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私と家族(前編)|発達障害の家族と生きるは己を高める滝修業のごとし

というわけで本日から通常稼働です。
同居63日目。

とはいえ、昨日の結婚式参列で感じた圧倒的な家族愛は、今日の記事にも影響を及ぼします。

なぜなら、私にとっての家族や家族との関係性と、それを比較したときにあまりに大きな違いがあり、脳を揺さ振るような衝撃がまだおさまらないから。

よって、私の生い立ちとともに私にとっての家族がわかる話を、今日と明日で書こうと思う。

まずは、父が蒸発し、厳しい社会の現実に直面したところから私の人生ははじまります。

当時にしてはわりといいマンションで、わりと裕福に、わりと幸せに、小学校1年生(6歳)までを過ごし、訪れた突然の父蒸発でした。あれはね、ただただびっくりした。うん。びっくりしました。とにかく、びっくりした。

人の弱さを知り、強さを育んだ幼少期~少年期。「その日」を境にすべてが変わった。何もかもが。驚愕。驚嘆。人の当たり、取り巻く環境、社会から吹き込む雨、風。幼い子どもの目にはそのどれもが不可思議で、理解不能だった。当初は。
父が蒸発したこと事態は、びっくりはしたけど、そんなに不可思議なことでも理解不能なことでもなかったんです。それよりもむしろ、周囲の大人たちの豹変ぶりだとか、その日を境としてその前と後での社会的な位置付けの変化とか、それによって起きてくる様々な理不尽なことに対して、意味がわからなかったし憤りましたね。

ま、しかし、四の五の言っていてもにっちもさっちも行かないので、理想と現実のギャップをさっさと受け入れて、その狭間で、社会を知り、対峙し、己を鍛え、自律していくしかなかったですね。子どもでいられる時代が、人よりも少しだけ早く終わりを告げたという感じでしょうか。

そして母ひとり子ひとりになる。
発達障害の母と生きる人生が、ここから本格的にはじまることになります。

明日につづく。


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筒抜け、丸裸「たなべあーのすべて」がここに
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