通勤中
地方の実家を出て5年目、引っ越しを数回して念願の横浜市生活が始まった。
職場は都内なので、毎日電車で片道1時間半かけて通勤している。
今日は、その電車の中から失礼したいと思う。
私が小学生だった頃、ケータイ小説が大流行りした。毎日ランドセルの中にお気に入りの小説を入れて、朝の読書の時間に読んでいた。
決して都会とは言えない地方で生まれ育った私たちにとって、都会の青春はその中でしか味わえないものだった。
学校の先生は、いつしかケータイ小説を学校で読むことを禁止し始めたが、それは私たちにとって青春を奪われるようなものであり、申し訳ないがそのルールには従えなかった。
よく、難しそうな小説の内側に横列に並んだ文字の本を隠して、青春を味わっていたものだ。
その中でもシリーズ化されていた、通学シリーズ。内容をはっきり覚えているわけではないが、通学電車とか通学途中とかいうタイトルは覚えている。
そして、毎日長い時間電車に乗っている間に、ふとそんな本を読んでいたことを思い出したという訳だ。
あの頃は、学習の一環として認められなかったケータイ小説。
今思えば、ただ文字が横列だっただけ。
しかし、現代の情報源の多くは横列にかかれた画面上の文字にある。多くの若者が、思いの丈を指先で綴り、それが唯一の主張手段として支ている。
誰か認めてくれないだろうか。あの頃のあれは、不適切な規制であったと。