シナリオサンプル『嘘つき』
《あらすじ》
ある日、暴漢に人気のない場所に連れ込まれてしまった千代。
襲われそうになったその時…一人の男が声をかけてきて…。
《主要キャラクター》
・斗真(とうま)…男性。
・千代(ちよ)…女性。
本文内:セリフ描写「」/状況描写【】
《本文》
【人気のない路地裏で女性の叫ぶ声が聞こえる】
千代「いやっ!やめて下さい!」
暴漢「ひひっ、騒いでも無駄だ。この場所は滅多に人が来ないからな…。」
千代「離してください!誰か…誰か!」
【周囲を見回すと、フードを深く被り壁際に座り込んでいる男がいる】
千代「すいません!助けて下さい!」
【千代は出来る限りの大声で声をかけるが、男は微動だにしない】
千代「お願いします!助けてくれたら何でも言うこと聞きますから!」
【藁にもすがるような思いで男に助けを乞うも、男は動く気配がない】
千代「そんな…何で…」
暴漢「無駄って言っただろ?どいつもこいつも、面倒事には巻き込まれたくないのさ。ほら、抵抗はやめて…」
斗真「…本当に何でも言うこと聞くのか?」
【座り込んだまま男は口を開く】
千代「はい!何でも言うこと聞きます…ですから、助けてください!」
【大きくため息をつきながら、男は立ち上がり…自分の頭をワシャワシャと掻き】
暴漢「何だぁ?テメェ、俺とやるっての…」
【バキッ…という音と共に暴漢の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる】
斗真「ほら、助けてやったぞ?約束通り…」
【ザワザワ…と騒ぎに気づいた人々がざわめき始める】
斗真「やべ…やり過ぎた…。チッ、仕方ねぇ…こっちだ。」
千代「え、ちょっと待ってください!一体どこに?」
斗真「いいから着いて来い。」
【その場を離れ、再び人気のない所まで来ると】
斗真「ここまで来れば大丈夫だろ。…はぁ、人が休んでる時に面倒な事に巻き込みやがって…。」
千代「その…助けていただき、ありがとうございました…きゃっ。」
【強い風が吹き、斗真のフードが外れる】
【慌てて顔を隠そうとする斗真】
千代「あの…どうかしましたか?」
斗真「あ?もしかして…俺のこと、知らねぇのか?」
千代「え?あ、はい…もしかして有名な方ですか?」
斗真「いや、そういうわけじゃねーんだが…。そうか、俺を知らねぇのか…。」
千代「あの…どうかされましたか?」
斗真「あー…いや、何でもねぇ。…さて、何でも言うこと聞くって約束だったな?」
【再びフードを深く被り直すと、千代に詰め寄り】
千代「は、はい…それで、私は何をしたら…」
斗真「そうだな…。よし、お前の家に住まわせろ。」
千代「はい、わかりました。私の家に……って、えぇっ!?」
【大きな声を上げ驚く千代】
斗真「うぉっ…馬鹿っ、デケー声出すな…っ。」
千代「だ、だって…いきなり家に住まわせろって…せめて、理由を教えてください!」
斗真「理由?あー…実は今、家に帰れなくてよ。寝泊まりする場所に困ってんだ。」
千代「家に帰れない…あぁ、だからあんな場所で座り込んでたんですね…でも、どうして帰れないんですか?」
斗真「あ?何でそこまで説明しなきゃなんねーんだよ。…っつーか、何でも言うことを聞くって言ったろ。拒否権はねぇぞ?」
千代「うっ…それは、そうですけど…。わかりました…ずっとは無理ですけど、少しの間なら…。」
斗真「よし、決まりだな。じゃあ、早速…っと、その前に…」
【グッ…と千代に顔を寄せ】
斗真「お前、名前は?」
千代「な、名前?…千代…です。」
斗真「千代だな。俺は…斗真だ。よし、じゃあお前の家に行くぞ。案内してくれ。」
【千代は言われるがまま、自分の家まで案内し】
斗真「ふーん、ここがお前の家か。」
【家の周囲をキョロキョロと見る斗真】
千代「あの…何か…?」
斗真「あー、いや…何でもねぇ。ほら、早く家の中入れてくれ。」
【家の中に入った途端、ギュルルル…とお腹のなる音が聞こえる】
千代「今の音ってもしかして…」
斗真「俺だ…何か文句あんのか…。」
千代「いえ、文句はないんですけど…その、良かったら何か作りましょうか?」
斗真「…いいのか?」
千代「はい、準備してくるので座って待ってて下さい。」
【テーブルの上に千代の作った料理が並べられていく】
斗真「ん、いい匂いだな。」
【すんすん…と鼻を鳴らすと同時に、お腹の音もなり】
千代「もう限界みたいですね。それじゃあ、食べま…」
【千代が言い切る前に、ご飯をかき込むように食べ出す斗真】
千代「うわ!そ、そんなに焦らなくてもご飯は逃げませんよ?落ち着いて…」
斗真「あ?……悪ぃ。数日ぶりの、ちゃんとした飯だったからよ…。」
千代「だからって……ぷっ、あはははっ!」
斗真「なっ、何がおかしいんだよ!」
千代「あ、いや…怖い人だなーって思ってたんですけど、意外とそうでもないのかなって。」
【斗真に微笑みかけながら】
千代「まぁ、でも…そうですよね。私のことを助けてくれたんですから、少なくとも悪い人ではありませんよね。」
斗真「………。」
千代「…いいですよ。こんな家でよければ、気が済むまでいて下さい。」
斗真「本当に…いいのか?」
千代「本当にって…自分から住まわせろって言っておいて、随分大人しいですね?」
斗真「………。」
千代「きっと家に帰れないのにも理由があるんですよね?それが落ち着くまでは、ここにいていいですよ。」
斗真「…すまねぇな。ありが…」
千代「あっ!その代わり…私からも一ついいですか?」
斗真「…なんだよ。」
千代「えーと、その…匂いが…」
【千代に言われ、自分から悪臭が放たれていることに気づく斗真】
斗真「ぐっ…仕方ねーだろ。もう、何日も家に帰ってねーんだ。」
千代「わかりましたから、食べ終わったらシャワー…浴びてきて下さいね?」
【この日から、千代と斗真の共同生活が始まった。】
【初めはどこかよそよそしかった斗真も、次第に打ち解けていき二人の仲は徐々に縮まっていった】
【斗真が住み始めてから数ヶ月が経った、ある日のこと…】
斗真「お、もうこんな時間か…じゃ、飯作ってくるわ。」
千代「はーい、ちなみに今日の献立は?」
斗真「ふっふっふ、今日のメニューはな…カレーだ!」
千代「え!やったー!斗真の作るカレー美味しいから楽しみー!」
斗真「ははっ、じゃあ千代のために最高のカレー作ってきてやるから、楽しみに待っとけよ?」
【キッチンへ向かう斗真】
【初めはぎこちなかった二人の関係も、今では心地よいと感じる程になっていた】
【斗真が準備をしてる間、千代は何気なくテレビをつけるとニュース番組が流れてくる。】
アナウンサー「続いてのニュースです。今年の〇月、〇〇市に住む40代の男性が、自宅で殺害された事件で犯人は未だ捕まっておらず…」
千代「〇〇市…ウチからすぐ行ったとこだ。はぁ、嫌だなぁ…。」
アナウンサー「…近隣の住民の目撃情報から、殺害したのは被害者の息子である…」
【テレビに映し出された犯人の写真を見た千代の息が止まる】
千代「……斗…真…。」
【ガタンッ…と後ろで物音がする】
斗真「見ちまったんだな…。」
【振り返ると、悲しそうな顔をした斗真が千代を見つめていた】
千代「ねぇ、斗真…これって…」
【震える声で千代は尋ねる】
斗真「…………。」
千代「嘘だよね?斗真が殺人なんて…するわけ…ないよね?」
斗真「…………。」
千代「ねぇ!!」
斗真「…………。」
千代「なんで…?」
斗真「…………。」
千代「なんで!!」
斗真「それは……」
【ぽつり、ぽつり…と斗真は自身が起こした事件について語った】
【斗真は片親で、昔から父親から虐待を受けていたこと。斗真には妹がいたこと。妹を守るために、妹の分も虐待を受けていたこと。】
【ある日、斗真が家に帰ると妹がいなかったこと。父親の借金のかたで妹を売られたと知ったこと。】
【それが原因で父親と取っ組み合いの喧嘩になったこと。そして、気づいたら父親を殺していたこと。】
千代「そんな…それなら斗真は何も…」
【斗真を擁護しようとするも、殺人の事実に言葉が詰まる千代】
斗真「いいんだよ。理由はどうであれ、俺は人を殺した。」
千代「でも…」
斗真「うるせぇ!!」
【声を荒げる斗真】
斗真「ちょっと優しくしてやったら調子に乗りやがって…。」
【ゆっくりと千代に詰め寄り】
斗真「お前なんてな、俺が警察から逃げ切るために利用してたに過ぎねぇんだよ!!」
【千代を蹴り飛ばす斗真】
千代「きゃっ…!!」
斗真「これでわかっただろ?俺は…こういう人間だ。」
【目に入る家具を薙ぎ倒していき】
千代「斗真…お願い…やめて…」
斗真「はぁ…はぁ…はぁ…」
【キッチンへ行き、包丁を手に取ると千代へ突きつける】
千代「お願い…やめて…」
【千代の目には涙が溢れている】
千代「斗真…私ね…斗真のこと、好きだったんだよ…」
斗真「あぁ、そうかよ…俺は、お前のことなんて大っ嫌いだったよ…」
【包丁を向けながらジリジリと距離を縮める】
【包丁が千代の肌に触れそうになったその時、パトカーのサイレンが聞こえてくる】
千代「警…察…?」
斗真「………。」
【斗真は持っていた包丁を落とし、抵抗する様子もなく警察官に取り押さえられる】
警察官「大丈夫でしたか?」
千代「あの、何で警察の方が…」
警察官「指名手配中の男がこの家で女性を人質に立てこもっていると通報があったんです。」
千代「え…?」
【斗真の方を見ると、寂しく微笑んでいるような表情をしている】
千代「まさか…」
警察官「この部屋の荒れ様から…きっと金目の物も盗ろうとしてたのでしょう。もう大丈夫ですから安心して下さい。」
【パトカーに乗せられる直前、斗真と目が合い】
斗真「女ぁ!何ジロジロこっち見てんだ!やっちまうぞゴラァ!!…ぐっ。」
【声を荒げながら、パトカーへ乗せられる斗真】
千代「………。」
【パトカーが走り出し、サイレンも聞こえなくなった頃】
千代「……嘘つき。」
【千代は、ぽつりと言葉を吐いた】