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通勤時間に遺書を書いておく

題の通り。

いつ死ぬかわからないので、書いておいた。
断っておくが、死を茶化す意図もなければ、一風変わっていておしゃれとも思っていない。
全員がこのように死を捉えるべきだとも思っていない。

一方で、詳細に書ける臓器提供意思表示カードみたいなものだとは思っている。そして、その程度の内容しか書いていない。

書く上で注意したことは以下2点。

1. 最初に依頼したいことを箇条書きで書く。
2. 希望を残すような書き方はしない。

「1. 最初に依頼したいことを箇条書きで書く。」だが、
もし実際自分が死んで誰かが遺書を読む場合、ほぼ間違いなくその人は冷静では無い。色々な依頼事項をつらつらと書くと、絶対見落とされるか誤解されるため、最初に箇条書きでしっかり伝えたいことの骨子を伝えておくことが大事だと思う。

「2. 希望を残すような書き方はしない。」は、
僕が死んだという事実をはっきりと文字にして残すということだ。
詩的に「見守ってます」などと書くと、かえってその人の中に未練を残してしまう。
あと、HDDとGoogle Photo、Dropboxの中を絶対に見ないで欲しいのだが、「僕の写真はあんまり無いので、中身を見ずに消してください」と書くと、「1枚でもいいから探したい…」と思われる可能性がある。
そのため、知人の名前を出して、そこからLINEアルバムの写真を案内してもらいなんとか満足してもらうような文章にした。

そんな感じで遺書を一部載せるので、参考にしたい方はして欲しい。

遺書
死後、発見次第〜〜へ共有をお願いします。
また、どなたでも、希望される方へ共有いただいて構いません。

(略)
人はいつ死ぬか全く分からないのだと思い遺書を書くことにしました。
(略)
そのため、以下3点をこの世に遺された方々へお願いするため、メモを遺すことにしました。
1. 僕を死へ至らしめた方へも憐れみを持って接して欲しい
2. 僕に対して「言い残したこと」は無いものと思っていただいて構わない
3. 僕のHDDや画像ストレージ類は見ずに消して欲しい

1,2はお読みいただいている方の感情の問題ですし、強制することは不可能ですが、少なくとも僕が思っていたことについては理解していただければと思います。

1. 僕を死へ至らしめた方へも憐れみを持って接して欲しい
現在、僕は自死を選ぶ気持ちはなく、
僕が死んだとすればほぼ間違いなく不慮の状況下で死んでいるのではないかと思います。
(どのタイミングで死を覚悟すれば『不慮』でなくなるかについては疑問ですが。)
(略)
不幸にも加害者となってしまった方々の境遇や、
その方々の「事故・事件発生の一日前まで存在していた日常」にも
目を向けていただけると、皆様の心が焼けて痛むこともないのではないかと思います。
憎しみは中々消えませんが、憐れみであれば一ヶ月くらいで消えるのではないでしょうか。
僕より年長の方々に向けては処世術を説くようで恐れ多いですが、そうしていただけると幸いです。
(略)
個人の報復感情を鎮め、社会からその人を隔離するのが法の役割だと思いますので、そちらにお任せしてください。
あなたにはあなたの人生を生きて欲しい。

2. 僕に対して「言い残したこと」は無いものと思っていただいて構わない
僕は、自分の人生については概ね満足しており、
関わりのあった皆様の気持ちも僕なりに理解しているつもりです。
「分かった気になっているだけだった」と気付かされた事も何度もありますが、まあ裏を返せば少なくとも額面以上の敵意は読み取ってないということです。
「もっとこうしておけばよかった」、「これを伝えておけばよかった」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、僕は生前のコミュニケーションが十分楽しかったですし、そうした尾を引く思いまで含めて概ね伝わるほど、皆様の真摯な姿勢に感謝しています。ありがとうございました。

3. 僕のHDDや画像ストレージは見ずに消して欲しい
これは多くは語りません。自分の写った写真は全く保存してませんので、何も見ずに消してください。
大学の軽音部、高校の軽音部、高校のクラスメイトに聞けば僕の写った写真は全て集まります。

最後に、先立つ不幸をお許しください。
皆様の新しい日常が少しでも早く落ち着くことを祈っております。



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