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サイバーパンク・サーヴァント #むつぎ大賞2024
本作品は「むつぎ大賞2024」の投稿作です。
「彼を殺した凶器はこれだよ」
マスター・アイリーンがポリ袋かかげる。中には弾丸がはいっていた。硬い何かに命中したらしく、潰れていた。
それを見たサイバー魔法使いの男が鼻で笑った。
「バカバカしい。被害者は戦闘用義体の完全サイボーグだ。その弾丸は被害者の装甲に弾かれてる。大方、どこかのチンピラにでも撃たれたのだろう。死因は私が診断した通り、脳停止ウィルスによるものだ。おそらくどこぞのダークネットにアクセスして感染したのだろう。殺人ではなく、不注意からくる事故死だよ」
男の主張は一応は筋が通っている。完全サイボーグを物理的に殺すには、唯一の生身である脳を破壊するのが唯一の方法だが、被害者の脳は無傷だった。
にも拘わらず死亡しているのだから、義体ウィルスが死因と考えるのは論理的に考えて自然だろう。
俺も戦闘用義体を使う完全サイボーグだ。だから、あの弾丸の物理的殺傷力は被害者に全く通用しなかったと分かる。
だが……
「この弾丸、呪殺弾だよ。被害者の脳はウィルスじゃなくて呪いで停止したんだ」
マスターが言うと、男はカンカンに怒り出した。
「与太話はそこまでにしろ! 呪殺弾だったら、弾丸表面に魔法紋が刻まれてる! それは普通の弾丸だ!」
「うん、そうだね弾丸は普通だ。じゃあ、弾丸を発射した銃はどうだろうねぇ?」
俺の聴覚センサーが男の心拍数上昇を聞き取った。ドキッとした感じだ。
「呪殺の魔法紋は弾丸ではなく、発射した銃本体の銃身内部に刻まれているとしたら? 被害者は呪殺をエンチャントされた弾丸で殺されたんじゃあないかな?」
「全部お前の空想だ」
男の声はほんのかすかだが震えていた。
「なら確かめてみよう。ご覧の通り私は探偵でねぇ、失せ物探しは得意なんだ」
マスターが魔法を使うと、凶器の弾丸に魔力の光が帯びる。同時に、男の懐からも同じ光が発せられていた。
「おやおやぁ? この弾丸と縁のある銃を見つけ出す魔法を使ったら、どういうわけか君が持ってるじゃあないか」
彼女はニヤニヤと笑った。性格が悪い。そんなんだからモテないんだよ。
「くそ!」
男が自分の前に炎の鳥を呼び出す。炎の魔法・鳳の型。強力な大魔法だ。
やつは犯罪者としては三流だったが、しかし魔法使いとしての腕は一流のようだ。
だがマスターには俺という使い魔がいる。
男の魔法はまだ完全には発動しきっていない、俺は接近し、微弱な電撃の魔法を付与した拳をみぞおちに叩きつけた。
「おごぉ!」
男は膝から崩れ落ちながら気絶した。発動寸前だった炎の鳥も霧散する。
俺は魔法使いでも何でもないが、使い魔契約をしているので、マスターの魔法を一部だけ使える。
これにて事件は解決。あとはもう警察の領分だ。
●
帰る途中、俺達は寂れた公園に立ち寄った。
眠らない街は、欲望のようなギラギラのネオン光を発しているが、さすがにここまではそれは届かない。
公園は静かで暗い。ここだけが正しく夜だった。
マスターは公園のブランコに座ると、手巻きタバコの道具を取り出して、早速1本作り始める。
紙の上に刻んだタバコ葉を落とし、くるくると巻く。そして紙を舐めてくっつけた。
ちらりと見えた彼女の赤い舌を見た時、大抵の男は”そそられる”だろう。
完全サイボーグで性欲が消滅したはず俺ですらそう思うほど、タバコを巻くマスターの姿は色っぽかった。
魔女として何百年も若い姿のまま生きていると、超自然的な色気が帯びるのだろうか?
とはいえ、どれほど色っぽくても、性格の悪さのせいで魅力は帳消しだがな。
マスターは魔法でタバコに火をつける。
じっくりを味わうように煙を吸い、ゆっくりと吐き出した。
キャンディを溶かしたような甘ったるい匂いが立ち込める。
マスターは、自分で栽培している霊草を混ぜたタバコ葉を愛飲している。
「仕事の後の一服はたまらないねぇ、このために生きてるようなものだよ」
「だが、今回の件が完全に終わったわけじゃないだろ」
「まあね。凶器とかアリバイ偽装のトリックは犯人が自分で考えたやつじゃあない。十中八九、DECC……ダークエルフ犯罪コンサルティングの協力を受けたんだろうね」
「もうちょっと緊張感をもったらどうだ。マスターはDECCが犯人に提供した犯罪プランに泥を塗った。いつ報復されるか分からないんだぞ」
マスターはタバコを吸ってから答えた。
「そのために使い魔くんがいるんじゃあないか。私は推理担当で、使い魔くんは荒事担当、でしょ? だから襲われても迎撃しやすいこの公園を選んだんだよ」
「それは分かってるが、だからといって呑気にタバコを……」
その時、ヒュンと何かが風を切る音が聞こえた。
俺は本能的(オートマチック)に動いた。
暗闇から放たれた矢がマスターに襲いかかろうとしている。
矢を掴み取るとビリッとした感覚が返ってくる。呪詛だ。念の為、呪詛防御の魔法を自分にエンチャントしておいて良かった。
マスターは平然とタバコを吸い続けていた。
俺は太もも部分に内蔵していた拳銃を取り出す。
矢が飛来してきた方向へ射撃する。やみくもに撃っているわけではない。弾丸には誘導の魔法がエンチャントされている。
弾丸が弾かれる音が聞こえてきた。
暗闇の中からエルフの女が現れた。DECCのダークエルフ(犯罪行為をするエルフの通称)に間違いない。
エルフはシルヴァライト族特有の、金色の髪に輝くような白い肌をしていた。あの部族ですら、ダークエルフに成り下がるやつで出てくるなんて世も末だな。
彼女は右手にショートソードを握り、矢筒を背負っていた。
矢筒から矢がひとりでに動き出した魔法による遠隔操作だ。
生まれながらに魔法の達人であるエルフにとって、弓は必要ない。
矢と共に彼女は短剣を構えて突進してきた。
俺は拳銃で矢を迎撃しつつ、左腕からブレードを展開した。
「これを吸い終わる頃には、かたをつけておくれよ」
マスターは呑気に2本目のタバコを巻き始めている。その態度に腹が立ちつつも、ほんの僅かだけ俺を信頼してくれる嬉しさがあった。
エルフがショートソードを振るう。
俺はブレードで防御する。間近で見るショートソードの刃には、予想通り呪殺の魔法紋が刻まれていた。
「人形ごときが邪魔をするな」
エルフは目にも止まらぬ速さでショートソードを繰り出してくる。
常人なら瞬きする間に体を細切れにされていただろう。だが俺なら十分に対応できる。
それよりも問題なのは、矢の方だ。
エルフは、隙あらば矢でマスターを射殺そうとしてくる。そのたびに俺は拳銃で撃ち落とさなければならなかった。
お陰でエルフを仕留めるチャンスがなかなかつかめない。
もちろん、それはエルフにも言える事で、彼女の顔にだんだん苛立ちの色が浮かび上がってきた。
エルフが一旦後ろに下がると同時に、今度は俺へ矢を放ってきた。
呪詛防御はしてるし、物理的な防御も問題ない。俺は自分に放たれた矢をそのまま受けた。
その瞬間、違和感を覚える。
「何だ、マスターとの繋がりが消えた!?」
使い魔には、常にマスターとの魔法的経路がある。それを失った俺は、世界から見捨てられたかのような不安を覚える。
「あーあー、やっちゃったねぇ」
マスターが呆れたように言う。
「今食らった矢に付与されたのは魔法効果を無力化する対抗の魔法だねぇ。使い魔契約を一時的に消されちゃったんだ」
くそ、数日はミスをネタにからかわれるぞ。その証拠に、マスターはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「これでもう貴様は、ガラクタ人形だ!」
エルフが斬りかかる。魔法が使えなくなった以上、俺は呪詛を防御できない。
なら防御せずに対処すればいい。
「死ね! 人形!」
スイッチ、オン。
直後、時間が遅くなる。
それは俺の主観的なものだ。
スローになった世界で、俺だけが遅くならない。
まず俺はショートソードに弾丸を全てぶち込んだ。俺の主観ではゆっくりと何度も弾丸がぶつかり、刃を破壊した。
次に俺は相手の背後に周り、矢筒を切り裂いた。
最後は軽く足払いをしてやれば終わりだ。
時間の早さが戻る。
エルフは頭から地面に突っ込む形で転倒した。
「な、何だ!? 何がおきた!?」
「悪いが企業秘密だ」
俺は素早く拳銃のマガジンを交換し、銃口を突きつける。
「さて、DECCについて色々話してもらうぞ」
俺が尋問しようとしたその時、空から槍が降ってきてエルフを殺した。
はっと上を見上げる。
ビルの屋上に、真っ白なペガサスと、それに乗るチョコレート色の肌をした別のエルフがいた。
ドーンブレス族のエルフだ。
彼女は俺を一瞥すると、ペガサスと共に夜空に消えていった。
「うーん、ちょっとまずい事になったねえ。君の切り札、バレちゃったかも」
マスターは吸い殻を携帯灰皿に押し込みながら言った。
「だろうな。対抗の魔法の影響下で使ったんだ。俺の加速装置が、魔法を使わない純粋な科学技術だってのは、ちょっと考えれば分かるだろう」
科学は常に魔法に一歩劣る。それが世間一般の常識だ。科学力の粋を集めたサイボーグは、魔法を自在に操る魔法使いには勝てない。
だが例外はある。
それが俺の義体に内蔵されている加速装置だ。おそらく世界で唯一、魔法を超える科学技術。
その存在が、DECCにバレた。
エルフは魔法より優れた科学技術は決して認めない。必ず、加速装置を持つ俺を始末しに来るだろう。
「うーん、連中の事は一介の探偵が関わるべきじゃないと思ってたけど……でも私の使い魔くんに酷い事されるのは嫌だなぁ」
マスターはブランコを漕ぎながら考える。
「よし、決ーめた!」
マスターはブランコからジャンプした。
「DECC、潰しちゃおう」