17話 責任2
「マテリアさん、ついに不定の迷宮を攻略しましたよ!」
マテリアさんの店に行くと、客らしきネモッドの少女がいた。
「お待ちしておりましたよ、コウチロウ・ツカツキさん、トラベラーさん」
初対面の相手に名前を知られていて、俺は思わず身構える。
「ああ、大丈夫。僕の知り合いだよ」
マテリアさんの言葉に、俺は警戒を解く。
「わたくし、ジェーン・スミスと言いまして、まあしがない作家です」
「作家?」
「ええ、ここには取材旅行で訪れました」
その割には動きやすそうな格好で帯剣もしている。
「ああ、この剣ですか。なに、護身用ですよ。旅は何かと物騒ですから」
まあ町の外に出れば魔物やら野党やらがいるんだ。女の子一人があちこち取材旅行に行くなら、剣の1本くらい持っていてもおかしくないか。
「そうそう、お近づきの印にこちらをどうぞ。」
ジェーンが差し出してきたのは、「実例から学ぶパーティーマネジメント~追放前にちょっと待て。その人本当の役立たず?~」という本だった。
本には仲間を単純な戦闘力やレアスキルの有無だけで評価し、必要な人材を追放したために全滅したり弱体化したパーティーの実例が書かれていた。そのうえで、パーティー内のスキルの親和性や常識にとらわれない運用を考えるべしと書かれている。
しかも仁也さんや彼の仲間たちの事も書かれていた。
「それはわたくしが初めて書いた本です。まあ、本の内容はあまり受け入れられませんでしたけど。今は小説を中心に活動していますが、いずれちゃんと認められる実用書を書きたいと思っています」
ジェーンは「それでですね」と言葉を続ける。
「クリエ様やマテリア様から聞いた話では、あなたはスキルをお持ちでないとか。それでいて不定の迷宮をわずか1週間で踏破したあなたは、真の勇者たるジンヤ様の再来と言えましょう。どうやって攻略したか、新作の参考に色々とお聞かせいただけないでしょうか」
手帳とペンを持つジェーンの瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。
チラリとトラベラーに視線を向けると、彼女は無言のまま両手の人差し指でバッテンを作る。
余計な事を言うな、か。俺がクエストに失敗しないのはC.H.E.A.T能力のおかげで、不定の迷宮の踏破もトラベラーの装備のおかげだ。
どちらも本来はこの異世界に存在しないものだ。みだりに公言するべきではないだろう
「すみません。流石に教えるのはちょっと……言えば他所様に迷惑がかかる事情があって」
さて、これで諦めてくれるか。
「そうですか、残念ですが仕方ないです」
「……もっと食い下がるかと思いました。あるいは俺が何か不正をしていると疑うとも」
「コウチロウさんが秘密にされるのは、やむ得ない事情があると分かりましたから」
ジェーンには不思議な確信があるようだった。
そんな俺の考えを察知したかかのように彼女は言葉を続ける。
「わたくしには〈心眼〉のレアスキルがあります。これは相手がどこを狙ってくるか見抜く効果で知られていますが、ちょっと工夫するといろいろ察せるようになります」
「それはすごい」
「いえいえそれほどではありません。この応用が出来るようになったにはつい最近。それ以前のわたくしは、心眼とは名ばかりの節穴の目の持ち主でした」
ジェーンの目に陰りが宿る。それは後悔だ。
「実のところ、わたくしは勇者と持て囃された頃の第二の魔王軍と会ったことがあります。あの時に彼らの本質を見抜いていたらと今でも悔やんでいますよ」
「ジェーンさん、あれは連中を持ち上げた社会全体の責任です。当時12歳だったあなただけの責任ではありません」
ジェーンはフォローしてくれたマテリアさんに礼を言うが、「それでも」という気持ちが抜けきらない様子だった。
「わたくしがジンヤ様たちのことを本にしたのは、ある種のケジメです。少しでも世の中にとって良いと思えることをして、自分の未熟さによる結果の埋め合わせをするために」
彼女も“大人”の一人だ。俺はそう感じた。
「さて、なんだか湿っぽくなってしまいましたね。わたくしはこれで失礼します。コウチロウ様、トラベラー様、またどこかでお会いいたしましょう」
ジェーンはにこやかな笑みを浮かべて立ち去った。
翌朝、なるべく人目につかないようヤルリンゴのギルド支部へと向かった。
支部には当然冒険者たちがいたものの、妙に大人しい。時折、俺たちに近づこうとするとする奴もいるが、ギルド職員に睨まれると退散する。
「何かあったのですか?」
「支部長がカミナリを落としたんですよ。悪質な勧誘は降格処分にすると」
降格処分は冒険者にとって最悪の不名誉だ。なるほど、自重するのも当然か。
おかげで手続きはスムーズに進み俺たちは晴れてAAA級冒険者となった。
「迷宮踏破おめでとう」
支部を出た直後、アカシックが現れた。
「これで私の任務は終わりですか?」
トラベラーが尋ねる。
これで彼女が抜けたらまた俺の一人旅だ。先週まではそれが一番と思っていたにもかかわらず、今は少なからず孤独を感じる。
「まだよ」
アカシックは満足していない様子で言った。
「この程度じゃ私が望む異世界冒険は終わらない。最低でもアドル大陸三大迷宮を全て攻略するくらいやってもらわないと」
「……わかりました」
俺は内心ホッとしていた。
トラベラーとの冒険を楽しいと感じつつある。彼女は故郷に婚約者がいるので恋愛がらみの面倒事は発生しないし、俺に対して塩対応なのを除けばそんなに気苦労するような相手じゃない。
それに数々の異世界冒険を成し遂げたであろうトラベラーには純粋に尊敬の念を持っている。ともに冒険して彼女からいろいろ学びたい。
「残りの三大迷宮の場所については、前に渡したガイドブックに書いてあるわ。それじゃ、がんばってね」
アカシックが立ち去ったあと、俺達は一度マテリアさんのところにもどった。お別れの挨拶をするためもあるし、昇格手続きが終わって街を出る前に顔を出してほしいと言われているからだ。
「マテリアさん、お世話になりました」
「迷宮で手に入れた物を買い取っていただき感謝しています」
不定の迷宮を攻略する1週間、俺たちは回収したアイテムをマテリアさんに買い取ってもらっていた。おかげで俺たちは、苦労して手に入れたアイテムを買い叩くアコギな店に足元を見られずに済んだ。
「なに気にすることはないよ。それとこれは僕からのAAA級昇格祝いだ」
マテリアさんが差し出したのは、一丁の拳銃だった。
「これは君が持ち込んだブラスターロッドを改造したものだ」
「良いんですか? もともと壊れていたのを買い取ってもらったやつですよ」
「いやいや、むしろ僕のほうがお礼を言いたいくらいさ」
マテリアさんはにこやかに言った。
「君たちが不定の迷宮から色々持ち込んでくれたおかげで、当分はマジックアイテムを自作する素材に困らなくなったからね。今から何を作ろうかアイデアが溢れてきてまとめられないくらいさ」
その時のマテリアさんの目は童心で輝いていた。
「それにジンヤと同様、君にもなにか困難が立ちはだかるかもしれない。その困難にこれが役立つかどうかはわからないけど、先輩からの選別だと思って受け取って欲しい」
ここまで言われたら断るのは逆に失礼だ。
「わかりました。ありがたく頂戴します」
ブラスターロッドあらためブラスターガンを受け取る。正直ってこれは嬉しかった。今後、空を飛ぶ敵と戦うこともあるだろう。その時に弓を使うトラベラーに任せきりでなく、自分も戦えるのはありがたい。
「次の目的はきまっているのかい?」
「ええ。英霊の墳墓を目指します」
「あそこは生半可な冒険者では入り口にたどり着くことすら出来ない。でも、君たちなら踏破できると信じているよ」
マテリアさんに見送られて、俺とトラベラーはヤルリンゴの街をあとにした。
●Tips
イレギュラーGU
アカシックが考知郎に与えたC.H.E.A.T能力の一つ。常人を超える効率で成長できる。
あくまで成長の効率と速度のチートなので、その人が獲得できる実力の上限は超えられない。
RPG的に例えると、短時間でレベルや熟練度が最大になるが、上限は超えられない。
ブラスターガン
ブラスターロッドを改造して作った魔法式の熱線銃。細かな威力調整が可能。
マテリアは仁也の話と古文書の情報から銃の存在を知っており、それでこのマジックアイテムを制作できた。
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