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#パルプアドベントカレンダー2020 全ては安らかな夜のため

 クリスマスは変わった。
 プレゼントは工場で大量生産された既製品ばかりとなり、子どもたちもそうであれと願っている。
 しかし変わらないものもある。
 サンタクロース本来の使命。子どもたちに贈るべき真のプレゼントは今もなお変わらない。

 師走・クリスティーナ・美代は深夜の公園で一人佇んでいた。
 サンタクロース服を纏う姿は、ともするとクリスマスパーティーの帰りのように見えるが、静かなる闘志を秘めた瞳と、腰の刀がそうではないと証明している。
 何より、この衣装は彼女の”正装”である。
 腕時計をみれば23時57分とある。後三分で12月25日だ。
 美代の胸には小さな不安があった。

 グリーンランドでの訓練。参加者の99%が途中で脱落するほどの過酷なそれを乗り越えた自負はあるが、やはり初仕事ともなれば緊張の一つもする。
 果たして自分に成し遂げられるのだろうか?
 否、成し遂げられるかではない。
 成し遂げねばならぬのだ!

「全ては安らかな夜のため」

 美代が祈るように言葉を紡いだ時、日付が変わった。
 目の前の地面に赤くおどろおどろしく輝く魔法陣が現れる。地獄と現世をつなぐ忌まわしき門だ。

「ホー、ホー、ホー」

 美代が行う特殊な呼吸法は、細胞の一つ一つを極限まで活性化させ、彼女は超人と化した。
 そして魔法陣の輝きが頂点に達した時、悪魔が美代の前に現れた。
 瞬間! 美代は抜刀し、刃を悪魔の首に叩き込む!

 力、速さ、技、その全てが必殺の一撃である。
 ただし相手が人であるならば。
 悪魔は腕で防御した。
 金属がぶつかり合うような音が響く。
 美代の一刀は鉄すら切り裂くが、悪魔の腕は体の他の部位よりも飛び抜けて強靭であり、鋼よりも強固だ。

「忌々しいサンタクロースめ。今年も邪魔しに来たか」
「何度でも邪魔してやるわ。私達サンタクロースはそのためにいる」

 毎年、クリスマスになると月明かりに魔力が帯びるようになる。悪魔たちはそれを利用して地獄と現世をつなぐ門を創造するする。
 悪魔が現世にいられるのは666秒間。その間に悪魔は子どもたちを食らって力をつけると、その後も現界し続けられる。

 それを防ぐために悪魔を討つ超常の戦士。それこそがサンタクロースの真の姿。
 そしてサンタクロースが子どもたちに贈るプレゼントとは、悪魔に脅かされることなく、安らかに眠れる夜である。
 今もこの瞬間、美代以外のサンタクロースが別の場所で悪魔と戦っているだろう。
 美代は一旦後ろへ飛び、間合いを取る。

「その武器、その構え。サンタクロース刀殺法だな」

 長きに渡る歴史において、悪魔を滅するためにサンタクロースたちは様々な武術を編み出した。
 当然、日本刀を使う剣術も含まれている。

「噂じゃ相当手強い武術って話だが、どこまで本当かな?」

 悪魔は両の拳を握る
 ボクシングの構えであった。
 悪魔の何が恐ろしいのか?
 生半可な傷では死なない強靭な肉体? 違う。
 生まれながらに身につけた魔術? 違う。

 答えは今、美代の目の前にある。
 武術である!
 持って生まれた肉体と魔術に驕らず、さらなる力を求める。
 研鑽!
 それこそが悪魔の恐ろしさの本質。クリスマスに子供を食らって力をつけるのも、強くなるための手段に過ぎない。

「シッ!」

 短く息を吐いた悪魔が一瞬で間合いを詰めて右ストレートを繰り出す。
 美代がそれを刀で受けた瞬間、悪魔の拳から小爆発が生まれた。
 衝撃でふっとばされた美代はとっさに空中で制動をかけ、着地する。
 爆発するパンチ!
 おそらく火の魔術の変化型を拳に宿していたのだろう。多くの悪魔は魔術と武術を合わせて使う。

「やっかいね」

 攻撃も防御もうかつには仕掛けられない。刀が悪魔の拳が触れれば、爆発によって先程のように体勢を崩されるだろう。
 悪魔の拳に一切触れることなく仕留める必要があった。
 無論、達人同士の戦いでそれをするとなると極めて困難になる。

「どうした、サンタクロース!」

 悪魔がマシンガンのごとく激しい連続ジャブを繰り出す! 美代は巧みな体捌きでそれを紙一重で避けていた。

「ちょこまか動くな!」

 悪魔が美代の足を踏みつけようとする。試合ならば反則行為! だがこれは死合である!
 美代は踏みつけられる直前に悪魔の足首を斬りつける。鋼より頑丈なのは腕のみなので、容易く切断された。
 突然片足を失った悪魔はバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
 首を取る好機! 美代は刀を振るう!

 しかし悪魔も達人! とっさに地面を殴り、爆発の衝撃で素早く身を起こした!
 さらに足はこの時すでに再生を終えており、悪魔はしっかりと地を踏みしめたストレートを反撃に繰り出す!
 美代はとっさに後ろへ飛んで避けた。
 再び間合いを開けた美代は、次は刺突の構えを取る。

 悪魔は子どもを喰らわない限り666秒間しか現界出来ないが、さりとて時間切れを待つつもりはない。
 ここで悪魔を逃せば、また来年のクリスマスにさらなる研鑽を積んでやってくるだろう。
 今ここで! 殺さなければならない!
 サンタクロース刀殺法において、刺突は最速の技。美代は防御する間もなく一瞬で心臓を貫くつもりだ。

 一瞬の静寂。しかし極限の集中状態ではその一瞬すら長い。
 美代は地を蹴り、刺突を繰り出す!
 常人ならば目にも留まらぬ超スピード!
 だが、悪魔はそれに追いついた。
 悪魔は爆発の魔術を込めた裏拳で刀を叩く!
 鈍化した時間感覚の中、悪魔がニヤリと笑う。美代の渾身の一撃を防ぎ、自分の勝利を確信した顔だ。

 小爆発の衝撃が加わり、刀が弾き飛ばされそうになる。
 悪魔が拳を繰り出そうとする。武器を弾いた衝撃で美代の体勢を崩して一撃を入れるつもりだろう。
 美代はこれを待っていた。
 刀を弾く爆発を利用し、美代は体を高速回転させる!
 月光を受けた刃のきらめきが円を描くと、悪魔の首が宙を舞った。

 必勝を確信したがゆえの油断。美代が放った予想外の回転斬りは見事悪魔の首を討ち取った。
 真っ向勝負は得てしてあっさりと決着がつくものだ。
 動揺、慢心、あるいは不運。それらはほんの僅かであっても、敗北と死をもたらすのだ。

 サンタクロースも悪魔も、等しくその摂理からは逃れられない。
 悪魔の体から血が噴水のように吹き出し、美代は返り血を浴びる。
 サンタクロースの服が赤いのはこのためだ。もし血まみれの姿を子どもに見られても、怯えさせずに済む。

 あとは支援部隊が全ての痕跡を消し去ってくれるだろう。
 美代は刀を納め、立ち去る。
 帰る時、美代は自分が守った街を見る。
 きっと誰も悪魔が現れたなどと知る由もないだろう。

「ああ、良かった」

 子どもが安らかに眠っている。その事実は美代の心に誇りを与えた。


あとがき

 銀星石です。サンタが贈る真のプレゼントの物語、いかがでしたでしょうか?
 実は本企画に参加した時点では全くのノープランでした。
 最初は「もし現実にサンタがいるとしたら」と言う考察から始めました。
 サンタはプレゼントを贈る存在ですが、現実には子どもの親たちがオモチャやゲームソフトなどを与えてます。
 その事実と矛盾しないよう、サンタのプレゼントはおもちゃの類ではなく、全く別のものであったとしたら? と考えた瞬間、一気にアイデアが溢れてきました。
 こうして子どもたちを人知れず守るヒーローとしてのサンタ像が固まり、本作が完成したのです。
 さて明日の12月5日はのりもんさんの「ボーイズ・ヴァーサス・ブラックボマーサンタ」が公開されます。お楽しみに!

本作は #パルプアドベントカレンダー2020 参加作品です。


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