21話 責任6
「あの、またお会いしましたね」
「おやおや~、またとは一体何のことでしょうか? わたくしはコウチロウ様とは初対面ですよ」
ジェーンはめっちゃ目が泳いでる。
「いや、でも、先日ジェーン・スミスと名乗って……」
「ああ! その方ならご存知ですよ。最近名を上げている気鋭の作家様ですね。そういえば偶然にもわたくしと名前が似てますね!」
あくまでとぼけるつもりのようだ。ついでに自画自賛するあたり意外と面の皮が厚い。
「あんまり追求しないでくれ。姫様は王家の威光とは関係なしに、自分の実力だけで作家をされたいのだ」
マーティンさんが俺にささやく。
「なんだか仁也さんみたいですね」
「実際、あいつの影響だと思うよ。多くの人たちがジンヤを通じて新しい考えを知った。本人はそのつもりはないだろうが、間違いなく世界に変化をもたらした」
改めてあの人がこの異世界にとって英雄なんだと思い知らされる。とても真似できそうもない。
「それで、グレントはどうなりました? 生き返ったとはにわかに信じられませんが、あの卑しい声は聞き間違いようが有りません」
俺たちはこれまでの経緯をジェーンに説明する。
「わたくしもマーティンと同じく、グレントがどこかで生き返っていると思います。あの男は化けの皮を被るのにかけては達人の中の達人ですが、その本性は徹底的な臆病者です。保険もなしに自爆するはずがありません」
やつが何らかの蘇生法を持っている可能性は常に考えたほうが良いだろう。
「問題は、グレントがどうやって予備の肉体を調達しているかだな」
俺は腕を組んで考え込む。ぱっと思いつく手段としてはやはり迷宮だ。例えば不定の迷宮ではホムンクルスが量産されていた、その延長でクローンを作る技術があってもおかしくない。
だがこの広い異世界で手がかりなしにどうやって探す?
「一つ、わたくしに心当たりがあります」
光明をもたらすのはジェーンだった。
「アドル大陸三大迷宮である英霊の墳墓は、神話上の英雄の魂が封じられてるという伝説があります。また、記録によれば唯一たどり着いたAAA級パーティーの前に、英雄と同じ名を名乗る人物が守護者として立ちはだかったと言います」
調べる価値のある情報だ。伝説が事実なら、大昔の英雄のクローンが保存されていたのかもしれない。まさにさっきトラベラーが言った復活方法じゃないか。
「なら、俺たちで英霊の墳墓を調べてきます」
俺はその言葉が意識すること無く自然に出せた。それを口にするのが当然かのように。
「もともと、英霊の墳墓に挑戦しようとそこを目指していました」
「だが、たった二人のパーティーじゃ行くだけでも無謀すぎる」
マーティンさんは俺たちの身を案じる。
「大丈夫ですよ。実力はわたくしが保証します。なんたって、たった二人、たった1週間であの不定の迷宮を踏破したのです。むしろお二人以外には不可能ですよ」
ジェーンが俺たちに太鼓判を押してくれた。
「わたくしはこの件を陛下に報告いたします。グレント以外の第二の魔王軍も復活しているでしょう。英霊の墳墓はグレントだけで踏破できません。おそらく、ジンヤ様に討たれる前、第二の魔王軍は密かに英霊の墳墓を踏破し、そこで蘇生法を得た可能性があります」
こうして俺の冒険の目的はアドル大陸3大迷宮の踏破から、第二の魔王軍の打倒へと変わった。
「悪いなトラベラー、勝手に目的を変えて」
「別に構いませんよ」
彼女は無表情で言った
「私の仕事は調月さんの補佐です。あなたの冒険にアカシックが満足してくれれば、その内容は問いません。むしろ、遊び気分で冒険を続けるより好ましいくらいです」
「俺だって多少の責任感はあるさ」
定期船は破損箇所の修理に時間を取られ、予定の1日遅れでセプハヴェーノの街に到着した。どこかで生き返ったグレントが再び襲いかかってくるのではと警戒していたが、杞憂に終わる。
「それじゃ、俺達は行きます」
「ああ。頼んだぞ。俺はクリエとマテリアと合流して、英霊の墳墓以外に蘇生法の可能性がないか調べてみる」
「お願いします、マーティンさん」
共に行動は出来ないが、ジンヤさんが信頼した仲間が協力してくれるのはとても心強い。
「コウチロウ様、こちらをお受取りください」
ジェーンが差し出したのは長方形の小さな鏡だった。
「これは通話の手鏡と言いまして、これと同じ物を持つ者と会話ができます。もう一枚をルドルフに預けておりますので、何かありましたら連絡してください」
「わかりました」
マーティン、ジェーンと別れて俺たちは英霊の墳墓がある北を目指す。
俺たちは徒歩や乗合馬車を使って進む。
もちろん、それだけじゃなかった。道中では魔物や盗賊と遭遇しそのたびに戦わざる得なかったし、困っている人がいたら無理のない範囲で助けた。
人助けについてはトラベラーから余計な仕事をするなと言われるかと思ったが、意外とそうでもなかった。むしろ俺以上に迷いなく人を助けようとすらした。
トラベラーと行動をともにするようになってもう半月になる。その間に俺は彼女の人柄が何となく分かってきた。
彼女はもともと優しい心根の持ち主だ。俺に対してあんまり優しくないが、まあしょうがない。
そして少なくとも一緒に働く同僚程度はトラベラーとの距離感が縮まった頃、英霊の墳墓に最も近い街であるクヴィエータに到着した。
俺たちはまず1日使ってクヴィエータで準備を整えるつもりだった。
英霊の墳墓の周囲にはAAA級でも危ない強力な魔物が生息している。
そんな危険地域に近いと言うのに、王国の正規軍が常駐していないという。
それはクヴィエータが自治権を得ているからだ。
流石に正規軍なしで防衛は厳しいらしく、強固な防壁に加えてクヴィエータ出身の冒険者が常駐して街を守っているらしい。中にはAAA級もいるとか
俺は政治には門外漢なので、正規軍なしは危険すぎると思うのだが、自治権というのはそれほど価値があるのだろう。
「なあトラベラー」
「ええ。街の様子がおかしいですね」
街は妙な緊張感に包まれていた。強力な魔物の生息域が近いので、それくらいは当然かも知れない。
だが、街の人達が俺たちのことをジロジロみるのは一体どういうことだ?
●Tips
ジェーン・アドル
アドル王家の第1王女。〈剣聖〉と〈心眼〉のレアスキルを持つ一流の剣士でもある。
仁也との出会いをきっかけに、戦闘向きのレアスキルを持つ者のみが評価される現状を変えようと、ジェーン・スミス名義で実用書を書き、戦闘力以外でも人材を評価し、スキルの組み合わせを考えるよう人々に促す。
それがきっかけで創作活動に目覚め、以降も本を書き続ける。若気の至りで自分と仁也をモデルにした恋愛小説を書いたところ、予想以上に反響があった。
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