31話 英霊の墳墓4
しばらくするとルドルフが部下たちとやってきたんだが……
「なぜお姫様まで?」
どういうわけかジェーンまで一緒にやってきた。
「ちょっと英霊の墳墓を爆破に参りました」
「え、爆破?」
お姫様の口から出てくるとは思えない言葉に思わず驚いてしまう。
「陛下からのご命令です。仮初とはいえ不老不死は人の世を停滞させる上に、今もこうして悪党に利用されているなら百害あって一利なし。完膚なきまでに破壊せよとのことで、この通り爆破用のマジックアイテムを賜りました」
近衛兵の一人がでかい円筒形の装置を背負ってる。あれが爆弾か。素人考えだが、そのサイズならかなりの威力がありそうだ。
何人かはミディックとグレントを押送して転移魔法陣で戻っていった。
引き渡しが終わった後は、いよいよ英霊の墳墓の調査だ。
ルージャフォリオ宝森林のほぼ中心部に小さな神殿風の建物があり、そこが地下にある英霊の墳墓の入口となる。
「まず俺とトラベラーが中の様子を見てきます」
流石に敵がいるかどうかわからない場所にお姫様を連れて歩くわけには行かない。
しかし戦闘向きのスキルを持つジェーンは少し不満そうだった。
「足手まといにはなりませんのに」
「姫様、どうかご自愛ください。姫様が戦うのは護衛が全滅したときのみです」
ルドルフにたしなめられてジェーンは渋々ながら了承した。
俺とトラベラーは英霊の墳墓に足を踏み入れる。
英霊の墳墓は侵入撃退用の魔物が現れなかった。もちろん、かつてこの迷宮に足を踏み入れたパーティーが遭遇したという、太古の英雄とやらもだ。
第二の魔王軍が正常化したのだろう。
英霊の墳墓の規模自体はそれほど広くなく、すぐに最深部に到達できた。
そこでは棺桶のような透明カプセルがずらりと並んでいて、中では第二の魔王軍たちのクローン体たちが眠っている。ざっと見た限り、一人に付き10体以上のクローンがあった。
間違いなく、ここが連中が蘇生するための要だと分かる。
「やつは何を考えているんだ? ここを失ったら死んでも復活できないのに」
「ジャスティンにとってここは必要ないのでしょう。カプセルを見てください、彼のクローン体だけがありません」
言われてみると、クローン体はグレント、ホリー、ミディックの三人だけだ。
「ということは別の蘇生法や不死能力を手に入れたってことか?」
「おそらくは。そして他の第二の魔王軍の行動を見るに、ジャスティンは自分だけ死を免れる方法を仲間たちに秘匿しています」
「たしかにな。英霊の墳墓以外に手があるのなら、グレントやミディックがあそこまで本気で戦うはずがない」
潰されても構わないのなら、わざわざ防衛に出向いたりしない。
他にも蘇生か不死の手段を手に入れたにもかかわらず、仲間にそれを教えず自分は姿を隠す。ジャスティンは随分と薄情なやつだが、そもそも人類を裏切ったようなやつだ。
「念の為、英霊の墳墓の管理システムを調べます。彼らがここを利用したなら、何か情報があるかもしれません」
「できるのか? たぶん統括証を持っているのは姿を見せてないジャスティンだぞ?」
今まで倒した第二の魔王軍は誰も統括証を持っていなかった。あれがないと、英霊の墳墓を操作できない
「管理システムはどこの迷宮も同じです。不定の迷宮で取得したデータを元にハッキングは可能です」
トラベラーは不定の迷宮を調査したときと同じ用に、万能ツールを使う。
作業はさほど長引かなかった。
「調月さん、どのような仕組みで蘇生が行われるのか判明しました」
トラベラーは英霊の墳墓における蘇生法の詳細を語る。
「予想通りクローンへ記憶を転写する蘇生法でした。また、遺伝子を登録した者と施設の間には魔法的な経路が確率されており、記憶は常に最新状態を保たれています」
「経路? もしかしてそれをたどればジャスティンの居場所が分かるんじゃないか」
だがトラベラーは首を横に振る。
「確かに技術的には可能ですが、ジャスティンは数ヶ月前に自分を登録解除して経路を断ち切っています」
「くそっ!」
思わず悪態を付いてしまう。
「もう私達がここでできることはありません、上で待ってる人たちを呼びましょう」
俺たちは内部は安全だとジェーンたちに伝える。
騎士たちが英霊の墳墓の中枢部に爆弾を設置している間、ここで判明したことを手短に伝える。
「そうですかジャスティンがいない上に手がかりもなし……しかも別口で蘇生法か不死を得ている可能性は見過ごせませんね」
ジェーンの表情は厳しい。
全ての戦闘技術を得る〈勇者〉スキルと全ての武器とマジックアイテムを使いこなす〈即時慣熟〉スキルを持つジャスティンは第二の魔王軍で最強の男だ。そいつが野放しというのは王族としても深刻にならざる得ないだろう。
「姫様、設置完了いたしました。起動をお願い致します」
ジェーンは懐から鍵を取り出し、爆弾に差し込む。
聞けばこの爆弾は今回のように悪用の危険が高い迷宮を破壊したり、あるいは強力な魔物を討伐するためのものだが、あまりに威力が高いので、王族が管理する鍵がないと使えないようになってるらしい。
「では、行きます」
ジェーンはえいやっと口に出しながら鍵を回す。すると爆弾から不吉さを想起する赤い光が点滅し始める。
それを見ていたトラベラーがジェーンに尋ねる。
「ところでジェーン様、設定された起爆時間はどれくらいですか?」
「あっ……」
ジェーンが固まり、気まずい沈黙が流れる。
起爆時間、ちゃんと設定してなかったのかよ!
「駆け足ー!!」
ルドルフが叫び、全員が一心不乱に外へ向かって走り出す。
ちなみにそんな状況でもなお、近衛兵たちはきっちりジェーンの護衛を務めていた。さすがプロだ。
初期設定の起爆時間がそこそこ長かったのか、幸いにも俺たちの脱出は間に合った……めっっちゃギリギリだったけど……
爆弾が起動するとルージャフォリオ宝森林全体を揺らすかのような地響きが伝わる。
「ほんとーに、申し訳ありませんでしたー!」
ため息が出るほど美しいしぐさでジェーンが土下座する。
「皆様には腹を切ってお詫びします! だれか! 介錯を!」
「おやめください。全員無事だったので良いではありませんか」
王族の家紋が刻まれた切腹用短剣を取り出すジェーンを、トラベラーは落ち着いた様子で思いとどまら冴えた。
「コウチロウ殿、姫様の失敗について、どうか、どーか! ご内密に!」
「あっはい」
さすがにこの失態を公表するわけに行かないのか、ルドルフが必死に口外しないよう懇願する。
見れば近衛兵たち全員が明後日の方向を向いている。王族が一般人に土下座した上、切腹しようとしたのを、全力で見なかったことにしている。
改めて爆心地の方を見ると、英霊の墳墓は完全に崩落していた。もう二度と、クローンを使って復活できないだろう。
「次はジャスティンか。だが……」
ヤツにつながる手がかりは一切ない。
「……」
トラベラーも難しい顔をして黙り込む。さすがの彼女もすぐには次の手が思いつかないようだ。
●Tips
異世界の謝罪
この世界では切腹や土下座が最も誠意ある謝罪とされている。
貴族や王族は常に切腹短剣を持ち歩くのがマナーとされている。女性用の切腹短剣は宝石や貴金属で装飾されている事が多い。
そうはならんやろと思うだろうが、なってるのだ。
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