メカ悪役令嬢 前編
国家なる存在が過去の遺物となり、人々は自由競争の名という果てしない闘争に明け暮れた。
血と鉄の匂いが支配する凄惨なる世界。そこに一輪の花が現れた。
その花の名はメカ令嬢。
何の前触れもなく姿を表した未知の戦闘用少女型ロボットは、人間大のサイズでありながら、既存のあらゆる兵器を凌駕する力を持っていた
気高く、美しく、貞淑に振る舞い、それでいて強くあり続ける。メカ令嬢は最も美しい兵器であった。
多くのメカ令嬢は傭兵として生きた。その戦闘力を商品とし、対価を得ている。
その身体が闘争を求めるかのごとく、メカ令嬢は戦い続けた。
いつしか、その美しき鋼の花達が繰り広げる戦いに人々は魅了された。
もっと見たい。メカ令嬢の戦いを間近で感じたい!
その欲求はみるみるうちに膨れ上がり、一つのショービジネスとして結実する。
アリーナ。メカ令嬢が強さと美しさを競う暴力の花園である。
●
試合開始まで後15分ほど。観客の熱気はまさに最高潮であり、その歓声は出場メカ令嬢の控室にまで届いていた。
ヴィランレディはローナンの手によって最終調整を受けていた。
「どうでしょう?」
「完璧です。今日の勝利は間違いないでしょう」
ヴィランレディは名前に似つかわしくない朗らかな笑みをローナンに向ける。
「君には申し訳ないことをしたと思っている」
「急にどうされました?」
「僕は命を救うためとはいえ、君を戦闘マシーンに変えてしまった」
「いいえ。そんな事ありません。私はあなたに感謝しています」
ヴィランレディは白魚のような美しいマニピュレーターをローナンの手に重ねる。
「私は友の仇を討つための力を手にしたのですから」
ヴィランレディが子供をあやすようにローナンの頭をなでていると、試合の時間がやってきた。
「この話は後にしましょう。行ってまいります」
「ああ、勝利を祈っている」
アリーナのバトルフィールドに向かう。対戦相手はまだ現れていない。
流れ弾を防ぐためのバリアーの先、観戦エリアの特等席に目を向ける。
そこにいる者の名はブレイクショット。クイーン・オブ・アリーナの異名を持つランク1のメカ令嬢である。
「ブレイクショット……!」
ヴィランレディに激しい憎悪が湧き上がった。
彼女はブレイクショットを殺すために戦っているのだ。
「あらあら、随分と余裕ですこと」
コロコロとした笑い声。いつの間にか多脚型のメカ令嬢がいた。今日の対戦相手である、ジョロウスパイダーだ。
サイボーグであるヴィランレディと違い、ジョロウスパイダーは純粋なメカ令嬢だが、その自我はとてもロボットとは思えない。
メカ令嬢の知性は、人の脳機能を完全に模倣した人工脳と呼ばれるハードウェアから発生している。
ゆえに彼女たちは人工なれど、第二の人類と言っても過言ではない。
「デビュー以来、連戦連勝のようですが、簡単にルーキーへ椅子を渡すほどランカーは甘くないですわ」
順位が一桁台のメカ令嬢はランカーと呼ばれ、極めて強力であると特別視されている。
「あなたはどんな声で鳴いてくれるのかしら」
ジョロウスパイダーが残虐な笑みを浮かべる。ヴィランレディよりもよほど悪役らしい。
ヴィランレディなにも答えない。心にあるのはただ勝つことのみだ。
相手は決して油断してはならないが、しかし彼女をただの通過点として倒せないようでは仇には指一本届かない。
試合開始のカウントが始まる。
それと同時にヴィランレディとジョロウスパイダーの各部が発光する。
令嬢力の励起による現象だ。
これがメカ令嬢が単なる女性型ロボットとは異なる点だ。
それはメカ令嬢コアと呼ばれる部品から生み出される。
令嬢力による攻撃はあらゆる装甲を貫き、またあらゆる通常兵器の攻撃を寄せ付けない。
この世界においてメカ令嬢を倒せるのはメカ令嬢のみなのだ。
人々はアリーナに熱狂する。麗しい少女の姿をした超兵器同士の戦いは神話のような美しさを持つ。
そして試合が開始する。
初手はジョロウスパイダーだ。彼女はランチャーから粘着性の捕獲ネットを発射する。
相手を捕縛した後、確実に攻撃を当てて撃破する戦法を得意とするジョロウスパイダーはランカーに名を連ねるほどの勝率を誇るが、しかし爽快感にかけるので観客からの人気に乏しい。
ヴィランレディはレーザーブレードでネットを切り払う。その後、速射ライフルを三連射する。
カァオ! カァオ! カァオ! と独特の射撃音とともに令嬢力のエネルギー弾が放たれる。
だがジョロウスパイダーはそれを全て回避する。銃口の角度から攻撃位置を予測したのだろう。
「いい動きね。あなたみたいな正統派の子は久しぶりよ」
ジョロウスパイダーが言うように、ヴィランレディはスタンダードな中量二脚型だ。機動力と防御力をそれなりに確保したボディに、武器は速射ライフル、レーザーブレード、両肩にそれぞれ小型ミサイルポッドを装備している。
「ますます、あなたの鳴き声が聞きたくなった」
蜘蛛のような笑みを浮かべながら、ジョロウスパイダーは肩部のキャノン砲を撃つ。令嬢力を物質化した砲弾を放つそれは、防御特化の戦車型メカ令嬢でなければ耐えられない。当然、ヴィランレディは一発でも致命的だ。
高威力の反面、キャノン砲は二脚型や逆関節型のメカ令嬢では反動制御に苦労する武器だが、多脚型の彼女にそれはない。
多数の足によって射撃時の衝撃を分散することでジョロウスパイダーはキャノン砲を連射できるのだ。
連射される砲弾をヴィランレディは回避用のクイックブースターを使って致命的な一撃を避ける。
キャノン砲の連射の合間に、ジョロウスパイダーは粘着ネットを撃ってきた。動きを止めて確実に命中させるためだろう。
ヴィランレディは1回目と異なり、ブレードでの切り払いではなく回避を選んだ。そのほうが都合良い。
「そこ!」
回避直後のかすかな硬直。ジョロウスパイダーはそこを狙ってキャノン砲を撃った。さきほどの粘着ネットはこれのための囮だったのだ!
タイミングは完璧だった。今すぐクイックブースターを使っても間に合わない。
だからブレードは使わないでおいたのだ。
ヴィランレディはキャノン砲の弾丸をブレードで切り払う!
ネットを切りはらなかったのはこのためだ。一度でも腕を振ってしまうと、キャノン砲の弾丸を切り払いが間に合わなくなる。
「嘘!?」
まさか弾丸を切り払われると思わな騙ったジョロウスパイダーは驚愕する。
メカ令嬢の人工知性はあまりに高度かつ柔軟な思考ができてしまうため、時には精神的動揺が発生してしまうのだ。
ヴィランレディはブースターの推力を最大にして突進する!
ジョロウスパイダーは慌ててキャノン砲を向けてくるが、ヴィランレディはすでに懐に飛びこんでいる。
すれ違いざまのレーザーブレードがジョロウスパイダーの胴を真っ二つに溶断した!
『勝者、ヴィランレディ!』
審判の声がアリーナ中に響く。
この勝利をもって、ヴィランレディはランク9に昇格。デビューしてからランカーになるまで、アリーナの歴史上最短記録であった。
●
ニーナにとってメカ令嬢は友であった。
病死した両親が残した遺産を元手に事業を始めた彼女は、またたく間に若くして有数の資産家となった。
だが、自由競争を是とする今の時代、金の匂いに釣られたハイエナはいくらでもいる。
そこでニーナはホワイトレイヴンというメカ令嬢を護衛として雇った。
初めは契約上の付き合いに過ぎなかった二人の関係は、気が合ったのかいつの間にか友と呼べるものに変わっていた。
「私には夢があるの」
ある時、ホワイトレイヴンはそれを口にした。
「夢、ですか?」
「令嬢力をメカ令嬢以外でも使えるようにして、たくさんの人を幸せにしたいの」
「ですが、それは多くの人々が挑戦して失敗しているのでは?」
「そうね。私達を生み出した【研究所】は技術を公開していない。令嬢力を生み出すメカ令嬢コアに至っては何重もプロテクトを掛けている」
メカ令嬢を生み出した存在はすべてが謎に包まれている。【研究所】というのも、彼らが名乗らないので人々が便宜つけたものだ。
令嬢力は今までに類を見ない超エネルギーだ。メカ令嬢以外にも使えるようにしたいと願う者は何もホワイトレイヴンだけではない。
これまで多くの者がメカ令嬢技術の解明に挑戦した。その結果、新たにメカ令嬢のパーツや武装が開発されるようになったが、メカ令嬢コアの新造にはいまだ成功していない。
「それでも」
ホワイトレイヴンは機械じかけの瞳に確固たる意志を宿して言う。
「夢を諦める理由にはならない」
それを聞いたニーナは親友の夢を叶えたいと思った。
そこで恋人のローナンに相談した。彼は優秀な科学者でホワイトレイヴンの助けになってくれないかと持ちかけたのだ。
だが、その直後ニーナとホワイトレイヴンはブレイクショットに襲われた。
「あなた達は例外となってしまった。例外は修正しなければならない」
ホワイトレイヴンは懸命に戦ったが力及ばずに敗北する。
この戦いによってホワイトレイヴンは頭部を完全に破壊され、ニーナも致命傷を負ってしまう。
だがニーナは死ななかった。
気がつくと、彼女の体はホワイトレイヴンとなっていた。
「すまないニーナ。君を助けるにはこうする他なかったんだ」
ローナンはサイバネティックス技術に精通しており、頭部を破壊されたホワイトレイヴンの体を使い、ニーナをサイボーグ化して命を助けたのだ。
「あなたの仇は必ず取るわ……」
ニーナは新しい自分の体に復讐を誓う。
そしてヴィランレディと名を変えて、表向きは新しいメカ令嬢として戦場に身を投じた。
●
アリーナでの戦いの後、ヴィランレディにある依頼が舞い込んだ。
依頼名:ブレイクショット撃破
依頼人:サイドキック
依頼料:680,000,000クレジット
突然の依頼失礼いたします。
ブレイクショットを倒すのに協力していただけないでしょうか。
偽の依頼でおびき寄せ、そこを私とあなたの二人でアリーナの女王を倒すのです。
この方法でなければ私はランク1には昇格できないでしょう。
もし依頼を受けてくださるのならば、現地で合流した時点で依頼料は全額前払いいたします。
あなたはブレイクショットを恨んでいるとか。そちらとしても悪い話ではないでしょう
依頼人であるサイドキックといえば、アリーナでランク2を誇る一流のメカ令嬢だ。
彼女は他人に雇われることを良しとせず、アリーナのみを戦場とするストイックさで知られている。
そんな彼女が他のメカ令嬢と協力してライバルを闇討ちする。
美しく気高くあるよう求められるメカ令嬢にあるまじき行いだ。
まっとうなメカ令嬢なら無視すべきだが、ヴィランレディは即座に依頼を受けるむねを返信した。
ヴィランレディとしても最優先するのはブレイクショットの抹殺だ。そのためならばどんな手も使う。
ゆえにヴィランレディと名乗っているのだ。悪の道に落ちることすら厭わない覚悟を魂に刻みつけるために。