野人だった男の起業
アヴェンジ・ヤードッグ、長年野人として過ごし今は友の鳴子と共にバーチャル日本国で起業した実業家のタマゴ。
「株式会社ヤードッグ観光…これが俺の会社の名前か…」
感慨深そうに起業書類を閲覧するアヴェンジ。
「流石にターザンって入れたら仕事来ないだろうからね、観光業ってことにしておきましたよ」
その起業の手続きすべてを代行した夢魔の鳴子。
「仕事は山や森の観光ガイドだな、これならどこでもできるぞ」
「行ったことないところででもですか?」
「ああ、自然と一体になることですべてを教えてくれるんだ。鳴子はそういうことないのか?」
「アヴェンジさんのようには行きませんねえ、ただ夢の中ではその人の事がよく分かりますかね。無意識の中に入るわけですから」
「それはそれでよく分からないけど…鳴子にも得意があるんだな!」
「そういうことです。さぁ、早速仕事が来ましたよ!いきなりこの国の最高峰からですよ!」
「富士山って言ったか、あそこは大きいよな。いろんな意味で」
「さあ行きましょう、楽しく行きましょう!」
バーチャル東京からバーチャル静岡に向かう二人、時間より早めについてクライアントを待つ。
「あの人ですねぇ、写真のとおりです。さ、社長。初仕事頑張ってください?」
「お、おう。やるぞ」
アヴェンジが少し緊張しながら客のもとに近づいて行く。客も自分に巨漢が近づいて来るのが分かると少しビビった様子でその顔を見上げている。
ソーシャルディスタンスギリギリまで近寄るとアヴェンジはニコッと笑い
「この度はヤードッグ観光をご利用いただきありがとうございます。私が代表のアヴェンジ・ヤードッグです。本日は私がガイドを勤めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「えっ!?貴方が!?ああ、よろしくお願いします!」
身長250cm体重200kgの巨漢がまさか観光ガイドとは思わず正直チビリそうだった客。しかしその柔らかい物腰に警戒心は溶けていく。
「では早速山道に参りましょう。予定では二泊して登頂を目指すということですね?」
「あ、はい。そうです。初めての冬富士登山ですのでスケジュールに余裕を持ってきました」
「ではゆっくり行きましょうか。こちらの山は…」
スムーズに観光案内をしながら山を登っていくアヴェンジ。しかし彼のペースは現代人のペースとは全く違った。疲れる様子がまったくなく彼にとってのゆっくりしたペースで登っていく。
「ゼェゼェ…ちょ、ちょっと休憩をさせてください…ひぃひぃ…」
「大丈夫ですかお客様、今水を用意してきますね!」
「へ?み、水を用意…?」
「水筒良し鍋良し、じゃあ行くぞ!」
そう言うと彼は山の中に入っていき雪を鍋一杯に詰めて戻ってきた。
「ゆ、雪をどうするんだ…?」
不安そうな客。
「これを煮沸消毒します」
手際よくリュックから携帯コンロを取り出すと鍋に蓋をして火にかけて煮沸消毒を始める。
雪が溶けて完全に気化したものが入った鍋を軽く雪につけて冷まして差し出した。
「お待たせしました富士の天然水採れたてです!」
「お、おお…!凄い、これが山岳ガイドか…」
(※一般的ではありません)
「美味い、美味すぎる!こんなに美味い水は初めてだ!」
感動を述べる客。
「暖まりましたかね?では休憩が終わったら声をかけてください」
「ああ、しかしアンタ凄いな。そんな軽装で冬富士のガイドをするなんて」
アヴェンジはシャツとパンツのみの部屋着に近い服装であった。これで大丈夫なのは彼の野生生活によるタフネスと能力【反抗の獣】による耐性付加の為であるのだがこれは企業秘密なので凄いやつということで話を終えた。
「よし!体力も回復したぞ、さあ行こう!」
「了解しました!では先導しますね」
冬富士と言うことで雪がつもり一般の登山者は入山禁止になっているが特別な許可が降りた場合は別である。この客はそれなりの資格と経験と金を積んでこのアタックに挑んでいた。
「この岩邪魔だな、よっと…」
大岩を簡単にどけていくアヴェンジ、それにより崩れてきた雪を全て受け止めて足場として均す。
常識とはまるで違う登山に驚愕を隠せない客。
「いや、本当に凄いな…!」
もうそれしか言葉が出ない、この可能性はありえない、しかし目の前でやってみせるこの男に納得させられる。冬富士の険しさも忘れさせる驚愕の登山経験。
「あー…雪崩が来ますね。トンネルを掘るので避難してください」
今日は良い天気ですね。みたいなノリで恐ろしいことを告げるアヴェンジ。言うやいなや凄い勢いで地面を掘り始める。あっという間に立派な穴蔵ができた。
「さあ、どうぞ!早めに避難してください!」
「あ、ああ…!」
慌てて洞穴の中に入る客、それを見届けた瞬間襲い来る雪崩。アヴェンジは雪崩にモロに巻き込まれた、客の目の前で…
「なっ…!?ガイドさん!?俺を助ける為に…!」
数十分後、雪崩が過ぎ去るとそこには…何事もなかったかのようにアヴェンジが立っていた。
「えっ…あの雪崩の中無事でいらしたんですか…?」
思わず敬語になる客。山ぐらしの頃は日常だったので全く動じていないアヴェンジ。
「ええ、ガイドですから!」
ニカッと白い牙を見せるアヴェンジ。その一言で全て納得させられる客。
「冬富士のガイドってのは皆こうなんですか?」
「他のガイドに会ったこと無いので分かりませんねえ、でもこのくらいできないとお客様を無事で帰せないのでは?」
「ま、まあ確かに…」
死亡しても自己責任という書類に判を押し遺書も書いてきた客、それが普通なのだが選んだガイドが規格外だった。
「あら、もう山頂が見えてきましたね!見事なペースです!」
「えっもう!?」
アヴェンジのペースに呑まれてサクサクと山を登ってきて気付かなかったがさすがは熟練の登山者、客は客で凄い体力を持っていたのだ。
「本日は山頂付近にテントを張って明日の朝日の出を見てから下山にしますか」
「そんな余裕ができるとは…やはりガイドって凄いんだな…!」
混乱してガイド万能説が脳内をかけめぐる客。
それを満足していると捉えたアヴェンジは満面の笑みでそれを見ていた。
結局、初仕事の冬富士登山は大成功に終わった。
しかし一般的な登山とはまるで違う登山にクチコミが広がり予約が大量に入るようになってしまった!
「張りきりすぎましたねえ!アヴェンジさん!レビューがすごいことになってますよぉ!」
「普通にお客様を守りながら山登りをしただけなんだけどなあ…」
彼には常識が欠落している。彼女は気が違っている。この二人の会社は社員二名なのにも関わらず大変な業績を上げることになるのだがそれはまた未来の話…社員増?アヴェンジと同じことができる人間はそうはいません。