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アラスカ浪漫飛行

もうだいぶん昔になりますが
2007年の冬に
アラスカの氷山(グレイシャー)の上空を飛んだことがあります。

その頃アラスカで知り合った、ある野営飛行家の写真にすっかり魅了されて、空の世界が頭から離れなくなってしまったんです。
彼は湯口さんと言って、奇遇にも北海道出身で、空からの景色を提供し続ける執念といえる情熱に魅了されました。
「一度だけ撮影に同行させていただないでしょうか」
とお願いしたところ『いいよ!』という意外な結果に結びついてしまった。

思うは招く

とても幸運な出会いでした。
想いを言葉に発してみることで、実現してしまった。

飛行の日取りは、天候に左右されるのですが
幸い陽が暖かな午後(寒いと飛ばない予定だった)に感謝して、アンカレッジの飛行場に向かう車の中ではワクワクが止まらなかったのを覚えています。
上空はさらに冷え込むのでこれ以上ないほどに着膨れしてパンパンだったことも体が覚えている。

小さな飛行機がずらっと並ぶアンカレッジの飛行場に到着。
飛行機に乗せてくださる湯口さんとご対面。

「飛行に同行したい」と私が希望を伝えた直後に
「もし飛行機が落ちちゃって死んでも文句言わないなら乗せてあげる」
と湯口さんは言いました。
危険も伴う飛行撮影ですから、乗せる方にも大きな責任が伴います。
乗る側の私は、命を無くす可能性もあるという覚悟が必要でした。

最初に、家族と、大切な人の顔がじわじわと頭を占めました。
でも…生きてるうちに、アラスカにいるうちに、一度だけでいい。
「いつ死んでもいいように生きてますので、お願いします」
次の瞬間、強がりだったのか。本音だったのか。
(あまり深く考えていなかった気もするが)
ハッキリとそう言っている自分がいました。

アラスカの空にはほぼ毎日沢山の飛行機が流れてゆきます。
夏の、穏やかな光の中に。
冬の、澄んだ青色の空に。
静かに ゆっくりと 白い飛行機雲の軌跡を残しながら空中散歩していくのです。
一本の白い線を描く飛行機雲を見つけると、昔大好きだった男の子を思い出します。こまちゃんという男の子です。12歳で天に召されました。
彼との柔らかい思い出の中には、いつも飛行機雲が1本の筋を
真っ青な空に描いている光景がくっきりと刻まれています。
一緒に飛行機雲は観たことがないのですが。
一緒に見たかったな、と願う強い想いがそうさせるのでしょうか。

まるで遠くの空に彼が存在しているようで、思わず問いかける。
『そこから何が見えますか?』
(☆リアルショートストーリーを参照)

浪漫飛行~空の世界

期待と緊張の憧れの飛行が始まりました。
飛行機と言っても紅の豚のようなプロペラ機なので、2人乗りの小さな小型飛行機です。機体が軽いので風の操縦が要だそうでした。

ふわり、と機体が浮いて、初めて見る上空からのアラスカの大地が広がる。
視線の角度が変わるだけで、世界がこんなに広く美しいなんて。

私達が生きながらに見知っている世界は ほんの一部で、
少し飛んだり潜ったりして 角度を変えたならば
見える景色が大きく変わる。
世界が ”広がる” というよりも ”深まる” 観感覚。

厳しさをひょうひょうとたたえた白く険しい山々がどこまでも連なりゆく。
山の谷間を抜け、氷山めがけて機体はゆったりと進み行く。
しばらくすると、グレイシャー(氷河)が見えてくる。
美しく青い氷河の壁面。

白い山脈。どこまでも続く。もっともっと先へ、と惹き込まれてしまう。
流氷と氷山
近づいていくと青色の氷が
氷河の壁面。何十憶年もの「時間」がこの中に閉じ込められている。


本当に澄んだ水は青色に見えると聞いた。

見惚れていると、湯口さんが
「じゃ、ハンドル握って操縦してみようか。ここをこうね。」

と、操縦までさせてくれた。
自分と、偉大な彼の命が関わってると思うとハンドルを握る手に力が入り、氷点下の空気の中でもじっとりと汗が滲む。

風の抵抗。
機体の平行加減。
期待と体が一体化する不思議な感覚。
鳥になっているような、不思議な世界感。
空、飛んでる!
その時、初めてそれを「感じた」。
貴重な体験をありがとうございます、湯口さん。

人が創りだす芸術(詩でも文でも絵画でも教養でも)には90%は
素直に「すごい!」って感動して
そのあと残りの10%くらいは
「自分もやれるかも?」
「可能性あるかも?」って思っちゃうんだけど
自然の織り成す芸術には100%とろけてしまう。
意図しているわけでもなく
ただそこにたたずんでいて
意志はないのにこれ以上ない必然さで美しく造形されている
すべてが真実。
すべてが宇宙と繋がっている。

そこは天国だと思った

湯口さんが飛行前に、
「もし風にあおられて機体がバランスを崩したり
 予定以上に飛行せざるをえなくて燃料が切れたりしたら、
 一旦、氷河の上に着陸することもあり得るからね。」と言われていた。
「それは何を意味するか、わかるね」と。

そもそも無事に着陸できるかの保証もない。
無事着陸できても
電波も届かない環境下で
野生の動物たちが息をひそめる大自然の陸地を
飛行場まで歩いて無事に戻れるかもわからない
何より寒さにやられる危険が大きい
飛行している他の操縦士に見つけてもらえたらラッキーって感じかな、と。

文明や技術だけを手にしてえらそうに地球の上を歩き回っているけれど
本当は、か弱い部類の生き物である私たちを思い知らされた。
いま、ここに置いていかれたら
命はきっとないだろう
でも、そういうのが自然に生きるということ
私たちはもうこの世の生き物ではないのかもしれない、と。
ふと思ったのでした。

それと同時に
この大自然は天国であるとも思った。
足を踏み込んだらば、生きて帰ることはまず困難だろう。
冷え切った体は自然の一部となり
想いやエネルギーをもつ魂すらも分解されて
宇宙の粒子に還っていくのだろう。
外から垣間見ることだけが許され
その地に舞い降りることはできないと
本能で悟る天国のような世界。

あっという間に数時間の夢はおわり。
地上に足をつけた瞬間に
「生きて帰ってこれてよかった~!」
そう簡単に死にたくない
この地球上には目に焼き付けたい世界がまだまだある、と
“生”へのエネルギーが強まっていました。
手が、震えていた。


しんどい世界もあるけれど
頑張って生きようね、って言う代わりに
空の世界を一緒に見るだけで何か余計なモヤモヤが
ぽろっと落ちる気がする。

生きるということ。
苦しい。難しい。楽しい。嬉しい。
やっぱり、辛い。
やっぱり、生きててよかった。

今の時代、頑張れば寿命を延ばすことも、簡単にその命を絶つことも出来てしまう。便利なようで、不幸でもある。

P.S.
ちなみに私をこの浪漫飛行へと導いてくださった野営飛行家湯口さんの夢は『自殺率を3分の1』にすることだそうです。
今、どこで何をなさっているかまでは追跡できませんでしたが
昔のホームページを添付しておきます。
美しい世界が広がっています。
心も体もとろけましょう。

http://www.talkeetna.jp/

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