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タンポポ笛(小説リアルショートストーリー)Vol5

こまちゃんが死んでから、もう数十年が経つ。
こまちゃん、私もう、ずいぶん歳を重ねたよ。

こまちゃんがなくなってから、
私は毎年こまちゃんに会いに行った。
私がその一年で見たものを報告しに。
「こまちゃんとこ行って来る~」と家を出る。
父も母も「よろしく伝えといてね~」と返す。
そんな調子だ。

それはお盆だったり
彼の命日だったり
なんでもない日突然会いたくなった時だったりした。

中学を出て、隣町の高校に通うようになり、大学で沖縄に飛んで、仕事でアラスカに渡って、どんどん行動範囲が広がっても、帰省するたびこまちゃんい会いに行った。

片手に庭から摘んでこさえた花束と
お土産をもう片方の手にぶら下げて、
山のふもとの小さなお墓に足を運ぶ。

心持ち程度に墓石を綺麗に掃除して、
報告がてら何気ないことを話して、
しっかり手を合わせて真剣に祈る。

こまちゃん、ちょっとだけ、一緒にこの世界を共有してください、
と、ことわりをいれてから
「あのね、沖縄のおばあはで~じ優しいんだよ」
「海がエメラルドグリーンでめっちゃきれいよ」
「アラスカでオーロラを見たよ。一回だけだけど‥」
と話を聴いてもらう。
こまちゃんは、あのときの小さな姿のままで
墓石の端っこにちょこんと座って
隣りで話をうんうんと聞いてくれている。
言葉は返ってこない。

最後にお土産をちょこんと置いて、ばいばい、と手を振って別れる。
あの日の曲がり角と同じように。

おかげでこまちゃんの墓石には
毎年あたしのへんてこりんな軌跡が残される。
それは楽しかった学園祭のクラッカーの色テープだったり
沖縄のオリオンビールや星砂だったりした。
(こまちゃんのご両親はさぞかしおののいていたことだろう) 
そのため、こまちゃんは私の世界をよく知っている。

いつだったか、2年ほど前のお土産の沖縄の白い砂と貝殻が綺麗な形のままきちんと墓石の前に残っていた。
雨や風にさらされて、カラスにつつかれて、色んなものがなくなっていく中で、ちょこんとお墓の一部となってそこにいた。
それはなんだか嬉しい光景だった。
こまちゃんは沖縄が気に入ったらしい。

そうしているうちに
こまちゃんは、いつからか
ひっそり夢で会いにやってくるようになった。
決まって、私の気持ちがどこにも行き着かない深く長い夜に、うっすらと夢に現れる。

7歳そこそこの、華奢なのに凛とした背筋が頼もしい小さな男の子。
タンポポ笛をそっと私の手に持たせてくれる。
そのときに手が触れて、ほんのりとあたたかな温度が伝わってくる。
こまちゃんの顔はハッキリ見えない。
でも白い頬がほんのり微笑んでいるのがわかる。
こまちゃんが何か言おうとしている口元にそっと耳を近づけると、頬へふわりとキスが落とされる。
それは私にとって
なんでも乗り越えられる魔法の力をもっている。

「ねぇ、こまちゃん」
何かを聞こうとする瞬間に、夢は終わる。
夢から覚めるまでの
うす明かりの陽炎のようなシルエットで
こまちゃんは
「ばいばい」
って手を振って
遠くにいってしまう。

そうやって
時々そっと私を救いにきてくれてる気がする。

二人分、楽しんで。
こまちゃんのことだから、そう言ってるにちがいない。
でも、悲しいのはいつも、何も言わずに半分受け取ってくれている気がする。気づかぬところでそっ、と。

この世にはもういない、初恋の人。
彼は、心の宇宙の中にきちんと存在して、愛を注いでくれている。
それはなんだか生きていることに値する気さえする。死してなお生きる。
そんな風に魂の跡をくっきりと残す存在。

ねぇ、こまちゃん。
何度でも、出逢おうね。
あしたも、あさっても、いつでも。

次の人生でも、その次の人生でも
きっと私たちは何度でも出逢って繋がれる。
新たな世界を紡ぎ出すたびに
こまちゃんの魂を見つけるよ。

見上げた青空の遠く彼方に、
一筋の飛行機雲が流れていた。

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