見出し画像

グルメ探偵


 俺の名前は久留米慎一。グルメ探偵だ。
 グルメ探偵とは言っても、別に職業探偵な訳でも、難事件を解決したりする訳でもない。
 ただのグルメであり、特に探偵要素がある訳でもないのだ。
 単に人より食うのが好きってだけで、その食の知識から、色んな事を言い当てたりするだけの事で「グルメ探偵かよ!」と言われた事があるだけのこと。
 なお、この話はすべてフィクションであり、実在の人物や組織、団体とは一切関係がないし、まして実在の店舗とも関係がない。
 何より、実在の作者の実体験とも関係がない点はご注意いただきたい所だ。
 さて。そんな訳で今、俺はとある地方都市のラーメン屋に足を運んでいる。
 以前、ここを訪れた時、割と気に入ったので、近隣に来る事があれば顔を出す事にしている程度なのだが。
 正直に言って、ここのラーメン(醤油味)はそんなに美味しくない。いや、グルメ的判断に任せるならせいぜい60点と言うところだ。ハッキリ言えば、美味しくない。
 1番の欠点は、醤油辛過ぎること。味も濃過ぎて、その中でも特に醤油辛さが目立っている。
 要するに、旨味調味料の使い過ぎだ。旨みやコクを強くした結果、味がボヤけてくどくなっているのを、醤油の塩分で誤魔化している味。
 典型的に「濃い味のラーメン」を勘違いした結果だと言える。
 おっと。これ以上ラーメンに関する分析を続けても「ラーメンが好きじゃない作者」と俺を混同する奴が出てくるだろうから、この辺にしておこう。
 そして、餃子もイマイチだ。ニンニクを使用しない、こだわりの餃子らしいが、全体的に味が痩せている。
 餃子餡のボリュームも不足していて、ジューシーさにも欠けるため、味としちゃ50点ぐらいか。
 だが、安いのだ。ラーメン、餃子5個、生卵、中華スープ、ザーサイ、白御飯のセットで¥880である。
 しかも、スープ、ザーサイ、白御飯のおかわりが無料セルフサービス。
 今時、この値段で延々と白御飯を食えるのはパラダイスと言う他ない。
 念のために言うと、白御飯も高得点とは言えないレベルで、ギリギリ70点に到達しないぐらい。割とボソボソして硬いし、米の甘みも充分とは言えないだろう。
 だが、これが先ほどのラーメンと組み合わさった瞬間に化けるのだ。
 スープが染みる前に、ラーメンの麺だけ早々に啜り、残った具とスープで白御飯を食う。そうする事で醤油辛さと米の硬さは緩和され、見事なマリアージュを奏でる。
 見事だ。完璧と言わざるを得ない。これだけで白御飯を三膳は食える。
 ちなみに餃子はイマイチなのだが、この店の餃子用味噌ダレが抜群に美味い。正直、この味噌ダレを食うために餃子があると言えるだろう。言っちゃ悪いが、ちゃんと美味しい餃子だと、餃子の味と味噌ダレが喧嘩する。なので、この組み合わせがいい。
 なお、この味噌ダレが美味すぎて、白御飯にブッ掛けるだけでも食えるレベルだ。
 ただ、流石に味噌ダレだけでは飽きが来るので、ザーサイを具にすると丁度いい。
 また、ラーメンのスープがあるのに中華スープが余計に感じる人はいるかも知れないが、そんな事はないのである。
 この店は普通にお冷やが提供されるが、濃い中華の後は、やはり温かい烏龍茶などが欲しくなるものだ。無論、お茶には敵わないが、中華スープで食後のひとときをホッと過ごすのも悪くない。
 ちなみに、生卵の存在が、また、いい。
 ラーメンに落としても緩和剤になる。ラーメンや餃子を待つまでの間に、卵かけ御飯として食べるもよし。中華スープで溶いて、豪華にするのもいい。まさにオプションだ。その日の気分で食べ方を選べる。
 これで¥1,000以下の満腹コース。最高のひとときだ。
 だが、本日はイマイチだと言わざるを得ない。いや、メニューや味に変わりはないので、そこに不満はないのだ。
 何がイマイチかと言うと、隣の客だ。
 むくつけき大食らいの集まるような店に、ひらひら付きの綺麗な洋服のお嬢さんが、一人で座っているのである。時間帯から考えても、おそらくは女子大生であろう。すぐ側に大学もあるから間違いないと言える。
 いや、別にお嬢さんがラーメン屋に来るなとは思わない。そんな事で味が変化する訳でもないのだ。そこは構わない。
 だが、このお嬢さんが来た事で、このラーメン屋の店長が浮き足立っているのである。
 これは見るに耐えない。
 店長がやたらと親しげに話しかけていて、明らかに色めき立っているのだ。
 口説こうとして必死になっている男の姿と言うのは、見るに忍びないものがある。これは厳しい状況だ。
 ここで会話内容から分析するに、お嬢と店長は顔見知りである。しかし、親しい関係だとは言いづらい。
 店長は若く見積もっても35歳。お嬢は女子大生。普通に考えて、接点があるとは思えない年齢差だ。
 店長の親しげな態度に対し、お嬢の対応は愛想笑いである。
 これはーーー、マッチングアプリだ。
 おそらくマッチングアプリで知り合い、1、2回は面識がある。そこで店長が自分の職場を明かし、お嬢が大学の近所だから、という理由で食べに来たのであろう。
 めちゃくちゃ親しげに、ご飯とスープとザーサイが食べ放題である、というシステムを説明する店長。
 「えー、そうなんですか。すごーい」
 とは言いつつも、内心の「そんなに食べられる訳ないじゃない」というお嬢の心の声が聞こえてきそうだ。
 店長としては、いかに自分が凄いのか、自分の店が凄いのかをアピールしたいところだが、お嬢としては「でも、所詮はラーメン屋かぁ」という肚の裡が透けている。いや、見事に透けているが、店長には見えていない。こんなに痛々しい事があろうか。
 ちなみにお嬢はフリフリ分多めの服装だが、まだ自分のスタイルを確立できていない雰囲気がある。本音はブリブリのロリータ服とかが好きなんだろうが、そっちに振り切る勇気もないければ、無難な服装に落ち着くのもイヤ。他の素敵なファッションにも憧れるが、フリフリ好きが隠せていない。
 おそらくは「飲食店店長」という男の肩書きに惹かれたのだろうが、その実が「ラーメン屋」だと知って落胆を隠せていない様子。
 店長の方は店長の方で、どうにか女子大生を口説き落としたいので、必死にフランクな態度を取ってるが、必死とフランクは真逆だぞ。
 しかも「もっと女子大生と話したい」と、「格好良く働いている姿を見せたい」も矛盾していて、行動までがちぐはぐになっている。
 おそらくは同じ大学の生徒であろうバイトの女の子(元気系娘)も、店長の滑りっぷりを冷ややかな呆れ顔で眺めている状態だ。
 いや、最初は飯が不味くなる、と思っていたが、次第に感情が裏返って、むしろ飯が美味く感じ始めたぞ。
 セルフサービスで、茶碗に極小ご飯を盛るお嬢を尻目に、二膳、三膳とおかわりをする俺。よーし、茶碗にスープをブチ込んで、おじやを食べちゃうぞ。うん。
 噛み合わない2人を横目に、食後のスープで落ち着く俺。
 自覚なく空回りしてる店長に対し、「ないな」と思ってるお嬢。でも、切るには惜しいからキープはしておこう、ぐらいの表情である。
 これがオシャレなカフェだったら、お嬢の反応は大きく違った事は想像に難くない。
 まあ、お嬢の判断は総合的に正しいと言えるだろう。だが、おそらくお嬢は大きな勘違いをしている。
 「飲食業界はブラックで、給料が低い」という思い込みだ。
 いや、その通例は間違いではないし、判断自体も正しいだろう。休みが少なく、勤務時間が長い事も事実で、ブラックなのは間違いないと言える。
 だが、このラーメン屋は母体の経営会社が大きく、おそらく店長クラスで月収50万円。つまり、年収600万円は固いのだ。
 むしろ、オシャレなカフェの店長より遥かに高級取りなのである。
 この恋の行く末を見届けることはない。だが、大体の想像はつく。
 色んな意味で、今日も飯が美味い。
 俺は久留米慎一。人呼んで、グルメ探偵だ。

 ※ この短編小説はすべて無料で読めますが、お気に召した方は投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先にはとても重要なあとがきが書かれています。


ここから先は

50字

¥ 100

(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。