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番外編 第472並行世界におけるライゼンダーの活動2

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 アカシックに案内されてやってきたのは秋葉原にあるミストという喫茶店だった。

「店員の格好こそ秋葉原風だけど、それ以外は上等な喫茶店よ」

 メイド服を来た店員が持ってきたコーヒーを一口飲む。素直にうまいと感じる。

 歴史を感じさせる店内から察するに、老舗の純喫茶がこの時代の秋葉原文化に合わせて、店員の制服をメイドにしたといったところか。

 メイド服自体もヴィクトリア朝時代のものを忠実に再現している当たり、迎合するにしても生真面目な姿勢を感じる。

「さて、まずは何から話しましょうか」

「それより、トラベラーのことを見ていなくて良いのか? 彼女はお前が本物の異世界冒険をみたいというワガママに付き合っているんだぞ」

 直後に俺は後悔した。アカシックを怒らせるような物言いを口にするなんて何考えてる。

「ああ、それなら大丈夫よ。今はただ移動中で、面白いことは起きそうにないから。そんなに恋人のことが心配?」

「……当たり前だろ」

 そこは素直に認める。俺とトラベラーは将来の結婚を約束するほどの仲だ、心配しないほうがおかしい。

「それと、さっき言っていたフォースエナジーへのジャミングについて聞きたい」

 人の脳細胞から発生し、魔法や超能力の燃料となるフォースエナジーは、第2並行世界の文明を根幹から支える力だ。それを妨害する原理が存在するのなら、詳細を解明して対策を立てなければ、どんな被害があるか分かったものじゃない。

「それはこの並行世界が異世界ではないからよ」

「いまいち理解しかねる。並行世界が無数に存在する以上、どの並行世界も別の並行世界にとっては異世界だ」

「まずはこの並行世界の成り立ちについて話しましょう」

 アカシックはこの時代の地球で標準的に使われるタブレット端末を取り出す。

 画面にはとある小説投稿サイトが表示されていた。

「事前調査の結果に目を通しているなら、この小説投稿サイトが第472並行世界の特徴の一つであると理解しているわね」

「ああ。そのサイトは他の並行世界において日本でしか運用されていないが、この並行世界では23カ国で運営されている」

 中世ヨーロッパに類似した異世界を舞台にしたファンタジー、いわゆる「なろう系」と呼ばれるジャンルが、この並行世界において異様なほどに普及している。

 今朝の新聞では、ホラーの帝王として知られるアメリカの作家がこの小説投稿サイトの北米版に投稿を開始したことが報道されていたな。

「なぜこのような並行世界が産まれたのか。それは第1並行世界のある人々の集合無意識が関わっているわ」

 最初の世界である第1並行世界は極めて特別な存在だ。

 並行世界は人々の「もしも」という想像力と、想像力を現実にする力であるフォースエナジーが結びつき、発生するとされている。

 つまり、第1並行世界を木の幹に例えるなら、それ以降の並行世界は幹から分岐した枝といえる。このことから、俺達は並行世界を総括して樹上多次元世界と呼んでいる。

「あなたは第1並行世界を観測できるのか?」

「ええ、もちろん。私はアカシックよ」

 アカシックの力は知っているが、まさかそれほどまでとは……

 俺たちは無数の並行世界を自由に旅しているが、第1並行世界だけは足を踏み入れる事はできず、それどころかどんな世界になっているのか観測することすら出来ない未知の領域だ。

「この第472並行世界とその近くにある32個の並行世界は、第1並行世界に生きる、小説投稿サイトの利用者たちから生じた集合無意識の影響を受けているわ」

「それはつまり、自分たちが好きな異世界ファンタジーがもしも現実になったらという想像力によって産まれた平行世界ということか」

「そういうこと」

 そこで俺はこの並行世界の仕組みをなんとなく理解できた。

「それでフォースエナジーにジャミングがかかったのか。異世界ファンタジーを成立させるために、第472並行世界は平凡な地球の現代社会でなければならない。そのため、魔法や超能力の存在は世界から認められない」

「理解が早くて助かるわ。まあジャミングと言っても、転生と転移現象は対象外だけど」

「それがないと、異世界に行けないからな」

「これで、私が調月考知郎を選んだ理由もわかるでしょう?」

「第472並行世界は転生者や転移者を生み出すための世界だ。なら、ここの人々は異世界を疑いなく受け入れる。調月考知郎もアカシックが提案する異世界冒険へ即座に乗ったことだろう」

「ええ、そうね」

 その場面を思い出しているのか、アカシックはコロコロと笑った。

「ついでにいうと、あなたを襲った発狂異世界マニアックも世界の影響を受けたためよ。この世界にいると、1億人に1人の確率で正気を失い、強制転生轢殺殺人鬼になってしまうの。異世界へ送り出す転生者を出すためにね」

 それを聞いて俺はさっさと帰りたくなった。俺まで発狂異世界マニアックになりたくない。帰ったらすぐに精神汚染検査を受けなければ。

「今日は気分がいいから最後にもう一つ教えてあげる。この世界でフォースエナジーのジャミングから逃れるには、自分は存在しないと世界を騙せばいいわよ」

 抽象的なヒントに過ぎないが、技術部がなんとか解明してくれるだろう。

「それじゃ、私はそろそろ失礼するわ」

「支払いは俺がする」

 俺は伝票を持って立ち上がる。

「悪いわね」

「構わんさ。活動資金から出すし、コーヒー1杯であのアカシックからものを教えてもらったんだ。これ以上の値千金はない」

 会計を済ませて店の外に出ると、アカシックは俺の名前を読んだ。

「黒井鋼治」

 コードネームではなく本名だ。

「今日あなたを助けたのは、単にそういう気分だったからじゃないわ。あなたが黒井鋼治だから助けたのよ」

「あなたは第2並行世界の人間に見切りをつけのでは?」

「ええそうよ。けど、あなたとトラベラー、いえ赤木鳩美だけは違う」

 アカシックの表情はとても穏やかだ。

「大共通点因子である黒井鋼治と赤木鳩美は全ての並行世界に存在する。たとえ同じ人間だとしても、並行世界によって善人だったり悪人だったりするものだけど、あなたち二人だけは違った。少なくとも現時点において、私は悪人として存在するあなた達を見たことがない」

 アカシックは「だから」と言葉を続ける。

「私は今日、あなたを助けた。あなたは私が人間まだまだ捨てたものじゃないと信じられる、数少ない理由の一つよ」

「それはどうも」

 俺はあえてそっけない社交辞令的に振る舞った。アカシックは随分と俺や鳩美を買って出るようだが、それを利用して彼女から何らかの便宜を図ってもらおうとは思わない。

 いや、思ってはならない。そう思った瞬間に、きっとアカシックは即座に失望するだろう。

「それじゃあね、鋼治君」

「ああ、例の並行世界にいる鳩美をよろしく頼む」

「ええ、もちろん。ちゃんとあなたのもとに帰してあげる」

 出会って2,3時間程度だが、不思議とアカシックの言葉は信用できた。

●Tips
ある小説投稿サイト
 「■■■になろう」という名前の大手小説投稿サイト。ここから数々の異世界ファンタジー作品が発表された。第1並行世界の「なろう系」作品の愛好者たちの集合無意識の影響を受けて、第472並行世界とそれに連なる並行世界が発生した。


レッツゴー異世界 3つのチートを持つ男 完


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