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ほうき星の魔女と妖魔の王子

 魔法使い用の宇宙戦闘服に身を包んだ赤木鳩美はラックから自分の銃を掴み、手でスペルホイールを高速回転させる。マニ車効果によって1回転につき1呪文が詠唱され、数秒で30発ほどの魔法が銃に充填された。
 ヘルメットに内蔵された通信機から声が響く。

「観測班から通達。襲撃妖魔は戦闘機タイプが50。戦艦タイプが1」

 この間の襲撃と戦力はさほど変わらない。油断しなければ勝てる相手だが、鳩美に油断できるほどの心の余裕はない。
 仲間が次々と出撃し、鳩美の番がきた。

「私は出来る。私はやれる」

 鳩美は宇宙戦闘服の機動スラスターから魔力を噴出して加速。出撃口から弾丸のように飛び出す。
 視界の隅で遠ざかる母船、白百合号を見る。
 少し前までは、ほうき星魔女学院が保有する訓練船という程度の認識だった。しかし、今は違う。鳩美にとって自分の命とイコールで結びついている。

 それは母校愛ではない。移民船団の本隊からはぐれ、2、3日ごとに妖魔の襲撃を受ける今の状況において、白百合号を失えば宇宙の藻屑となって死ぬ。守るのに必死となるのは当然だ。鳩美だけで無く、他の魔女学生もそうだろう。
 速力のある戦闘機タイプが目視可能な距離まで接近してきた。

 エイを連想させる姿をした妖魔は、ヒレの下部に自爆能力を持つ小型妖魔を有する。要するに生きたミサイルだ。宇宙生物でありながら戦闘機と呼ばれる理由がそこにある。
 戦闘機タイプが妖魔ミサイルを一斉に発射してきた。鳩美より先に出撃した魔女学生が防御の魔法を展開して無力化する。

 反撃は鳩美たち中衛の役割だ。魔法銃に充填した〈炎の魔法・熱線の型〉を発射する。
 煌びやかなオレンジの線が宇宙を走ると、無数の爆発が生じる。
 観測班からの連絡で、少なくとも半分以上の戦闘機タイプを倒せたと鳩美は知った。

 残弾魔法はまだ残っている。鳩美は攻撃を続けた。
 わずかに残った戦闘機タイプは既に妖魔ミサイルを撃ち尽くし、やぶれかぶれのドッグファイトを挑んできた。その内の一体が鳩美に迫る。
 戦闘機タイプは魔力弾を機銃のように連射する。鳩美はスラスターを巧みに操って回避した。彼女の機動戦闘の成績は学年1位を誇る。その技量は、数度の実戦を経てますます洗練されていた。

 鳩美は引き金を引く。銃口から放たれた熱線は敵の移動先を予測して放たれており、不運な戦闘機タイプは避けたと思った先に致命的一撃を受けてしまう。
 敵を片付けた鳩美は周囲を見る。他の生徒達は互いに死角を補いながら戦闘機タイプに対処していた。

 その時、極太の魔力光線が宇宙を貫く。足の遅い戦艦タイプがようやく鳩美達を射程内に収めたのだ。
 戦艦タイプは長い円錐形の体型で触手が生えており、地球のイカに酷似している。頑丈で、なおかつ自己再生能力を持ち、さらには触手の先端から魔力光線を発射する。

 魔女学生達は一斉に散開した。彼女たちの防御の魔法では魔力光線に耐えられない。
 妖魔の主戦力であり、本職の魔法戦闘員ですら時には死者すら出す戦艦タイプに、鳩美は一人で突撃する。若さ故の無鉄砲とは違う。確実な勝算と自信があってのことだ。

「赤木さん、頼んだわ!」
「はい、先生!」

 白百合号の船長かつ鳩美のクラスの担任魔女の声には、生徒を矢面に立たせる申し訳なさと、鳩美に向けた信頼が半分ずつ合った。
 鈍重な本体と異なり、戦艦タイプの触手は驚くほど機敏に動く。だが鳩美は魔力光線を巧みに避けて肉薄する。

 鳩美は腰のマジックセーバーを抜き、親指で弾くようにスペルホイールを回転させる。
 セーバーから青白いエネルギーの刃が生成された。
 戦艦タイプの触手の一本をセーバーで切りつける。一刀で触手を断つと、断面がみるみるうちに凍り付く。

 戦艦タイプは冷気に弱く、体が温まっていなければ自己再生できない。
 全ての触手を冷凍エネルギー剣で切断した鳩美は、再びセーバーのスペルホイールを回転させる。
 回転数が増すごとに〈冷気の魔法〉が多重詠唱されてセーバーに蓄積され、エネルギー刃が伸びていく。

 ヘルメットの中で「えいやー!」と気合いの声を響かせながら、鳩美は500mを超える刃を振り下ろし、戦艦タイプを両断する。
 断末魔の悲鳴がとどろいた。無論、ここは宇宙だ。空気の振動である声は聞こえない。だがしかし、確かに鳩美には耳をつんざくような悲鳴を聞いたのだ。妖魔を倒すと、しばしばこのような現象が起きる。

 50年前、人類が始めて宇宙開拓に乗り出したとき、妖魔が現れた。それ以来、人類はこの宇宙生物を調べているが、倒すと死体は残らず、また生け捕りにしても即座に自殺するため、なぜ真空中で悲鳴が聞こえるのかはまだ解明されていない。

「こちら白百合号。観測班が妖魔の全滅を確認しました。全員、帰還してください」

 鳩美は軌道スラスターを軽く吹かして白百合号へと向かう。

「やったね、鳩美!」
「赤木さんと一緒ならどんな妖魔にだって勝てるわ」
 
 帰還すると鳩美は英雄扱いだった。今回の戦いで戦艦タイプを倒した手柄だけではない、これまでに何度も白百合号の危機を救った故だ。

「そんなことありませんよ。妖魔は群れをなして襲ってくるのですから、一人がどんなに強くても勝てません。勝てたのは全員の力のおかげですよ」

 そうやって謙虚な言葉を口にすると、皆はますます鳩美を頼もしそうな目で見る。
 平時ならばささやかな満足感と共に、みんなの期待に応えるため、もっと頑張ろうと向上心を灯しただろう。
でも、と鳩美は心の内でつぶやく。

 万事が命がけともいえるこの状況において、周囲の期待は鳩美の心にブラックホールのごとく超重力を与えていた。
 移民船団の本隊から白百合号がはぐれてもう3週間になる。白百合号自体がある程度の自給自足機能を持っているので、あと1年は生存可能だが、乗組員の教師や生徒の精神的疲弊は徐々に限界へ近づいている。鳩美自身、自分の心の強度が限界に近づきつつあると自覚していた。

 それでも鳩美はクラスメイト達を励ますような笑みを浮かべた。鳩美はいわば、ダムに入った小さな亀裂を手のひらで押さえているようなものだ。ここで最初に鳩美がくじけてしまえば、連鎖反応で白百合号全体の士気は粉砕され、あっというまに全滅してしまうだろう。
 本隊と合流するまであと2週間。それまで鳩美はくじけない。くじけてはならないのだ。

 白百合号の戦いを遠くから観測している二人がいた。
 驚くべき事に、彼らは生身を宇宙空間にさらしていながら平然と生きていた。
 彼らは声では無く指向性のテレパシーで会話しており、それは言葉を使わない直接的な意思疎通だった。
 二人の会話を地球人が理解できるよう言語化すると次のような内容だった。

「いかがでしょうか、あの者達は。コースター殿下の妃狩りの獲物として不足は無いかと」
「美しい。道具に頼らねば生きられぬほど儚い命でありながら、ギュント族戦闘機タイプガラント族戦艦タイプを無傷で撃退するほどの力を持つ。こんなにも不思議な命が、この世にあったとはな。よく見つけてくれた」
「恐縮です。苦労して、あの船を〈テンキヤットの神秘転移の魔法〉で本隊から引き離した甲斐がありました」
「決めたぞ、ランター。俺はあいつら全員を手に入れる。ガラント族を倒した娘を我が妃にし、残りは側室として後宮に入れる」

その直後のコースターの思考は、ランターには伝播しなかった。彼らのテレパシーは他人に伝えたいと思った思念だけが伝わる。

(俺の妃は他の者からは鳩美と呼ばれていたな。お前を手に入れる日が楽しみだ)

コースターは妖気を含む目を白百合号へと向け、鳩美の名を心に深く刻む。


※本作はむつぎはじめさんの個人企画【サイエンス・ファンタジー ワンシーンカットアップ大賞】の投稿作です。


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