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35話 第473並行世界の歴史4

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 人類は新天地にたどり着いた。けどそれで安泰というわけじゃなかった。人が住めるよう開拓する必要があった。

『私達は惑星上で最も環境が安定した地域に降り立ち、〈方舟〉を解体して得た資材を使い、最初の街を作りました。大陸の中心部にあるそこは、鉱物資源が豊富な山が有りましたが、危険な原生生物が待ち構えていました』

 音声記録に耳を傾けつつ、俺は壁に飾られた大陸全土の地図に視線を向ける。大陸の中心部に有る山。おそらく地球人最初の居住地はあそこだろうと目星をつける。

『ひとまずの安全は確保できましたが、危険なこの星で生き延びるためには、身を守るために戦いつつ、文明を発展させるための力が必要でした。そこで私は人工天才技術とバイオテクノロジー技術を組み合わせ、様々なスキルを付与するバイオナノマシンを開発したのです』

 女神の声が詳細を語る。

 それによればバイオナノマシンは脳や肉体に作用し、宿主の遺伝子に合わせたスキルを付与する。

 更に母親から胎児に一部のバイオナノマシンが移動して自己増殖するので、生まれてくる子供もスキルを所有している。

『でも、それだけでは足りない。地球人にとってこの星は過酷すぎます。人類は別の側面からもう一つ力を得る必要がありました。そのために私は遺伝子改造による新人種を生み出しました』

 それこそが、この世界に生きる異種族の人々たち。彼らは改造人間の末裔だった。

『私は街に遺伝子改造施設を建設し、志願者にかぎり遺伝子を改造しました。自分の体を全く別物に変えてしまう覚悟は並大抵のものではありません』

 それからしばらくはこの星の開拓に関する記録だった。

『さらに人類が絶滅した時の保険も用意しました。ある地点に、〈方舟〉の乗組員の遺伝子情報を保存したクローン施設を作ったのです。悪用の危険があまりに高いので、私と信頼できる人しか施設の場所は知りません』

 クローン施設。間違いなく英霊の墳墓のことだろう。

 それからしばらくは順調にこの星の開拓が進む様子が語られる。

 そのまま、人類が復興するに思われたが、とんでもない事態が起きる。

 神話で語られていた悪魔と魔族の出現だ。

『彼は記録上は存在しない人工天才であり、自らの正体を隠していました。なぜ正体を隠していたのかはわかりません。わかっていることは唯一つ。悪魔のように邪悪な男ということだけ』

 人々が長年続けていた戦争をやめ、手を取り合ったのは人類存続のためであり、平和主義に目覚めたわけじゃない。心の奥底では多くの遺恨がくすぶっていて、悪魔はこれを巧みに焚き付けて扇動した。

 憎しみの火は瞬く間に燃え広がった。

 地球時代の戦争を知るものは老人ばかりになったが、しかし彼らの息子や娘は、血とともに遺恨すらも受け継いでしまっていた。

 嫌らしいのは扇動するタイミングだ。移住直後で生きるのも精一杯な時期ではなく、生活が安定して戦争が出来てしまう余裕のある時を狙って行動を起こした。

 人工天才である悪魔は女神の遺伝子改造技術を盗用し、戦争の参加者を魔族に変えてしまう。

『このままでは、地球時代の繰り返しになります。私はそれ阻止する義務がありました』

 もちろん女神は悪魔に扇動され魔族となった人々の争いを止めようとした。

 幸いにも彼女には多くの協力者がいた。

 女神たちは扇動者たる悪魔を倒し、争う者たちを説得した。そして、説得を頑として聞き入れず意固地に戦い続ける連中を今は魔大陸と呼ばれている土地へ追放し、ようやく戦争を終わらせた。

『戦争は終わりました。でも地球時代同様に勝利などどこにもありません。訪れるのは平和ではなく苦難。まさか全ての自律管理システムがコンピュータウィルスで暴走するなんて……』

 ウィルスを仕込んだのは悪魔だった。やつは自分の死を引き金に発動するよう設定していた。

『各地の街や施設の自律管理システムは量子テレポーテーション通信によるネットワークで繋がっていたため、復旧するには街や施設の中枢まで到達してシステムを初期化し、ネットワークから切断する必要があります。ですが、今日生きるのですら精一杯な私達に、それだけの力はありません』

 街や施設が迷宮化したせいで、当時の人々は文明の恩恵を完全に奪われた。その上、戦争の傷跡も有る。1日を生きるのすら困難な状況では、迷宮踏破など不可能だった。

『死に際の彼は自分ができる精一杯を成し遂げたと、とても満たされた様子でした。私は今まで彼を悪魔のような男と思っていましたが、もしかすると本当に悪魔そのものだったのかもしれません』

 それからは、女神が人々を助けるため懸命に働いていたのが音声記録から伝わってくる。

『最近、体が重く感じるようになりました。少し疲れているのかもしれません。ですが休んで入られません。私は人類のために……あら、鋼治さん。どうされましたか?』

 女神が録音中に誰かやってきたのか、別人の声が入っていた。

『君は働きすぎだ。この間だって過労で倒れただろう』

『私は人類を守るために生まれました。休むわけにはいきません』

『もう守ってるじゃないか。君はスキルと新人種という力を授けた。それさえあれば人類はやっていける』

『でも』

『俺は力ずくでも君を連れ出すつもりだ。君を都合の良い女神様ではなく、ごく普通の人にするために』

 二人の間に沈黙が漂う。

『鳩美、君は人類にとって都合の良い道具でもなければ神様でもない。人だ、人なんだ。君はもう十分すぎるほど頑張ってる。もう休んで良いんだ』

 女神の嗚咽が聞こえてきた。今まで抑え込んでいた感情が溢れている感じだ。

『もう頑張らなくて良いのですか?』

『ああ』

『使命を果たさなくても良いのですか?』

『そんなものは捨ててしまえ』

『鋼治さん、私を連れて行ってください。私を女神と崇める人たちのいない場所に』

『もちろんだ。君が開発したバイオナノマシンは俺に〈勇者〉のスキルを与えた。それはこの時のためだと思う』

 最後の音声データはそこで終わった。

「以上が、日記として保存された音声データです」

 輝く聖板のAIが淡々と報告する。

 誰もが無言のままだった。

「理解できない所も多いが、これが歴史の真実……」

 最初に口を開いたのは国王だった。歴史は政治とは無関係ではいられない。今知ったことを扱うべきか考えているのだろう。

 一方で教皇は愕然とした顔をしていた。そりゃそうだろう。自分が今まで信じていた価値観が全部ひっくり返ったようなものだ。

 女神は自分に背負わされていた使命を苦痛に思い、人々の前から去っていった。

 輝く聖板が後世まで残っているということは、女神が捨てたのを初代教皇が回収したのだろう。自分の人生のそのものとも言える聖板を手放したのなら、きっと彼女にとってこれも苦痛の一つだったに違いない。

 この世界はとっくの昔に女神様に見捨てられていた。教皇がそんなふうに考えたっておかしくはない。

「トラベラー様」

 彼女の目を教皇は真っ直ぐ見つめる。

「私はあなたを女神様の生まれ変わりとして、この世界を導いてほしいと考えていました。ですが、聖板に残された女神様の御言葉を聞いて考えを改めました」

 彼の顔は先程とは打って変わって引き締まったものだった。困難へ立ち向かうと腹をくくったような感じだ。

「世界の運命をたった一人に背負わせてはならない。社会とはそこに生きる全員で支え合わなければならない」

 教皇がそう言ってのけた時、彼の気配が全く変わった。なれない法衣を身にまとうぎこちなさはなく、いまや完全に自然体となっている。

 もしかすると彼はこの瞬間に本当の教皇となったのかもしれない。

「わたくしも教皇猊下のお考えに賛同したいと存じます。我々は一握りの英雄に頼るべきではありません」

「よく言ったジェーン。それでこそ次の王だ」

「ですので陛下もご自愛し、私や家臣がお支えするのをお許しください」

「う、うむ」

 流石にこの流れでは国王も働きすぎないよう自重しなければならないな。

「この場にいる皆さんのお考えは分かりました。では輝く聖板を他の人でも使えるようにしましょう」

 トラベラーは聖板のサポートAIに指示を出し、持ち主の認証機能を停止させた。

「今後は王家やスキル教が共同で管理し、聖板にある知識を正しく使ってください」

「うむ。任された」

「女神様の叡智、決して悪用いたしません」

 国王と教皇が厳かに言う。

「それでお二人はこれからどうされるのですか?」

 ジェーンの問いに俺の答えはもう決まっている。

●Tips
輝く聖板
 女神と呼ばれていた、第473並行世界の赤木鳩美が愛用していたタブレット型端末。計算速度は100エクサフロップス、ストレージ量は10ヨタバイトで、価格は当時の平均月収の3分の1程度である。

最初の勇者
 本名は黒井鋼治。バイオナノマシンによって〈勇者〉スキルと適合した女神の護衛。
 女神を守り、悪魔を倒した彼のも彼である。
 しかし当時の大衆からすれば女神を連れ去った重罪人であるため、その偉業が後世まで語られることはなかった。

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