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15話 不定の迷宮6

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 俺たちはその場から飛び退いた。直後、触手から熱線が発射される。

 俺は剣を抜く。

「来ます!」

 バイオ……じゃなくてホムンクルスが突進してきた。

 速い! 瞬発力がアイアンゴーレムとまるで違う!

 俺は魔剣でホムンクルスの一撃を受け止め、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 そして力ずくで押し出そうと見せかけて、一歩横に移動する。

 ホムンクルスは抵抗がなくなって前へつんのめる。

 そこをトラベラーが矢を放つ!

 流石に5日も一緒に組んでいれば、無言でもこの程度の連携は出来るようになった。

 だが、ホムンクルスは体勢が崩れたにもかかわらず、素早くトラベラーの矢を弾き飛ばした。

 お返しとばかりにホムンクルスは熱線をトラベラーに撃つ。

 トラベラーは回避しながら熱線を撃つ目玉を狙うが、ホムンクルスは触手をたくみに動かして避けた。

 熱線と機敏な運動能力、そして達人級の剣術。ホムンクルスの防御は的確で、もはやフェイントなんて小手先の技は通用しない。

 より速く、より鋭く、先の先を読む。正攻法で上回らなければ勝てないだろう。

 俺はホムンクルスと激しく剣を打ち合う。また、トラベラーも僅かな機会を逃さずに弓で援護してくれる。

 上にいた敵と比べて戦いは長引いたが、その分、イレギュラーGUの力が俺を強くしてくれた。

 そしてついに俺が敵を上回った。

 触手から発射される熱線をギリギリで躱し、下からすくい上げる攻撃で、相手の剣をかち上げる。

 今だ!

 がら空きになった胸部に刃を突き刺す。

 手応えありだ。心臓を貫かれたホムンクルスは脱力して崩れ落ちる。

 俺とトラベラーは新しい敵との戦いに勝利した。

 ホムンクルスは現状で最強の敵だったが、イレギュラーGUで動きを完璧に覚えてからは難敵じゃなかった。

 それに数自体も少ない。強いが作るには色々と手間やコストがかさむのだろう。

 慎重かつ冷静であれば、41階以降の探索はそれほど難しくはなかった。

 むしろ……失礼すぎるから口には出さないが、C.H.E.A.T能力を持たないトラベラーは苦しい戦いを強いられると思っていた。

 けど彼女は涼しい顔で敵を射抜いていく。

 今の俺は初日と比べて何百倍も強くなってているはずだが、それでもトラベラーの方が強いような気もする。

 多分、自動追尾するスマートアローを使わなくたって彼女は弓の達人だ。

 彼女は様々な並行世界を旅していると言うから、きっと数え切れないほどの異世界冒険を果たしているのだろう。

 そのことは素直に憧れる。

 トラベラーは、俺のような他人からもらったチートでオラついてる人間とは違う。

 優れた文明の道具をつかっているが、それを完璧に使いこなすのも含めて、トラベラーは自分の実力のみで冒険をしている。

 本当にすごいと思う。尊敬すらしている。

 とは言え俺の気持ちをトラベラーに伝えたところで、ツンデレからデレを抜いたような彼女に睨まれるだけだろう。

 そもそも、トラベラーには恋人がいるんだ。あんまり俺が馴れ馴れしくするのは良くない。

 それから2日がたち、攻略開始から1週間目に俺たちは地下50階に到達する。

「ここが最深部です。次の階へ行く階段はありません」

 最下層は一転して大広間になっていた。

 それまでは石造だった床が金属製になっていた。入念に磨かれて光沢を放っている。

 そして部屋の奥にある扉の前には棺桶のようなものが鎮座している。

 バンッっと内側から蓋が跳ね上げられ、棺桶の中で眠っていたやつが起き上がる。

 最後の敵はより強化されたホムンクルスだった。

 盾を捨てて二刀流になってる。加えて背中の熱線触手は4本に増えていた。

 ひと目見ただけで、相手の攻撃の手数はかなりのものだとわかる。

 俺たちが警戒していると、相手は四本もある熱線触手をてんでんばらばらの方向に向けた。

「うん?」

 俺が訝しむのをよそに、強化ホムンクルスは熱線を撃つ。それは無意味に壁や天井に命中するだけで……

 いや! 熱線は反射して俺たちに向かってきた!!

 室内で乱反射する熱線を即座に見切るのはあまりに困難で俺は胸を貫かれる。

 さらにはトラベラーは命中こそしなかったものの、かすめた熱線で足に軽傷を負う。

 それを見たい俺は背中に悪寒を感じた。

「トラベラー!」

 俺はC.H.E.A.T能力で死なないが、トラベラーは違う。

 即座に彼女に触れ、伝播したイモータルEXの力が足の怪我を癒す。

 直後、大広間の入り口が閉じて閉じ込められてしまった。

 まずいぞ。トラベラーのバリア装置では熱線を防げない。それをこうも乱射されては、イモータルEXの能力伝播を維持しないと彼女が死ぬ。

 もちろん今も彼女はスマートアローを放っているが、ことごとく熱線で撃ち落とされている。

 接近戦を挑まなければ強化ホムンクルスを倒せない。

「調月さん、あなたも攻撃を!」

 トラベラーの言葉に俺は一瞬躊躇った。

 いいのか? ここはトラベラーを守るのに専念するべきなんじゃ?

「この程度の窮地を乗り越えられなければ調査員は務まりません!」

 俺の心を見透かしたようにトラベラーが言う。

 覚悟だ。トラベラーにはそれがある。困難に立ち向かい、務めを果たす心胆だ。

 俺とトラベラーはさほど歳は変わらないが、彼女の目は本物の大人が持つそれだ。

 俺の中にあった焦りが使命感で払拭される。

 授かったチートに相応しい者になるべきだ。

 仲間の命に責任を持つ。それを果たした先に、俺が異世界冒険に求める輝かしいものが現れるのだろう。

「分かった。死なないでくれよ」

 俺は覚悟を決めた。

「当然です。私には帰りを待つ人がいます」

 俺はトラベラーから離れ、強化ホムンクルスに向かうと、やつの熱線触手がこちらを睨んだ。

 トラベラーが矢を放つ。熱線は俺ではなく矢の迎撃に使われた。

 今だ! 間合いへ入り込み、上段から剣を振り下ろす!

 交差した剣が俺の一撃を受け止めた。

 速い!

 これまでの敵から、剣の扱いがさらに改良されている。

「そのまま抑えてください」

 側面に回ったトラベラーが矢を連射する!

 だが強化ホムンクルスは背中の触手から熱線を撃って、矢を蒸発させた。

 触手からさらに熱線が乱射される。だがそれは室内を反射し、全て俺に命中した。

 俺は死に、一瞬で蘇る。その一瞬で力が抜けてしまい、強化ホムンクルスが俺の剣を弾きあげた。

 流石に剣を取り落としはしなかったが、体勢を大きく崩してしまう。

 強化ホムンクルスが操る二本の剣が俺の体を一瞬でズタズタに切り裂く。

 俺は歯を食いしばって倒れないよう耐え、再び剣を振るう。

 ここで倒れれば全ての攻撃がトラベラーに集中する。そうなれば俺の負けだ。

 こうしている間にもトラベラーは絶え間なく矢を放っていて、強化ホムンクルスはそれをことごとく熱線で迎撃している。

 だが全ての触手が矢の迎撃に徹しているわけではなく、半分がトラベラーを攻撃している。

 いくら彼女でも乱反射する熱線を避けながら矢を放ち続けるのは限界が来るはずだ。

 その前に強化ホムンクルスを倒さないと。

 だが、俺は一刀流で相手は二刀流。単純に手数が不利だ。イモータルEXがあるからと言って守りは捨てられない。なぜなら相手の攻撃を受けてしまうとその衝撃で攻撃機会を潰される。死ななくともある程度の防御と回避は必須だ。

 剣の打ち合いの最中、強化ホムンクルスが2本の剣を同時に突き出す。

 回避を……いや!

 俺はその攻撃を全く防御せず二本の剣が突き刺さるのを許した。

 俺は全身に力を込めて筋肉を収縮させる!

「とったぞ!」

 武器が俺の体に刺さったことで、強化ホムンクルスの動きが一瞬だけ硬直する。

 その瞬間を逃さない。俺は敵の首を刎ねた。

 首の断面から乳白色の血が噴水のように吹き出す。

 強化ホムンクルスは両手から剣を手放し、どさりと崩れ落ちるように倒れた。

●Tips
不定の迷宮
 アドル大陸3大迷宮の一つ。毎日構造が変化するため、マッピングが役に立たない。
 元は古代文明の地下工場であり、必要に応じて構造を自ら組み替えることで、人々に数々の生活必需品を生産して提供していた。

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