第18話 魔法空手・クレオパトラ
不思議の国に隣接する三国家の一つ、砂漠の国はその名の通りの国土を持ちますが、例外として豊かな恵みをもたらす大河があります。
多くの人々はそこで暮らし、幸福な日々を送っていました。
ですが、全てではありません。先程”多くの”と言ったのは、大河周辺の過ごしやすい地域ではなく、過酷な砂漠地帯で暮らしている人々もいるのです。
彼らはギルリアの民と呼ばれております。
元々は隣の大陸にあったギルリアという国の住民だったのですが、100年前に大災害と魔物の大量発生によって滅亡してしまいました。難民となった彼らは海を渡って、友好国であった砂漠の国に助けを求めたのです。
しかし砂漠の国は居住に適した土地が限られています。ギルリアの民は厄介者として扱われてしまいました。
ギルリアの民は大河周辺の土地に永住することは認められず、過酷な砂漠地帯にいくつか存在する小さなオアシスを転々と移動しながら生活していました。
いつか定住できる土地を得る。それがギルリアの民たちの夢でした。
そのために、彼らは砂漠の国の一員になろうと努力しました。国のために働くだけでなく、それまでの信仰を捨て、砂漠の国の神にも祈りを捧げました。
しかし、小麦色の肌を持つ砂漠の民と違って、ギルリアの民は白い肌を持つために、あらゆる努力は認められませんでした。
100年もたった今ですら、よそ者として扱われていたのです。
もはや砂漠の上で滅びるしか無いと殆どのギルリアの民は諦める中、クレオパトラのみは夢を持ち続けていました。
「安住の地は手に入る! 不思議の国の武闘会に優勝し、女王となればそこが第二のギルリアになる!」
偶然にも砂漠に埋もれた神代の遺跡を見つけたクレオパトラは、そこでドレスストーンを手に入れて武闘姫となります。
武闘会に優勝するためにクレオパトラは空手の技を磨き続けますが、ある日に自分の限界を悟ってしまいます。
すでに彼女の空手は一流の域にありましたが、武闘会に出場する武闘姫たちは一流を超えた一流です。
やはり夢は夢でしか無いのかと諦めかけたときです、クレオパトラは天からの声を聞き取りました。
「クレオパトラ……聞こえていますかクレオパトラ……私は今、あなたに語りかけています」
「あなたは誰?」
「私はイシス。砂漠の民から魔法の女神と崇められている者です。貴方に宿る本当の才能を告げに来ました」
「私の本当の才能?」
それまでクレオパトラは空手こそが自分の才能を信じ修行していました。
「そのとおり。あなたの才能は空手ではありません。魔法です。これから私はその才能を育みましょう」
こうしてクレオパトラは女神イシスからの天啓という形で魔法の修行をはじめました。
クレオパトラは魔法の実力をめきめきと上げ、砂漠の国で一番の魔法使いですら習得できなかった神代の魔法すら自らの力としました。
空手の腕と女神イシスによって鍛えられた魔法の才。すなわち魔法空手を得たクレオパトラはまさに砂漠の国最強の武闘姫です。
これで勝てる! 武闘会に優勝できる! 大きな自信を得たクレオパトラは胸を張って不思議の国へ乗り込んだのです。
武闘会においてクレオパトラは一流の武闘姫を次々と撃破し、着実にドレスストーンを集めていきました。
それから武闘会も中盤に差し掛かった頃、ある武闘姫と戦ったとき、クレオパトラは別人と間違われたことがありました。
「白い肌に、その魔法と空手の才能……あなたが白雪姫だったのね」
「いいえ、私はクレオパトラよ。白雪姫とは一体誰?」
「あなたのように白い肌を持つ武闘姫よ。魔法と空手の神に愛された天才とも言われているわ。まさか魔法空手の使い手が二人もいるとは思わなかったわ」
奇しくも自分と同じく魔法と空手で戦う武闘姫の存在をクレオパトラは意識するようになりました。
なぜ武闘会に参加するのか。なぜ女王を目指すのか。その理由は武闘姫によって違います。
ですがどんな武闘姫であっても、武闘姫であるのならば、自分のライバルになりうる存在は決して無視できません。それはクレオパトラも例外ではないのです。
武闘会に優勝て女王となり、ギルリアの民のために不思議の国を安住の地とする目的は変わりませんが、クレオパトラは白雪姫と一度でいいから戦いたいと願うようになりました。
●
ゼランの町は王都の一歩手前に位置します。
武闘会も残り5日。終わりも目前となった今、この町は最大の激戦区となっていました。
少しでも優勝の可能性を高めるもの、あるいは逆転を狙うもの。そんな武闘姫たちが一斉に集まって、町中で激しい戦いが繰り広げられていたのです。
武闘姫の戦いを見る数少ないチャンスを逃さぬよう、沢山の人々がゼランの町に押しかけまるでお祭り騒ぎです。
白雪姫は激戦の渦の中心にいました。
自分こそが最強であると証明すべく、多くの武闘姫が白雪姫に挑んできたのです。
白雪姫は挑まれた戦いを必ず受け、そしてその全てに勝利しました。
白雪姫は周囲を見渡します。すでにゼランの町にいる武闘姫はほとんど敗退しています。
もう対戦相手はいないと思い、白雪姫は変身を解除しようとします。
「ああ! お待ちになって!」
その時、鈴の音色のような美しい声が響きました。
「ご機嫌よう、白雪姫。私《わたくし》はマリー。マリー・パワー・アントワネット。一戦お相手いただけるかしら?」
マリーと名乗った武闘姫は変身済みでいつでも戦えるようでした。
彼女の武闘礼装の下には鍛え上げられた肉体があることに白雪姫は気づきます。
パワーファイターであるのは明白でした。
「ええ、もちろん」
白雪姫は、変身解除を取りやめ、拳を構えます。
「ふふふ。ありがとう」
マリーも同じく構えます。何気ない振る舞いでのように見えて、隙きは一切感じさせない一流の構えです。
小手調べなどせず、初めから全力で行くべきと考えた白雪姫は魔法を使うために、両の拳に魔力を込めます。
その時です!
「破ーッ!!」
マリーが気合を発すると同時に、白雪姫の拳から魔力が霧散します!
「驚きになって? これが打撃のみを是とするハプスブルク拳法における唯一の魔法。相手の魔法を打ち消す、対抗の魔法よ」
マリーは魔法を使う者にとってまさに天敵とも言える武闘姫でした。
「なるほど。確かに素晴らしい魔法ね。でも、それで勝負は決まらないわ」
「ええ。ええ! そのとおり! あなたほどの武闘姫なら分かっていると思っていたわ。だって……」
マリーは花のような笑顔を浮かべてこう言いました。
「魔法がなければ拳で戦えばいいじゃない!」
マリーがふわりと舞い上がります。それまるでそよ風に吹かれる花びらのようでした。
直後! マリーが空中を蹴ると彼女の体は稲妻のごとく地上の白雪姫めがけて落下します!
まるでギロチンのごとく迫るマリーの踵落とし!
白雪姫はそれを間一髪で避けました。そして大地に叩きつけられたマリーの踵落としは、町の石畳を粉々に粉砕します!
続けて、マリーは立ち上がりながらすくい上げるような回し蹴りを放ちました。
白雪姫はそれを防御しつつも、マリーの強烈なパワーをまともに受けないよう、巧妙に受け流します。
すかさず白雪姫は反撃し、マリーの鳩尾を狙った中段突きを繰り出します。
「ふっ!」
マリーが息を短く吐くのと白雪姫の拳が命中するのは同時でした。
直撃、ですが白雪姫は自分の攻撃が痛打にならなかったと悟ります。
鍛え上げられたマリーの腹筋は力を込めることで鋼のような強度となり、白雪姫の打撃を真正面から耐えたのです。
白雪姫の打撃を完全に受けきったマリーは自信に満ちた笑みを浮かべます。
しかし! 白雪姫の攻撃はまだ終わりではありません!
白雪姫は全身に力をみなぎらせ、それを密着させた拳を通じてマリーに打ち込みました!
それは発勁と呼ばれる打撃技!
力は鋼のようなマリーの筋肉を通過し! 内臓に衝撃を与えたのです!
「……お見事。あなたは素晴らしい拳法家だったわ。さあ、これをどうぞ」
マリーは口の端から血を流しながら、自分のとこれまで集めてきたドレスストーンを渡しました。
そして気を失ってその場にバタリと倒れます。
ああ! 敗北しながらもなんと気高いのでしょうか!
白雪姫は内臓にダメージを受けたマリーに、魔法で応急処置を施した後、すぐ近くにあった宿屋へ運びます。
「彼女をお願いします」
白雪姫はマリーを宿屋の主に預けます。
「ええ、もちろん。責任を持って看病します」
宿屋の主は快諾しました。
それから宿を出た白雪姫は奇妙な光景を目にします。
マリーとの戦いで粉々に粉砕された石畳が、まるで何事もなかったかのように元通りになっていたのです。
「足元が荒れていたから、土の魔法で直しておいたわ」
そこには新たな武闘姫がいました。白雪姫と同じく雪のように白い肌を持つ少女。
そう! クレオパトラです。
「あなた、魔法空手を使うそうね。私の魔法空手とどちらが上か勝負よ」
クレオパトラは拳を構えると同時に全身に魔力を浸透させます。それを感じ取った白雪姫は自分にとって試練の時がやってきたと感じます。
自分と同じく魔法と空手で戦うもの。ここで勝てなければ、7人の師匠から受け継いだ技を最強と証明するのは夢のまた夢です。
白雪姫は初手から電光雷鳴拳:瞬電の型を使うと決めました。
彼女の全身が雷に包まれ、常人では目で捉えられないほどの速度でクレオパトラに拳を打ち込みます。
その時、クレオパトラは白雪姫と互角のスピードを発揮しました。
裏拳で白雪姫の打撃を外側へ弾きます。
一瞬が100倍以上にも引き伸ばされた時間の中で、白雪姫やはりという確信を得ます。自分と同じくクレオパトラも高速移動の技を持っていると。
「やるわね! 私の念動縮地拳と互角のスピードなんて」
電撃の魔法を応用した電光雷鳴拳:瞬電の型に対し、クレオパトラが使ったのは念動の魔法の応用です。魔法によって生み出された運動エネルギーが、使い手に想像を絶するスピードをもたらすのです。
クレオパトラが上段突きを繰り出してきます。
白雪姫はそれをギリギリのところで避けて反撃しようとしましたが、まだ拳が届いていないのも関わらず、顎に打撃を受けました。
何らかの魔法空手であるのは明白! 本来、魔法空手の絶技を二つ同時に使えば凄まじい負荷がかかりますが、クレオパトラにはそれがないようです。なんと恐ろしい達人なのでしょうか。
白雪姫は慎重に相手の絶技を見定めます。
次に繰り出されたクレオパトラの攻撃を、白雪姫はチョップで叩き落とそうとしました。
しかし、白雪姫のチョップはクレオパトラの拳をすり抜け、直後にまたしても見えない打撃を受けました。
続けて三度目の打撃!
白雪姫は防御せずに攻撃を受けました。
不思議なことに、クレオパトラの拳は白雪姫の胸に触れているのに、実際の触覚は鳩尾にありました
これは一体どういうことなのでしょうか!? 白雪姫はそれの理由をすでに見抜いています。
白雪姫は視界に映るクレオパトラの腕とは別の場所、本来なら何も見えない場所を掴みます。すると、たしかに腕を掴んでいるという触覚がありました。
クレオパトラの表情がこわばります。武闘姫同士の戦いで相手に腕を掴まれるというのがどういうことか、分かっているからです。
白雪姫は一本背負いでクレオパトラを石畳に叩きつけます!
魔法”空手”の使い手である彼女ですが、武闘姫であるならば打・投・極の三種を修めるのは一般教養も同然!
クレオパトラもただなすがまま叩きつけられません。受け身と同時に蹴りを繰り出します。
白雪姫は素早く手を話し、大きく間合いを取りながら蹴りを躱しました。それは達人であるなら不十分な距離のとり方ですが、しかしクレオパトラが使う絶技の特性を考えれば当然とも言えるでしょう。
「やるわね」
クレオパトラは立ち上がりながら言います。
「私の絶技を見破りながら一本背負いを繰り出すなんて」
「風の魔法で空気の密度を代え光の屈折で私の目を欺いた。それがあなたの技の正体よ」
「そのとおり。でもこの蜃気楼正拳突きが私の全てじゃない。魔法空手において空手など添え物。真の力は……魔法にある!」
その時、石畳を突き破って植物のツタが現れ、白雪姫の両足に絡みつきました!
「!」
それは植物を自在に操る魔法です!
戦いの直前、クレオパトラは砕けた石畳を土の魔法で元通りにしました。その時、地中に種を仕込んでいたのです。いざという時、魔法で急速成長させ、敵の動きを封じるために!
次にクレオパトラは炎の魔法を使いました。それは普通のとは違って炎が鳥の形をしています。
「まさか!」
「さすがに知っているようね。そうよ! これこそが神代でも限られた魔法使いのみ習得できた伝説の魔法。炎の魔法:鳳《おおとり》の型よ!」
なんと! クレオパトラは失われた神代の魔法を身に着けていたのです!
炎の魔法:鳳の型が放たれます。白雪姫は両足をツタに掴まれて逃げられません。
クレオパトラは勝利を確信しました。
白雪姫は両手に魔力を込めます。もちろんそれはクレオパトラも感じ取りましたが、その程度の魔力量では神代の魔法を相殺するには全く足りないと、勝利の確信は一歩もゆるぎません。
炎の鳥がついに白雪姫に襲いかかります!
ですが! 白雪姫は魔力を込めた手で炎の鳥を受け止めると、そのまま流れるような動作でクレオパトラに向かって撃ち返したではありませんか!
「そんな!」
必殺を確信していた技をそっくりそのまま返され、クレオパトラは驚愕してしまいます。
それはほんの一瞬、ですが致命的で、もう回避は間に合いません。かろうじて魔力を全身に通して防御しますが、不十分でした。
炎の鳥は着弾と同時に爆発しクレオパトラを飲み込みます。
煙が風で去った後、武闘礼装が焼け焦げたクレオパトラが倒れていました。
「そんな、どうして……魔法の才能は私のほうが上のはず」
たしかにそのとおりです。魔法の力は確実に白雪姫よりもクレオパトラが上でした。
ではなぜこのような結果になったのか?
空手です! 全ては空手の差でした。
白雪姫が使ったのは魔法返し! 七人の師匠から受け継いだその絶技は最小限の魔力と体捌きで相手の魔法を打ち返す。それは魔法と空手の両方に長けていなければ実現不可能。
魔法あっての空手!
空手あっての魔法!
それが魔法空手です!
それを理解せず、神に認められた才能に溺れたクレオパトラは、魔法ばかりを鍛え空手の修行をおろそかにしていました。それが彼女の敗因なのです。
白雪姫は地に伏すクレオパトラに手を差し伸べます。
「良い勝負だったわ」
「哀れみのつもり?」
「違うわ。私が勝ったのは空手の僅かな差があったからよ。あなたが今よりも空手の技を磨いていれば、次も私が勝てるとは限らない」
「……」
「私はあなたに魔法空手の腕を競い合うライバルになってほしいと思ってる」
そこでクレオパトラは自分が白雪姫に認めてもらえていると感じました。
これまで砂漠の民はもちろんのこと、同胞たるギルリアの民ですら諦観に支配されていたために、クレオパトラの価値を認めませんでした。
唯一認めたのは女神イシスだけですが、彼女は決して姿を現せず天啓という形でしか関わろうとしません。
今目の前にいる白雪姫こそが、血の通った真の友人《ライバル》だとクレオパトラは気づいたのです。
「ええ、いいわよ。次が来たその時は、私が勝つ」
クレオパトラは白雪姫の差し伸べた手を掴んで立ち上がります。
「愚かな娘。次なんてありはしないのに」
「イシス様!?」
突如天から声が響き渡ります。
「あなたはもう用済みよ」
氷よりも冷酷なイシスの声を聞いた瞬間、クレオパトラは無意識のうちに白雪姫を突き飛ばしていました。
そしてどこからともなく放たれた熱線がクレオパトラの心臓を貫きます。
「クレオパトラ!」
白雪姫が叫びます。もし突き飛ばされていなかったら彼女も熱線に貫かれていたでしょう
糸が切れた人形のように倒れるクレオパトラ。その体から魂が抜き取られ、熱線が放たれた方へと飛んでいきます。
白雪姫は連れ去られるクレオパトラの魂を追いかけました。友の魂を悪しき者に奪われるわけには生きません。
クレオパトラの魂に白雪姫が手を伸ばした時、横合いから飛び蹴りを放つ者が現れます。
白雪姫は防御し、謎の襲撃者を見ます。
それは邪悪なキツネのような笑みを浮かべる女でした。
そしてクレオパトラの魂がその女の手に収まります
「お前がクレオパトラを殺したのね」
「ええ。そうよ。女神イシスを名乗ってあの娘を育ててのはこの私。全てはこのときのためにね」
あろうことかイシスと名乗った女はクレオパトラの魂を飲み込んだのです!
「お前!」
白雪姫は怒りを拳に宿して打ち込みます。
女はそれを軽やかに躱して反撃の蹴りを叩きつけます。
白雪姫はそれを防御しますが、次の瞬間には女の姿は影も形もありませんでした。
「それじゃあ、さようなら」
女は姿なき声を残してこの場から完全に逃げおおせてしまいました。
白雪姫は悔しさのあまり足元を殴りつけます。
あの女は一体何者なのでしょうか?
分かっていることは唯一つ。あの女神イシスを自称する者は、小野小町に対し玉藻前と名乗っていた者とまったくの同一人物とうことです。
武闘姫を育て、その魂を食らう者。間違いなく人ならざるものでしょう。