知れている。
つまり、猟のあらゆる場面で動画を撮影し、オフシーズンは動画の編集に当てるのだ。こうすればクオリティの高い映像を絶え間なく投稿し続けられる。
実際には狩りの準備や罠の紹介、銃の手入れなども兼ねているから、猟期以外でもカメラは回り続け、それが飯の種になった。
開始した当初は、まだyoutuberと言う言葉もなく、「動画投稿者」と呼ばれたものだ。
それがいずれリアルタイム配信が可能になり、「配信者」と呼ばれるようになる。
実際のところ、猟に入る山は、ほぼ電波が通っておらず、猟自体はそのほとんどが録画になるから「動画投稿者」の方が相応しいのだが、そこは問題ではない。
リアルタイム配信が可能になり、山以外での準備や後始末を配信するようになった。
中でも鳥獣、いわゆるジビエ料理の調理と食事動画は人気を博したが、この頃からYouTuberと呼ばれるようになった、と記憶している。
次第にチャンネル登録者数が増え、幾つかのポイントを知った訳だが、そのひとつがキャラクタ付だ。
僕の他にも猟師生活を配信している人はいる。時折、強烈な動画(何の前触れもなく熊と鉢合わせする)などのアクシデントがあり、いわゆるバズを起こしたりするが、彼らのチャンネル登録者はほとんど増えない。
何故ならば、彼らはただの猟師であり、番組作りに対しての創意工夫がないからだ。突発的なバズは文字通り事故に過ぎない。いわば交通事故に遭い、そのドライブレコーダーの映像がバズっただけなのだ。
視聴者はYouTuberに「TVタレントのような個性」を求めている。
そして幸いな事に、演じるまでもなく、僕にはその個性があったのだ。
一般職にも、技術習得のためのアルバイトにさえも馴染めなかった自分、という個性がここで活きた。
卑屈な喋り方、偏屈な考え方が逆に個性と受け止められたのだ。
例えば、僕は獲物をしっかり写す。罠に掛かった獲物を〆る時も写す。解体も写す。
これをやる配信者は少ない。いや、写していない訳ではないのかも知れないが、それが映る事はない。ほとんど映らない。
特に僕より後から猟師生活配信を始めた人間はほとんど映さない。それは当然だ。配信停止処分が怖いから。
だが、解体や処理にも深い興味があった僕は、それを動画としてアップした。これも人気の秘訣のひとつだ。
実際にyoutubeへの通報があり、凍結を食らった事は何度もある。
しかし、こちらには「マタギの技術継承」という名目があり、実技の映像マニュアルとして映像を作っているのだから、最終的にこちらの言い分は通り、凍結は解除された。
無論、何度も食らった凍結で、何が凍結を食らいやすいとか、何にモザイクを掛ける必要があるのかとか、「この後にショッキングな映像が出ます」というテロップを入れたりとか、そういった小細工は覚えたが。
実際、自分も動画投稿を始めた際は、解体にも処理にも苦労したが、今では技術も上がり、また、動画編集の技術も上がった。
その全てで、かつてほど時間を食わなくなったし、仕上がりも大きく違っている。
動画配信がそこそこの収入になった頃、山のそばに安い古民家を買い、自分でリフォームしたが、それも登録者が増える要因となった。
家を作る、狩りをする、獲物を解体する、ジビエ料理を作る、皮や毛皮をなめす。剥製を作ってみる。そしてそれらを動画にする。これが充分以上の収入を生み出す。
一般的な社会に溶け込めなかった僕としては、これは理想に近い環境だと言えた。
特に、一軒家を買ってからは「巨大な業務用冷凍庫」を3台も中古で仕入れたお陰で、肉の保存は楽になったし、庭で燻製を作っても問題はない。干し肉を作る事も容易になった。
会社には馴染めなかったが、猟の仲間だと思えば、他の猟師ともそこそこ上手くやっていけたのも大きい。
あまり農業には興味を持てなかったから、せいぜい薬草や香草を少し庭に植えた程度だが、動画配信のおかげで肉はちゃんと売れるようになっていった。
それぞれのコンテンツがそれなりの人気になり、料理動画だけ観る人も、猟動画だけ見る人もいて、全てを観ている人は少ない模様。
例外は「解体動画」だ。
これだけは、頑なに全部観る、という視聴者を除き、観る人と観ない人がハッキリ分かれている。
だが、僕個人としては、獲物の命を奪う瞬間と並んで、その命を奪い、亡骸を自由にできる瞬間がたまらないのだ。
命を奪う瞬間が強烈な一瞬の快楽なら、解体は長く続く愉悦の時間。
だから僕は楽しくて、饒舌になりながら、死骸を肉に変える。こんなに楽しい時間はない。ひとつの生命を奪い、その肉を自由にできるのだから。
この「解体動画」は、僕が薄気味の悪いことをブツブツ言いながら撮影されているため、最も通報が多い動画だ。
youtubeへの「違反報告」もダントツだけど、何が怖いかと言うと、警察への通報である。
実は、あまりにも巨大な肉を解体しているため、その一部が「人間っぽく見えた」というくだらない理由で、何度も警察に通報されているのだ。
確かに、風呂場で血塗れになりながら肉を解体する、なんてのは普通の家庭ではありえない。
それが本気なのか、面白がっているのかはわからないが、実際に警察が何人も乗り込んできた事はある。
どうやら動画の一部を切り取って「人間を解体しているんじゃないか」と警察に駆け込んだ奴がいるらしい。
迷惑な話だ。
結果としては、僕はその一部始終も撮影していたから、それが起爆剤になって、チャンネル登録者が増えただけに終わったのだが。
通報者の正体は誰も教えてくれなかったが、目星は付いている。
今は片田舎の山の麓に住んでいる訳だが、どうやら、視聴者の中に、ご近所さんがいるらしい。
真夜中、家に石を投げ込む奴がいたから、おそらくはそいつだろう。
幸い、こちらは最新技術も取り入れて狩りをする身だ。犯人が投石する姿を撮影し、その映像をモザイク入りで公開したら、ピタリと止まった。
現実的に言うと、モザイクを解除しても「完全に特定」に至るほど鮮明な映像ではなかったのだが、効果的だったと言える。
そんな訳で、アカウントの通報は数え切れないほど、チャンネルの停止も一度や二度じゃない。
警察が家に乗り込んでくるのも、実のところ、公開していないモノも含めると8回である。
実際、二度目の警察の立ち入りの時は、相当念入りに調べられた。
捜査令状もなく、ここまで調べられるのかと驚いたものだが、こちらには何もやましい事はない。何を調べられたところで、出てくる埃などないのだ。
こちらが警察に協力的だった事と、何も出てこなかった事、チャンネルを認知してくれた事、こちらも投石等の被害に遭っている事、これらが良い方に働き、今では警察官から「熊が村に出てきた時は頼みますよ」なんて冗談を交わすようになった。
そして、先日また、通報があったらしく、とうとう9回目の警察官の立ち入りとなった訳だ。
だが、「いつものアレですわ。すんません。こっちも仕事なんで」と苦笑いだけして、こちらに「お変わりはないですか? また投石とかされてません?」と訊いただけで、警察官は去ったのだ。
勝った。
僕はとうとう、概ね理想の環境から、ほぼ完璧に近い環境を手に入れたのだ。
僕は狼少年に勝ったのだ。僕と言う狼が来る、と少年は吹聴し続けた。
その結果、誰も少年の言う事に耳を貸さなくなった。
勝った。そして、念願が叶う。
今度は、キミのもとに、狼が現れる番だよ。
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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。