枯れた葉の傷
秋に入ってまだ間もないのにもう鼻の奥に届く冬の空気。この季節は寂しくてとても嫌いだった。だけどこの瞬間にしか思い出せない物がいくつもあった。
手頃な木の棒を拾ったら家の前に着くまでは絶対持ってた
石ころ蹴りながら歩いてうんこを踏んでしまった。次の日学校へ行くと友達にバラされて喧嘩になった。
じゃんけんに負けた奴が荷物を運ぶ時にゴールにしてた電柱
帰りに通った公園の鉄棒で逆上がりをした時にランドセルの中身ぶちまけてたなあいつ
引っかかったボールを取ろうとして投げた靴も奪い去ったあの木
透き通ったこの冷たい風は鼻腔を通り、海馬と目頭を刺激した。
数瞬の間に積日の思い出
冬は痛いんだよ、
だから嫌なんだよ、この季節。
家に帰る場所は無い。そう感じていたからみんなといたかったのに。
日が早くなる。だからみんな早く帰ろうとするだろ、みんなと違うんだよ俺は。温かいご飯にお風呂、明日の時間割を一緒にチェックしたり宿題の音読を聞いてくれる親。
どれも俺の家にはなかった。
家に帰るとストーブの中もポリタンクも灯油は空っぽ、最寄のガソリンスタンドからタンクを引きずって帰って来る。
冷蔵庫に食材は殆どない。米を炊き、1/3程余っていたもやしを醤油と塩胡椒で炒めて食べる。当時の俺は力が無くて醤油の量の調節が上手くできなかった。だけどその塩っ辛いもやし炒め以外に食べるものは無い。
泣きながらいつも噛み締めて食べていた。
親が悪い訳じゃない、シングルマザーで5人兄弟を養っていた。僕が目覚めてから眠りにつくまでの間に母に会える事は多くは無かった。
兄や姉は当時目が合うだけで殴り合いに発展すると言う理由で誰も家に帰って来ようとしなかった。
誰かの声を聞きたくて、必死に暗記した番号を順に押していく毎日。
いつ帰ってくる?今日は帰って来る?
電話に出てくれた兄達の返事は殆どが僕の望む物ではなかった。
あの空腹も、あの寒さも痛かった。
スライディングしたり、木に登ったり、自転車のペダルを踏み外していつの間にか出来ている擦り傷。
遊んでいる時は気が付かないんだよ、
だけど家に帰ると途端に痛む。
痛むほどに、傷むほどに、寂しかった。