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第7話 竹取流忍法・かぐや姫後編

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 シンデレラと白雪姫が戦っている時、かぐや姫はそれを間近で見ていました。
 暗殺術の武闘姫とは違い、シンデレラですらかぐや姫の存在を察知しておりません。
 忍者が本気で気配を隠せば、真後ろに立っていても相手に気づかれません。
 
 かぐや姫の目的は日之出の国からやってきた武闘姫を倒すことですが、今はなぜかシンデレラを見張っています。
 かぐや姫はこの状況に至るまでの経緯を思い出します。
 
「やあ、君がかぐや姫だね」

 突然現れてにこやかな笑みを浮かべるのは、この国の王子様であるチャーミングでした。
 
「王子が私にどのような御用があるのでしょうか?」

 警戒しながらかぐや姫は尋ねます。チャーミング王子の笑顔の裏に、なにか恐ろしいものが隠れているような気がしたからです。
 
「君の実力を見込んで、ぜひ戦って欲しい武闘姫がいるんだ」
「それはこの国にとって不都合な人物ということでしょうか」
「そういうわけじゃないよ。この件は僕の個人的な都合さ。もしお願いを聞いてくれたら、日之出の国の武闘姫の居場所を教えるよ」

 それはとても有益な取引でした。忍者とはいえかぐや姫と鋼治、鳩美の3人だけでは、日之出の国のからの侵略者をすぐに見つけられないからです。
 
「わかりました。王子の願い、このかぐや姫が謹んで受けましょう」
「ありがとう」
 
 ニコリと笑うチャーミング王子を見れば、どんな女の子も心を奪われそうです。ですが、かぐや姫はますます彼が恐ろしい人物のように見えました。
 チャーミング王子は懐から小さな絵を取り出します。その絵は魔法で風景をそのまま写し取った写真と呼ばれるものです。
 写真に映っているのはもちろんシンデレラです。
 
「この娘はシンデレラ。彼女と戦って欲しい。勝敗の結果は問わない」
「勝ち負けに関係なく、私と彼女が戦うこと自体が目的なのですか?」
「うん。そうだよ。シンデレラには強い武闘姫とたくさん戦って欲しいんだ」

 かぐや姫はチャーミング王子の思惑がわかりませんでした。彼がシンデレラに大変執着しているのは確かです。
 シンデレラが好きだから、彼女を優勝させるように協力しろというのならわかりますが、どうもそうではないようです。
 何れにせよ、シンデレラと戦わなければなりません。
 
 かぐや姫はまずシンデレラの実力を調べることにしました。彼女に勝つ必要はなくとも、負けるのもだめです。
 シンデレラの居場所はかぐや姫に付きそうハピネスが教えてくれました。
 そしてターイの街で彼女が白雪姫と戦うさまを目の当たりにしたのです。
 
(強い)

 それ以外の言葉は必要ないくらいに、シンデレラは強いとわかりました。
 白雪姫を倒し、さらには不意打ちを仕掛けてきた暗殺術の武闘姫を倒したシンデレラは、よろよろと試合場を出ていきます。
 今の彼女はあきらかに消耗していました。
 
(今なら忍者としての全能力を使って不意をつける)

 先程倒された暗殺術の武闘姫の不意打ちは、忍者からすれば三流でした。かぐや姫ならばもっと上手く出来ます。しかも今のシンデレラは消耗しています。倒すのであれば今がその時です。
 
(でも、王子が望んでいるのは真っ向勝負よ。今倒しても約束を守ってもらえない)

 かぐや姫の目的はシンデレラを倒すことでもなければ、優勝することでもありません。この国に潜んでいるであろう、日之出の国の武闘姫を倒すことです。
 かぐや姫はひとまず鋼治と鳩美と合流します。
 
「鋼治、鳩美、日之出の国の武闘姫の行方はどう?」
「申し訳ありません、今だ行方は知れず」
「少なくともこの地方にいないことは確かですが……」

 二人の調査は芳しくありません。
 それぞれの武闘姫につく審判役のハピネスは他の武闘姫の居場所を教えてくれますが、公平を保つためにそれが誰なのかまでは教えてくれません。
 特定の誰かと戦うためには、ルールを曲げて王子に便宜を図って貰う必要があります。
 
「やはり私がシンデレラと戦うしか無いようね」

 かぐや姫は自分がシンデレラと戦った場合を想像します。
 しかし真っ向勝負ではどうしても勝てそうにありません。
 
(ガラスの時間、あれが一番の問題ね)

 身体能力を爆発的に強化するシンデレラのガラスの時間。あれを使われては、忍者にして武闘姫であるかぐや姫すら勝ち目はありません。
 
(付け入る隙きを探さなくては)

 それからかぐや姫は1週間の間、シンデレラを観察し続けました。
 それでわかったのですが、シンデレラはみだりにガラスの時間を使わないのです。
 シンデレラは旅の途中で他の武闘姫や野党、魔物と遭遇します。
 ですが彼女はガラスの時間を使いませんでした。その様子と、白雪姫を倒した状況からかぐや姫はガラスの時間の弱点を見抜きます。

(ガラスの時間は負担が重いようね)

 そこでかぐや姫は鋼治、鳩美と作戦会議をします。
 
「家元、いかがされますか?」
「望月千代女に使ったの同じ手で行くわ」

 鋼治の問にかぐや姫は応えます。そう、凄まじい自爆忍法を受けてもなお無傷だった謎の忍法です。
 
「ハピネス、この作戦は武闘会で認められるかしら?
「問題ないよ。それは君自信の力によるものだからね。過去の武闘会でも似た事例はあったよ」

 ならば後はどこで仕掛けるかです。
 
「この先には神代の遺跡があります。家元の作戦にはちょうどよいかと」

 周辺の地形を調べていた鳩美が教えてくれます。
 
「分かったわ。ではそこで仕掛ける」

 シンデレラが神代の遺跡を訪れます。次の街へ向かうには、ここを通り抜けるのが近道なのです。
 かつては大きな街だったようで、四角い塔がいくつも立っています。当時の暮らしぶりを記した古文書によれば、これらの塔は鉄の骨組みと、自在に形を変えるコンクリートなる不思議な石で作られているそうです。さらには風化を防止する魔法も施されており、1000年がたった今でもこうして形を残していました。
 
 このように、神代は大変優れた文明を持っていました。まさに人が神に愛された時代です。武闘姫が使っているドレス・ストーンも、神代に作られたものです。
 でしが今は神の寵愛を失っており、栄華の残骸がこうして遺跡として残っています。
 
 その時、どこからともなく手裏剣が放たれます!
 シンデレラは即座に武闘礼装をまとい、鋼のガラスで作った手甲で手裏剣を弾きました。
 
「よく気づいたわね。気配を完全に消していたつもりだけど」

 シンデレラの前にはいつの間にかかぐや姫がいました。まるでなにもない所から突然現れたかのようです。
 かぐや姫はすでに忍者装束の武闘礼装をまとっています。
 シンデレラはかぐや姫に違和感を覚えました。彼女の存在感はあまりに希薄で、気を抜いてしまえば目の前にいるのに見失ってしまいそうです。
 かぐや姫は忍者です。なら、存在感の希薄化など全く不思議ではありません。
 
「あなたはまさか忍者?」
「ええそうよ。私は竹取流忍法の家元、かぐや姫。勝負よシンデレラ」
 
 シンデレラが構えます。武闘姫が二人いる。ならばすることは明白です。
 かぐや姫はチョップを構えます。
 真っ向勝負するならば、もはや忍ぶ必要なし! かぐや姫は隠していた自分の存在感を開放しました。
 
 もとより超人である忍者としての存在感と、武闘姫としての闘志がシンデレラへ暴風が如く吹き付けられます。
 常人はもとより、武闘姫ですら弱体者なら失神するであろうプレッシャー! シンデレラはそれを何事もないかのように耐えていました。
 
 シンデレラとかぐや姫、それぞれのハピネスが上空に舞い上がって、これから始まる試合を見守ります。
 シンデレラとかぐや姫が同時に動きます!
 拳を突き出すシンデレラに対し、かぐや姫はチョップを叩きつけて軌道をそらします。
 そして、すぐさま首を狙った水平チョップを繰り出しました。
 
 シンデレラはガラスの時間を使い、加速!
 チョップをかわしたシンデレラは一瞬でかぐや姫の背後に周り、回し蹴りを繰り出します。
 ですがかぐや姫に蹴りが命中した瞬間、彼女は紙人形に変わりました。変わり身の術!
 いったいかぐや姫はどこにいるのか、シンデレラは周囲を見渡します。
 
 その時、手裏剣が投げられます。
 シンデレラは拳でそれを弾き、投げられた方向を見るとかぐや姫の姿がありました。
 直後に背後から殺気!
 再び手裏剣が飛来してきました。
 この攻撃も回避でききたシンデレラでしたが、彼女は信じられない光景を目にします。
 
「かぐや姫が二人!?」

 いいえ、二人ではありません。廃墟から次々とかぐや姫が現れます。三人、四人、五人……その数は十数人を超えています。
 
「これが、伝説に聞く分身の術なのね」

 忍者の中の忍者が使えるとされる分身の術! 人々の間で伝説として語られている超自然の技が今! 現実のものとしてシンデレラの襲いかかります。
 十数人ものかぐや姫たちが次々と手裏剣を投げていきます。
 シンデレラはそれを弾きつつ、一人ひとりかぐや姫を攻撃していきますが、どれも実体はなく、殴ると霧のように消えました。
 そして、分身は消えても消えても新しいのが出現します。
 
(かぐや姫本体を倒さないときりがないわ)

 分身が忍法によって生み出された虚像ならば、本体と何らかの違いがあるはずです。ですが、どんなに目を凝らしてもその違いはなかなか見抜けません。
 
(目に頼るから、余計に分からなくなる。なら)

 何ということでしょう! シンデレラは目をつぶったではありませんか。彼女は勝負を諦めたのでしょうか?
 いえ、違います! 視覚を封じることで、他の感覚をより鋭敏にしたのです。

(分身が虚像ならば手裏剣を投げられない。攻撃自体は本体のみが行っているはず)

 かぐや姫は分身に紛れ込み、そこから攻撃しているとシンデレラは考えました。事実、四方八方から攻撃は受けているものの、”異なる方向からの同時攻撃”はありませんでした。
 シンデレラは精神を極限まで集中します。
 手裏剣が空を切り裂く音や、足音、さらには移動するときの振動。常人ならば絶対に知覚できないほどかすかなものを、シンデレラは近くします。
 
「そこ!」

 かぐや姫本体の場所を知ったシンデレラは、即座にガラスの時間を使い急接近します!
 シンデレラの拳がかぐや姫に打ち込まれます! 確かな手応え! 間違いなく本体です!
 ですがかぐや姫もただ攻撃を受けるだけではありません。シンデレラの腕を掴むと、それに抱きつく形で関節技を掛けます。腕十字固めです!
 
 そのまま地面に倒れ込むシンデレラとかぐや姫!
 武闘姫が仕掛ける関節技に、相手のギブアップを待つなどという甘っちょろいものはありません。
 当然、かぐや姫はこのままシンデレラの腕を真っ二つにへし折りにかかります!
 
 ミシリと音を立てるシンデレラの腕!
 もはや予断はありません。シンデレラは迷わずガラスの時間を、安全圏を超える20%の出力で使いました。
 
「ああああああ!」

 ガラスの時間による凄まじいパワーによって、シンデレラは関節技を掛けれたまま腕を振り上げ、掴まっているかぐや姫ごと地面に叩きつけました。
 
「ぐうっ!」

 わずかに緩みはしましたが、かぐや姫はまだ関節技を解きません。

「もう……一回!」

 シンデレラは再び腕を掴むかぐや姫を地面に叩きつけます!
 
「う、うう……」

 ガラスの時間20%のパワーで2度も叩きつけれたのです。忍者の武闘姫であるかぐや姫も気を失ってしまいました。
 すると不思議なことが起きました。かぐや姫の体が光の粒子となって消えてしまったのです。
 目の前で起きた光景にシンデレラは唖然とします。
 
「まさか、かぐや姫は二つの分身の術を使っていた? 実体を持つ分身が、さらに忍法を使って虚像の分身を作っていたの?」

 シンデレラの推察はあたっていました。
 戦いの場となっていた神代の遺跡から離れた場所にある街の宿で、真のかぐや姫の本体がいました。
 
「竹取流分身術、水面の月。やはり使って正解だったわ」

 そう! シンデレラを翻弄していた虚像分身は幻術を利用したただの目くらまし。実体を持つ分身を生み出すのが真の分身の術だったのです。

「王子、これでよろしいですね?」

 かぐや姫のそばにはチャーミング王子がいました。
 
「水面の月で生み出した実体分身は、本体である私と全く同じ思考と実力を有します。私がシンデレラと真っ向勝負するという条件は満たしているかと」
「うん、いいよ。じゃあ約束通り。日之出の国からやってきた武闘姫の居場所は、ハピネスを通じて君に逐一教えてあげる」

 かぐや姫はふと思いました。
 今回は分身のみを戦わせましたが、本体との二人がかりでなら結果はどうだったろうかと。
 おそらく五分五分だろうとかぐや姫は判断します。単純な真っ向勝負なら、シンデレラは確実にかぐや姫より上。分身との二人がかりでようやく互角でしょう。
 
 しかしかぐや姫はそれを悔しいとは思いません。彼女は忍者なのです。自分が最強だと証明するのではなく、目的を果たすために戦うのです。さらに言えば、忍者にとって目的のためならば自分が勝つことすら二の次、三の次なのです。
 なので、日之出の国の武闘姫の情報を得るという目的を考えると、この戦いはシンデレラの勝利であると同時に、かぐや姫の勝利でもあるのです。
 
「王子、武闘会はなぜ他国からの参加を認めているのでしょうか?」

 武闘会で優勝すれば戦争すること無く不思議の国を征服できるのです。こんなにも美味しい話はないでしょう。
 
「侵略者の一人や二人、女王になるなら倒せて当然というのが国の考えだよ。でもね……」

 次に王子が放った言葉は信じられないものでした」
 
「しょせん喧嘩で女王様を決める国だ。他所の国に征服されてもたいして変わらないよ」

 王子でありながら、彼にこの国を大切に思う気持ちは欠片もありませんでした。

「王子……」

 かぐや姫はチャーミング王子から虚無を感じました。彼は真面目に生きること。この国をより良くすること。そういったものがバカバカしくなって、自分が幸せになることすら投げやりな気持ちになっていました。

 黒曜石のような瞳と、人々はチャーミング王子の美しさを称えることがあります。ですが、彼を直接知らないから言えるのです。
 彼の瞳の黒は一切の光がない虚無の暗黒なのです。
 
「それじゃ僕はこれで失礼するよ。君の分身とシンデレラの戦いはとても楽しかったよ。良いものを見せてくれてありがとう」

 それでもシンデレラに関しては例外でした。シンデレラが強い武闘姫と戦っているさまを見るときだけは、チャーミング王子は瞳をキラキラと輝かせていたのです。
 ですがその輝きは恋する少年のものと言うにはあまりに狂気を秘めていました。
 
「願わくは、王子の心が癒やされる時が来ますように」

 チャーミング王子が立ち去った後、かぐや姫は静かに祈りました。


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