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12話 不定の迷宮3

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 堕落冒険者と遭遇しないことを祈りつつ迷宮の攻略を進めるが、もう最短ルートを通ってもなお、次の階に到達するには一時間以上もかかってしまうようになった。

 そうして20階まで踏破した頃にはすでに夜の7時を回っていた。

「今日はここが限界か」

「そうですね。迷宮の組み換え時間が始まる前に戻りましょう」

 俺たちはエレベーターで地上へと戻り、そのままマテリアの店へ向かった。

「やあお帰り。そっちの子は初めてだね」

「昨日の夜に知り合ってパーティーを組んでいます」

「ああ、噂の新人だね? スキルが無いのにとても強いとか」

 まあ大勢の前で先輩冒険者をのしてしまえば1日で噂になるのも当然か。

 当の本人は興味深そうに店に並んでいるマジックアイテムを眺めている。

「それで、迷宮探索の成果を持ち込んでくれたかな?」

「ええ。これです」

 俺は店のカウンターに迷宮で手に入れたものを並べる。

「これはすごい! 15階より先じゃないと手に入らないものもある。たった一日でそこまで行ったのかい?」

「はい」

 俺は隠さず正直に答えた。なんとなくこの人なら信じてくれるような気がした。

「もしかすると君たちなら不定の迷宮を踏破できるかもしれないね」

 マテリアはアイテムの買取金で重くなった革袋を渡してくれる。

「もちろん、そのつもりです」

 俺はそれを受け取りながら言う。

「いいね。今となっては稼ぎさえあれば良いと、冒険を避ける冒険者が多いんだ。君たちの手で、停滞した雰囲気に風穴を開けてくれ。応援しているよ」

 気持ちのいい人だ。仁也さんの仲間なだけある。

「それじゃあ俺たちはこれで」

「ああ。また来てくれ」

 想像以上の収入が入ったので、俺達はちょっと豪勢な夕食を取ることにした。遅くなったが、パーティーの結成祝いだ。

「そういえば気になっていたんだが、トラベラーって名前は本名なのか?」

「お答え出来ません」

「こことは違う異世界の出身と聞いたが、どんな世界なんだ?」

「お答え出来ません」

 これから一緒に組むのだから少しは相手を知ろうと、俺はトラベラーのことを色々訪ねてみたものの、彼女は答えられないの一点張りだった。

「ちょっとした世間話程度ですら機密なのか?」

「はい」

 トラベラーは冷たく返事をするだけだ。

「だったら私が教えてあげる」

 いつの間にかアカシックが俺たちと同じテーブルにいた。

「アカシック、やめてください」

 トラベラーの声が少し殺気立ってる。

「別にいいじゃないの。機密とはいっても、みだりに公言するなってレベルのことしか話さないわ。それに、さすがにあなたのスリーサイズとか下着の色は教えないわよ」

「当たり前です!!」

 さすがのトラベラーも殺気立った視線をアカシックに向ける。

「で、トラベラーについてなんだけど。想像通り、彼女の名前はコードネームのようなもの。並行世界調査機関に所属する彼女は様々な並行世界から有用な技術や知識を持ち帰るのが仕事」

「並行世界ってどれくらいあるんだ?」

 トラベラーは「活性心肺法は100近くの並行世界で確認されている」と言ってた。少なくともそれだけの世界があるということになる。

「並行世界は無数にあるわ。まだまだ増えていくでしょうね」

「増える?」

「そうよ。世界はもともと一つだけだったんだけど、そこから枝分かれするかのように新しい並行世界が生まれていくの。これを樹状多次元世界と言うわ」

「あんたはこの世界とは元々無関係だって言ってたよな。もしかしてトラベラーと同じ世界の出身なのか?」

 俺の問に、当人はニヤリと笑みを浮かべる。

「勘がいいわね。ええそうよ。樹上多次元世界の原点である第1並行世界から最初に分岐した世界。第2並行世界が私の生まれた世界にして、トラベラーの故郷でもあるわ」

 なるほどだからトラベラーはアカシックを知っていたのか。

「それにしても第2並行世界はすごいな。普通、他の世界なんて行くことはもちろん、存在していると気づくのすら難しいだろう?」

「そうね。多分、私がアカシックリードを使わなかったら、第2並行世界は大した特徴のない世界のままだったでしょうね」

「アカシックリード? それって、前にあんたが自分を超能力者って言ってたのと関係あるのか?」

 一瞬。そう、ほんの一瞬だ。アカシックの顔が嫌悪感に歪んだような気がした。いや、気のせいだな。

「アカシックリードは別の世界にある知識が頭の中に入ってくる能力よ。普通は制御出来なくて知識がランダムに入ってくるけど、私は完全制御出来た」

「じゃあ俺のC.H.E.A.T能力は」

「そ、私が能力で集めた知識を元にして作った技術よ。あなたが選んだ力は、もともと他の並行世界で誰かが持っていた超能力で、それを他人に後付け出来るようにしたの」

「そんなすごい力を、遊びで使ってるのかよ。もっと、こう世のため人のために使ったほうが良いんじゃないか?」

 俺がそういった時、アカシックの雰囲気が急に変わった。

「冗談じゃないわ」

 アカシックは切り捨てるように言った。

●Tips
第2並行世界
 トラベラーやアカシックの故郷。
 全並行世界の始祖である第1並行世界から最初に分岐した並行世界。
 アカシックがもたらす知識で文明が急速に発展した。
 彼女が去った後は、並行世界調査機関の調査員を他の並行世界に派遣し、そこの知識や技術を収集して文明の発展に役立てている。

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