【小説ワンシーン集】異世界メイド英雄譚①
生贄の祭壇に縛り付けられたシャーロットは賢明にもがくが、手足の枷はびくともしなかった。
(こんなことなら、彼女の言葉に耳を傾けるべきだった)
最初のクエストはルビィ・アイレスと行くようにと父親から命じられた。英雄王女とともに魔王を倒したメイドを祖先にもつアイレス家の評判はもちろんシャーロットも知っていたが、しかしその親心はかえってシャーロットに反発感を持たせてしまった。
自分だって誉れ高い騎士一族の末裔だ。子守など不要とルビィの目を盗んで単独行動に出た。
その結果がこれだ。自分の実力なら5、6人程度の弱小邪教団など恐れるに足りないと思って奴らの本拠地に突撃した所、敵はつい最近になって入信者が現れて人数が倍になっていた。
ちゃんと偵察をしましょうとルヴィは言っていた。
そこですぐに撤退していればまだ良かったが、シャーロットは騎士たるもの背を向けて逃げるのは恥だと見栄を張ってしまった。
結果、彼女は捉えられ、今こうして邪教の生贄にされようとしている。
邪教徒達は祭壇の周囲で聞いたこともない言語でおぞましい呪文を唱えている。
「父上、私は愚かでした」
死ぬ前に暴言をぶつけてしまったルビィに謝りたいと思ったが、おそらくはそれすらも許されないだろうとシャーロットは諦観の念に捕らわれた。
「今こそ! 我らの神が降臨せし時!」
邪教の教祖が邪悪な形の短剣を振り上げる。それをシャーロットの心臓に突き立てるつもりなのだ。
もはやこれまでと思ったシャーロットは思わず目をつぶる。
その時、魔法の発射音が祭祀場に轟いた。
目を開けると教祖が手を押さえている。誰かが短剣を持つ手を魔法で撃ったのだ。
「そこまでです。シャーロット様を返して頂きます」
「誰だ!?」
教祖や邪教徒達の視線が一点に集まる。
そこに人影がいた。キャトリアン特有の猫の耳と尻尾。それにメイド服を来ている。
人影が前に出る。その姿があらわになった。
「ルビィ!」
ルビィは右手のマジックガンから炎の魔法:熱線の方を連射し、シャーロットの枷を破壊した。
「逃してたまるか!」
シャーロットは教祖を蹴り飛ばした後、祭壇から飛び起きる。
「シャーロット様、これを!」
ルビィが投擲したのはシャーロットの剣だった。受け取ったシャーロットは近くにいた教祖を斬りつける。
「ぎゃあ!」
「教祖様!」
「おのれ、よくも!」
邪教徒達が襲いかかる。
シャーロットは必死に剣を振るった。生き残るという気持ちが雑念を払ってい、シャーロットの才能とこれまで培った努力を不足なく発揮させていた。
ルビィの援護射撃もあって、邪教徒達が次々と倒れていく。
「こ、こうなったら、質は下がるが私自身を生贄にするしかない」
まだ息がある教祖がシャーロットに突き立てようとした短剣で自分の心臓を貫く。
教祖の血を浴びた祭壇から妖しい光が放たれ、おぞましい姿をした巨大な怪物が召喚された。
「おお、我が神よ、どうかこの不信者に罰をお与えください」
その言葉を最後に教祖は絶命した。
怪物が叫ぶ。教祖はこれを神と呼んだが、この世の清らかなものを冒涜するかのようなおぞましい姿をシャーロットは神と思いたくなかった。
ルビィが射撃する。魔法の熱線は邪神の頭と心臓を撃ち抜いたが、絶命する気配は一切なかった。
「ルビィ、逃げよう!」
つまらない見栄を捨てたシャーロットは、状況を冷静に判断した。
「いえ、シャーロット様、お待ち下さい。ラストリゾートに反応があります」
ルビィの腰から何かが光っている。ラストリゾートはルビィのもう一つのマジックガンだ。ルビィが普段使っている、ソーサラーウェポンズ社のN9モデルと違い、それは古代文明が作ったものであり、使うべき時しか使えないと前に聞いていたのをシャーロットは思い出す。
さらに新しい光が生じる。ルビィのガンベルトにあるスペルカートリッジだ。たしかあれも、古代文明の特別製で、失われた大魔法が封じられているはずだ。
「なるほど、今回の大魔法はこれということですね」
ルビィはラストリゾートに光り輝くスペルカートリッジを装填する。
邪神が近づいてくる。
「これこそは古代文明が編み出した大魔法! 全てを消し去る破壊の光! その名も、極光の魔法!」
ルビィがラストリゾートの引き金を引くと、銃口から凄まじい光を放つ大光線が発射された。
邪神が光に飲み込まれる。
そして光がおさまると、邪神の姿はどこにもなく、代わりに祭祀場の壁には巨大な穴が空き、そこから満月が見えていた。
「さあシャーロット様。これでクエストは完遂です。街に戻りましょう」
ひと仕事終えたルビィはニコリと微笑んだ。
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