13話 不定の迷宮4
アカシックはまるで腹を立てているかのようだ。どうやら、さっき一瞬見せた表情は気のせいじゃないのかもしれない。
「私も最初は、この力を世界のために役立てようとしたわ。その結果、人々は”つけ上がった”のよ。私がもたらす知識を当然のものとし、ずる賢さばかり達者になって自力で文明を発達させようとする意欲を失った」
アカシックの目には他人に対する失望の色があった。
「今は違います」
反論するのはトラベラーだ。
「第2並行世界は当時のことを深く反省しています。調査員が持ち帰った知識を元にさらなる発展を目指すよう動いています。もしあなたが戻ってきたとしても、努力ではどうしようもない問題を解決するときのみ助けを求めるはずです」
「反省しているのは今だけで、いざ私が戻ればまた付け上がるわよ。ころころ変わるのが人の心よ」
「それは……」
トラベラーが言いよどむ
「私はね、対価なしには二度とこの力を他人のために使わないと心に決めているの。今回の件も、あなたが私の娯楽に付き合ってくれるからアカシックリードを使ってあげると言ったの」
「……わかりました」
「それじゃあ私はこれで失礼するわ。明日も迷宮攻略頑張ってね。私はいつでも見守っているわ」
夜の街へと消えていくアカシックの背中を見て、俺はある疑問が浮かんだ。
利益を得れば人は必ず付け上がると思っているのなら、彼女はなぜC.H.E.A.T能力を俺に授けた。
異世界冒険を現実にし、それを見て楽しむするためとしても、なんだか不自然だ。
現実の人間はフィクションの主人公とは違う。チートを得たとしても、必ずしも主人公のように振る舞えるとは限らないし、むしろ力を濫用する悪役と同じになる可能性のほうが高いだろう。
どうせ悪党になるか力を授けても不毛。アカシックがそう考えずに、俺をこの異世界冒険に選んだ理由はなんだ?
俺は清廉潔白な正義の味方じゃない。人並みの遵法精神と倫理観があるだけだ。
最初のクエストの後に出会ったソフィア達のことを思い出す。彼女たちの仲間にならなかったのは、背負いきれない責任から逃げたからだ。
トラベラーにしてもそうだ。彼女は超人的な弓の名手で万能ツールの使い手だが、不死身じゃない。どこかで彼女を死なせてしまうのではないかと思うと、責任は俺の背中に重くのしかかり、早く捨てたいと思ってる。
そもそも、現実にしたいと願うほど異世界冒険が好きならば、なぜ自分で異世界を冒険しようとしない。他人の冒険を眺めるだけなら、小説を読むのと対して違わないじゃないか。
アカシックは単にリアルな異世界冒険を見る以外の目的があるのか?
……いや、これ以上考えてもアカシックが本心を言わない限り無駄なことだ。
余計なことを考えずに、俺は俺の冒険を楽しもう。
そうして俺は目の前の異世界料理を胃袋に収めた。
●
翌朝、迷宮の入り口で他の冒険者たちと共に組み替え時間の終了を待っていた。
組み替え時間中は入り口が固く閉ざされ入ることも出ることも出来ない。
そして朝8時。迷宮の入り口が開くと同時に冒険者たちが次々と転移魔法陣に乗り、それぞれが探索を再開する。
多くの冒険者は最深部を目指さず、自分の実力に見合った階を周回して金を稼いでいるそうだ。
だが本気で踏破を目指す俺たちは常に先を目指す。魔法陣の操作盤に最終到達階を入力して今日の冒険を始める。
新たに足を踏み入れる21階以降は、敵が少し変わっていた。いや改良されたと言うべきか。
これまでアイアンゴーレムの装備は剣1本だったが、盾を持った奴が現れたのだ。
さらにはアイアンゴーレムの肩には熱線を撃つあの一つ目魔物が一体化している。
強化型となったアイアンゴーレムから熱線が発射され、俺たちは左右に分かれて回避する。
即座にトラベラーが肩の一つ目魔物に矢を放つものの、アイアンゴーレムが盾で守った。
一つ目魔物はタフではない。それをアイアンゴーレムが守ることで補っているんだ。
俺は熱線を回避しつつ接近して、フェイントを混ぜた攻撃を繰り出す。
だがアイアンゴーレムはフェイントに引っ掛からず、的確に防御した。
さらには反応速度も凄まじく、俺とトラベラーの二人がかりの攻撃を的確に防御したのは。
アイアンゴーレムの動きが改良されてる!
「調月さん、同時に攻撃しましょう!」
「分かった!」
その一言で俺はトラベラーの意図を察する。
俺とトラベラーはお互いの攻撃が同時に当たるよう放った。
トラベラーが攻撃するのは肩の一つ目魔物だ。しかしアイアンゴーレムが盾で防御する。
その瞬間……1秒にも満たない刹那ではあるが、アイアンゴーレムが自分を守らない僅かな隙が生まれた。
トラベラーと完璧にタイミングを合わせた俺の刺突は装甲の隙間に突き刺さり、そのまま内部の心臓部を破壊した。
あとはアイアンゴーレムの肩と一体化したせいで身動きがとれない一つ目魔物にとどめを刺す。
「上手くいったな」
「この調子で進みましょう」
アイアンゴーレムは自分よりも肩の魔物の防御を優先する。これが敵の弱点だ。同時攻撃に対しては、アイアンゴーレムが倒される危険が生じる。
最も、少しでもタイミングがズレれば即座に失敗するので、弱点を突くにしても相当難しいけどな。
けどこの改良アイアンゴーレムはさほど量産できないのか、あまり数は多くなかった。
それを補うためかトラップはより多くなった。二重三重に仕掛けられたそれは、ひとつ避けようとしたらその先にもあり、冒険者の心理的隙きを巧みに突くようになっている。
とはいえ敵が強くなったことを除けば、多少面倒になった以上の問題はない。トラベラーが階層を探索してマップを作る時に、合わせてトラップの位置も看破してくれる。
多少手間は掛かりつつも、俺たちは探索を進めていき、地下24階でそいつらに遭遇した。
「調月さん」
トラベラーの声はかろうじて聞き取れる程度に小さい。
「このまま進めば、仕掛けてくるでしょう。迂回しますか?」
「目をつけられた以上、必ず襲われる。早いうちに決着をつけたい」
お互い目を合わせずにヒソヒソと会話しているのは、俺たちがまだ気づいてないと思わせるためだ。
それから一本道に入った直後、奴らは動き出す。
●Tips
第472並行世界
考知郎が生まれた世界。基本的に普通の地球文明だが、いわゆる「なろう系」と呼ばれる異世界ファンタジーが異常に普及している。
この並行世界は■■■■■■の、とある■■■■■■■を■■する人々の■■■■■の影響を受けており、■■者や■■者を生み出すために存在する。
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