34話 第473並行世界の歴史3
翌朝、護衛のルドルフを伴ってジェーンが会いに来た。
「スキル教の教皇猊下がお二人との面会を希望されています」
きょ、教皇だって!? トラベラーの顔だけで事が想像以上に大きくなってる。
だが逆にチャンスだ。教皇と直接会えるなら、その場で事情を話して輝く聖板を見せてもらえるかもしれない。
俺たちは教皇が待つ応接室へと向かった。
応接室の前では見学会の時に案内役の神官の護衛をしていた騎士が立っていた。
「教皇猊下は今回の件について、人を遠ざけたいとお考えです。申し訳ありませんが、コウチロウ殿とトラベラー殿、そしてお二人の後見人であるジェーン殿下のみご入室ください」
ジェーンの護衛であるルドルフが難色を示すが、教皇側も護衛を入室させてないので最終的に納得した。
応接室に入ると意外なことに教皇だけでなく、国王までもいた。
「国王もいらっしゃったのですか?」
ジェーンが目を丸くする。
「ああ。教皇猊下が望まれてな。詳細はまだ聞かされていないが、事は王国の将来に関わる話とか」
国王の向かい側に教皇が座っていた。
驚くことに、教皇は見学会で案内役をしていた神官だった。平神官の格好をしていたあのときとは違って、今は立派な法衣をまとっている。
その姿は、なんというかぎこちない様子だった。変な緊張があって、むしろ平神官の格好で歴史講釈していたときのほうが、この人の自然体のようにすら思えた。
みな着席し、発端となった教皇に視線が集まる。
教皇の視線はトラベラーに釘付けで、しかも激しい動揺をどうにか抑えようとしているようだ。
「ところでなぜ教皇様が自ら見学会の案内役を?」
「え? あ、ああ、あの仕事は教皇になる前に担当していたもので、たまに気晴らしでやらせてもらっているのです」
俺に話しかけられて教皇が我にかえる。
「元々私はスキル教内の序列争いから外れて、本来は教皇になる器ではなかった。しかし5年前の魔王軍の侵略やホリー・ホワイトの裏切りなどで、有力者達がみな亡くなって、私が教皇にならざるえなかったのです」
どうやら案内役の仕事はこの人流のストレス解消だったらしい。
「それより、まず見ていただきたい物があります。これはスキル教最初の信者にして初代教皇が残した女神様の肖像です。本来は教皇のみ閲覧が許されますが、今は皆様に見せるべきと判断しました」
教皇が懐から写真を入れた小さな額縁を取り出す。その手は凄まじい緊張で震えていた。
そこには一人の少女が椅子に座っている姿が写っていた。写真が苦手なのか、ぎこちない笑顔を浮かべている。
全員がその写真を見て、それからトラベラーを見る。
「ご覧の通り、トラベラー様は女神様と瓜二つです」
前のトラベラーと並行世界の同一人物について話した事がある。その時、トラベラーは全ての並行世界に自分の同一人物が存在すると言ってた。それがこの世界における女神だったのだ。
「輝く聖版は女神様のみが扱えたと言い伝えられています」
教皇は傍にあった革製のアタッシュケースを開く。中にはA4サイズのタブレット端末があった。
これが輝く聖版なのだろう。
「トラベラー様、一度聖版を手に取っていただけないでしょうか」
タブレット端末とはいえ、この世界にとっては最も聖なる道具だ。トラベラーは両手で慎重に聖版を持ち上げる。
すると聖版が起動して画面に光が宿った。
「遺伝子認証完了。こんにちは赤木鳩美。前回の起動から1049年11ヶ月17日ぶりですね」
画面にはアイコン化された人間の顔が表示されている。
「せ、聖版の声! 聖版は自ら女神の仕事を支えたと言う伝承の通りです!」
教皇が興奮気味に解説してくれる。どうやらサポートAIが搭載されてるようだ。見た感じ、知性があるわけではなく、俺に世界のAIより数段上等程度のようだ。
「見学会の時に見た時はまさかと思いましたが、やはりあなた様は女神様の生まれ代わりだった」
感極まった教皇がその場で跪いてトラベラーに祈りを捧げる。
「赤木鳩美、何をしますか?」
それが女神の本名か。ならトラベラーも?
「日記データはあるかしら?」
「はい。あなたが音声で記録したデータがあります」
「それを時系列順に再生して」
「了解しました」
日記と言っても女神は毎日つけていたわけではなく、残したいと思った事を音声で残していたものだった。
それから俺たちは女神の声からこの世界の本当の歴史を知る。
『これから私達は長い旅に出ます。出発の日に、まずはこの旅の発端から語りたいと思います』
聖版から流れてくる声は、やはりトラベラーと同じものだった。
始まりは今から千年以上も前。まだ人類が楽園と呼ばれる場所にいた第1歴から始まる。
ただし当時は第1歴という暦ではなかった。
正しくは西暦。楽園の正体は地球だったのだ。
この世界の地球は俺の世界とは異なる歴史をたどった。
分岐点は1962年のキューバ危機だ。ソ連がキューバにミサイルを配備してあわやアメリカと戦争が起きそうになったこの出来事は、一歩間違えれば第3次世界大戦が起こっていたかもしれない大事件だ
ただし、この世界では少し呼び方が変わっていて、キューバ事変となっている。なぜなら、危機というレベルを超えてしまったからだ。
この世界ではキューバからアメリカに向かってミサイルが発射され、第3次世界大戦が勃発したのだ。
三度目の世界大戦にして最初の核戦争は延々と続いた。各国の国境はずたずたに切り裂かれ、人々の帰属意識は国ではなく〈西〉か〈東〉かになった。
そんな中、ある技術が発明される。それは人工天才と呼ばれるもので、生まれた時点で高度な知識を持つ人間を生み出す、デザイナーベイビーの一種だった。
人工天才は東西でそれぞれ独自に生み出され、彼ら彼女らはによって科学が発展し、その発展した科学によってより優れた人工天才が生み出される。その繰り返しによって、戦争をしながら人類は爆発的に文明を成長させていった。
それがどれほど凄まじいかと言うと、魔法すら科学的に解明され、体系化された技術として確立しているほどだ。
けどそこまで文明を発達させても、戦争で勝利したものはいなかった。
〈西〉も〈東〉も戦争ができなくなるほど力を使い果たしたのだ。
おまけに地球のあちこちが荒廃し、このままでは人類そのものが滅びかねなかった。
そこで立ち上がったのが方舟計画というやつだ。生き残った人類はそれまでの帰属意識や主義思想を捨て、ただ生き残るために手を組んだ。
『私は方舟計画のために生み出された最新世代の人工天才。新天地で人類文明を蘇らせるため、14歳で移民船〈方舟〉の船長に任命されました』
女神は〈方舟〉で人々と共に長い旅に出た。それはワープを繰り返し使っても100年もかかる道筋で、女神たちはコールドスリープで時を乗り越えた。
そして惑星NW2097にたどり着く。それこそが、俺が今いる異世界だ。
文字通り異なる世界なのに、文化や慣習は理解可能なもので、俺は海外旅行するような感覚でこの世界に馴染めた。その理由はそもそも異世界文化が地球文化の延長上にあったからだ。
●Tips
スキル教の現教皇
もともとはスキル教内にある歴史研究部門に所属する神官だった。歴史研究と神官としての本分以外に興味はなく、他の高位の神官と違って政治的やり取りには積極的ではなかったので、役職の階級は高かったが組織内の影響力は小さかった。
しかし、5年前の魔王との争乱でスキル教の首脳陣がほぼ全滅したため、消去法で教皇にならざる得なかった。
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