6話 出会い1
初仕事を終えた後、俺は早々にアトラックを出た。
ソフィアたちが俺を探しに来るかもしれないという懸念もそうだが、別の町にある剣術道場に入門するためだ。
常人の数百倍の効率で成長するイレギュラーGUがあるとはいえ、我流よりも師匠がついてくれたほうが良い。むしろ最大効率を考えるならそうするべきだ。
そこでブレトンという街にある剣術道場の門を叩いたのだが、門前払いを受けてしまった。
「帰れ、〈剣術〉スキル持ってないやつが入っても無意味だ」
スキルのおかげで練習しなくとも剣を扱えるようになるためか、この世界の剣術道場は俺の考えているものと大きく違っていた。
やっていることは模擬戦と体作りのトレーニングで、型稽古なんて一切やっていない。これは剣に限らず、槍や弓などの他の武芸も同様だった。
スキルのおかげで生まれたときから技能や知識を習得しているために、異世界ではゼロから何かを学ぶという意識が極めて薄かった。せいぜい、スキルに含まれてない一般教養や基礎的な技能を学ぶくらいだ。
しかたないので俺はしばらくブレトンに滞在してクエストを受け、実戦を通じて成長しようとした。
それはそれで成長にはつながったが、わずか1週間で俺の剣術はほとんど成長しなくなってしまう。
我流の限界に達したんだ。
しかも困ったことに、この時点で俺の剣術はスキルの方の〈剣術〉と互角になっていた。
ガイドブックのスキル表によれば、コモンスキルの〈剣術〉を超える〈剣聖〉なるレアスキルがあるものの、都合よくそれを持つ人物と遭遇してコピーできるとは限らない。
それに、よほど汎用性が高いスキルでもない限り、コピー枠を固定したくない。
今後実力をより高めるのなら師匠が絶対必要だが。異世界には師匠そのものが存在しない。
どうしたものか。
なかなか良いアイデアが浮かばず、数日がすぎる。
そんなある日、意外な形で問題が解決する。
その時、俺は昼食にマンガーという魔物の肉を使った骨付きステーキを食べようとしていた。
「おまちどうさま」
「おお……」
目の前におかれた料理に俺は思わず感嘆の声を漏らす。
それは子供の頃に夢見た、漫画に出てくるような骨付き肉だ。
俺は早速肉にかぶりつく。
ハーブを使っても少し残る臭みと弾力が強い肉質が難点だが、臭みは慣れれば意外とアクセントになり、噛めば噛むほど旨味が滲み出てくる。
異世界人の体質では無害でも、俺にとっては猛毒の食材があるかもと思ったが、特に違和感はない。まあ何かあってもイモータルEXなら大丈夫だろう。
聞けば〈捕獲〉スキルや〈罠〉スキルなどを持ち、ジビエ用に魔物を捕まえるのを専門とする冒険者もいるらしい。
ちなみに魔物ジビエ以外の料理は、異なる世界からやってきた俺から見ても普通だ。
というか家畜や農作物は元の世界と全く同じなのだ。ブタや牛、羊などはどの街でも飼育されているし、人参とかじゃがいもなどの野菜も同様。食材の調理法も大きな違いはない。
俺はマンガーの骨付きステーキにかぶりつく。
うーん、これこれ。こういうのがいんだよ。
「ジンヤ!」
誰かが大声を上げながらギルドに入ってきた。
20代前半に見えるスレンダーなキャトの女性で、腰にはどうみても日本刀にしか見えない剣を腰にさしていた。
それにしてもジンヤだと? なぜあの人の名前を彼女は知っている?
いやいや、流石に偶然だろう。俺が知るあの人とたまたま同じだけだ。
彼女は周囲にいる冒険者達を見渡すが、目当ての人物はいないらしい。
「最近、この街でスキルを持たない冒険者が現れたと聞いたわ。どこにいるか教えて」
女性は凄まじい剣幕で近くにいたギルド職員に問いただす。
「えっと、あの。そちらの方です」
肉をかじりついたままの俺と女性の目が合う。
女性は呆然と俺の顔を見ていたが、やがて両目に大粒の涙を浮かべる。
「そんな……ジンヤに会えると思ったのに……」
女性は膝から崩れ落ちるとその場でさめざめと泣き始めてしまった。キャト特有の猫耳もぐったりと倒れている。
う……なんか俺が泣かせたみたいな空気になっている。周囲にいる女性たちからの視線が痛い!
「だ、大丈夫ですか?」
ひとまず彼女を俺がいるテーブルに招く。あと彼女のためにお茶も追加注文した。
「ごめんなさい突然泣き出して。私はストロ・ワークスの娘、クリエ・ワークスよ」
「一体、どうしたんですか?」
「仲間が帰ってきたと思ったの。その人はジンヤ・ツルギ。アドル大陸を救った本物の勇者よ」
「え……」
剣仁也だって?
「その人はこことは違う世界からやってきましたか?」
「え、ええ……アカシックという人から連れてこられたと言ってたけど」
間違いない。アカシックが言っていた前の転移者は仁也さんだ。昔、俺に剣術を少しだけ教えてくれた人だ。
「あなた、ジンヤのことを知っているの?」
「俺の……親戚です」
「彼は今、どうしているの?」
「……幼馴染だった人と結婚しています」
少し迷ったが、俺は正直に答えた。
「やっぱりそうよね。彼の心は初めから私ではなく違う人と繋がっていた。今更私を選んでくれるわけないものね」
クリエさんは再び泣き出しそうになるが、既のところでこらえている様子だった。
「仁也さんが勇者だったと初めて聞きますが、詳しく教えてくれませんか」
「彼から聞いていないの?」
俺は首を横に振る。
「異世界で勇者になったと言っても信じてもらえないと思ったのでしょう」
「たしかにそうね」
クリエさんはどこか遠くを見るような目をする。
「辛ければ別に話さなくとも……」
「いえ、話させてちょうだい。この思いを吐き出した方がいいと思うから」
いい加減な姿勢で聞くわけにはいかないと思い、俺は姿勢を正す。
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