19話 責任4
「お前のことはクリエから聞いていてね」
マーティンさんは手すりに寄りかかりながら海を眺める。
「お前が来てくれたおかげで、彼女はようやく前に進めた。ありがとう」
「俺は辛い事実を突きつけただけです。もっと上手い伝え方があったかもしれない」
「どうやったって辛いのは変わりないさ。それでも心を壊死させたままよりはマシだ」
俺たちの目の前に渡り鳥が現れる。船と並行して飛ぶその鳥は、カモメに似ているがその羽根は日光の当たって7色に輝いていた。
「ところでコウチロウ、お前の仲間はどうしたんだ? まさか一人というわけでもないだろう」
「船がつくまではお互い自由行動ってことにしています。つい最近知り合ったばかりなので接し方が分からなくて」
「分かるよ。ジンヤと俺達もそうだった。最初はギクシャクしたものさ」
マーティンさんは苦笑いする。
「別にそこまで難しく考えなくていい。ようは互いに足を引っ張り合わなければそれで良いんだ。ジンヤだって、俺達とパーティーを組んだばかりの頃は、最初から絆を結ぼうと努力しなくても良いといっていた」
意外だった。俺の知る仁也さんは、他人に馴れ馴れしい態度は取らないものの、かといって人の和を軽んじるような人じゃない。
「パーティーに信頼関係とかは必要では?」
「もちろんそのとおりだ。だが、パーティーは遊び友達じゃない仕事仲間だ。俺たち冒険者たちにとっての信頼とは、仕事をきっちり務めることによって培われる」
冒険者とは遊びではなく仕事である。
その事実と同時に、俺は自分が仲間を望まなかった理由に気づいた。
仲間の命の責任を背負いきれる自信がなかったからじゃない。命の責任を背負って、遊びを仕事にしたくなかったんだ。
今ならトラベラーとの心の距離の原因が分かる。俺は遊びで冒険していたが、彼女は仕事のために冒険していた。
ツンケンとした態度を取られるのも当然か。トラベラーは恋人とは違う男のヒロイン役をやらされているのを怒っているんじゃない。冒険をただの娯楽としか思っていない俺に怒っていたんだ。
この時、俺の中から異世界冒険に対する浮ついた気持ちは消えた。
「たしかにそうですね。今は余分なことを考えず、やるべき事をやるのに専念します」
でも、異世界冒険したい夢そのものは捨てない。それまで捨てたら俺はなんのために、ここにいるのか分からなくなってしまう。
なにより、トラベラーは自分の仕事を果たすために、俺の異世界冒険を成功させなければならない。遊びで始めた事とは言え、途中でやめてしまったら彼女に対してあまりに不誠実だ。
「それで良い。その気持さえ忘れなければ、お前とお前の仲間の間にいずれ信頼は生まれるさ」
俺とマーティンさんが話していると、横合いから誰かが声をかけてきた。
「マーティン殿」
「ルドルフ、久しぶりだな。王都に務めるお前が何だってこんな所に? 休暇か?」
「いえ、まさに仕事中でして」
「ここでか?」
マーティンさんが訝しむ。このルドルフという男が言う仕事とは本来こんな場所では行わないかのようだ。
「失礼ですが、そちらの方は?」
「ジンヤの親戚だ。信用できるやつだよ。少なくともクリエがジンヤの剣を譲る程度には」
「勇者の剣の継承者とは! ならばマーティン殿と一緒にお願いしたい事があります」
「それは一体?」
俺が尋ねるとルドルフは周囲の目を気にするような素振りを見せる。
「ここで話すのは都合が悪い。申し訳ないが、我々が貸し切った一等室の方へ……」
その時、船首付近で爆発が生じ、船が激しく揺れた。
「くそ! 恐れていたことが!」
「近衛兵のお前がいるってことは、この船に姫様が乗っているんだろう?」
マーティンさんの問いにルドルフが答える。
「そうだ。ディスパルティゴ山脈内陸部の視察されておられたのだが、何者かに王族専用船を沈められ、仕方なくこの船で王都へお戻りになられる予定だった」
一等室を全部貸し切った特別な客とはお姫様だったのか。
ならさっきの爆発はその人を狙ったものだろう。
「聞こえるか! お前を手に入れるためにあの世から帰ってきたぞ!」
何らかの方法で拡大された声が上から響いてくる。
見上げると空中に静止した人の姿があった。
「馬鹿な! 奴は死んだはずだ」
「一体あそこにいるのは誰なんです?」
マーティンさんは襲撃者の名を口にする。
「あいつは汚物より卑しい男グレント・ガードナー。5年前に俺たちが倒した第二の魔王軍の一人だ」
マーティンさんの顔には冷や汗が浮き出てる。死んでたと思ったら男が生きてたと知ったら当然か。
「調月さん!」
混乱に陥った乗客をかき分けてトラベラーがやってきた。
「彼女がコウチロウの仲間か?」
「そうです」
俺は彼女が仲間だとマーティンさんとルドルフに説明する。
「トラベラーと言います」
「マーティン・オルトだ。コウチロウと一緒に手を貸してくれ」
「ルドルフ・ロバーツだ。私からも頼む。今はとにかく姫様のご安全が優先だ」
直後、再びグレントの声が響いた。
「出てこい! お前は俺のモノになるんだ。出てこないならもう一発、お見舞いしてやる」
グレントは空中で弓を構える。
それを見たマーティンさんが叫ぶ。
「まずい! 奴は〈爆弾使い〉のレアスキルで矢を爆弾化できる!」
敵はかなり強力なスキルを持っているようだ。
「私が対応します!」
グレントと同時にトラベラーが矢を放った。
トラベラーのスマートアローは爆弾矢を正確に追尾し、直撃前に起爆させた。
爆発にともなう熱波が襲ってくるが、幸い距離があったので実害にはいたらない。
グレントが次に矢を取り出した時には、すでにトラベラーは第二矢を放っていた。
それを見たグレントは慌てて上昇して回避する。
「雑魚の分際で邪魔するな」
グレントはトラベラーに狙いを変えて爆弾矢を放つ。
もちろんそれはトラベラーが即座に撃ち落とすが、状況はこちらに有利とは言い難い。
スマートアローは追尾性を持つが空中のグレントに届くほどの射程はない。
一方、グレントは上から下へ射撃するので、射程なんかほとんど関係ない。
「ルドルフは姫様のところへ! グレントは俺たちでなんとかする」
「すまない!」
マーティンさんに促され、ルドルフは守るべき人のところへ戻る。
●Tips
アビリティCP
アカシックが考知郎に与えたC.H.E.A.T能力の一つ。対象が持つ能力や特殊技能をコピーできる。擬似的な能力看破としても代用可能。
対象の能力に何らかの代償があっても、アビリティCPでコピーしたものはそれを無視して実行できる。
マーティン・オルト
仁也に力を貸したエルフの男。
全てのコモンスキルを使える〈汎用特化〉のレアスキルを持つが、世間はコモンスキルなどいくら使えても無駄と彼を評価しなかった。
仁也との特訓を通じて、コモンスキルの同時使用で擬似的なレアスキルを使えるようになる。
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