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33話 第473並行世界の歴史2

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 神官が柔和な笑みを浮かべながら見学者を見る。だが、トラベラーに視線を向けた時、一瞬だけぎょっとしたような表情を浮かべた。すぐに元の表情に戻るものの、こころなしかぎこちない様子だ。

「見学会に来たのは失敗だったかもしれません」

 トラベラーが俺にだけ聞こえるようささやく。

「どういうことだ?」

「案内役の神官の反応。もしかするとこの並行世界における私と面識があるのかもしれません」

 ホリーとの戦いでメガネ型の認識阻害装置が壊れたので、今はトラベラーの人相を認識されてしまう。

「前にも言ってた、並行世界の同一人物ってやつか。けど、考えすぎじゃないか? 世界の何処かにいるもう一人の自分やその関係者と遭遇のはほぼありえないだろ」

「たしかにそうなのですが、偶然では説明できないほど私は並行世界の自分と遭遇してきたのです」

 俺に実感はわかないが、トラベラーが少なからず不安に思っているのは確かだ。

 とはいえ、いきなりこの場を立ち去っては不自然に写る。余計なトラブルを起こすわけには行かない。

 最初に連れてこられたのは、およそ15メートルにも渡って描かれた長大な壁画だった。

「この壁画は今から300年前、ルージャテグメント大聖堂の建築事業の一環として、これまでの歴史を残すため当時の教皇が直々に筆を執られました」

 それから壁画を教材に歴史の解説が始まる。

「まずはこちらをご覧ください」

 神官の視線の先には二人の王がそれぞれ禍々しい火の玉を掲げて睨み合う姿があった。

「我々の歴史は大きく分けて3つの歴史があります。これは第1歴において楽園の東と西をそれぞれ納めていた二人の王の姿です。二人の王は楽園の支配を巡って争っており、やがて禁忌の力とされる恐ろしき火に手を出してしまいます。二人の王が互いに恐ろしき火を使った結果、楽園は滅んでしまいました」

 次は黒髪の少女が民衆の先頭に立つ姿と、その後ろで大きな白い船が中に浮かぶ場面だ。

「ここに描かれているのは女神様と方舟です。楽園を失った人々を哀れんだ女神様は、彼らを方舟に乗せて、我々が今生きている世界に連れてきたのです」

 次の場面は説明されなくともなんとなくわかった。

「女神様はこの世界で人が生きていけるよう、スキルを授け、新しい種族を生み出します。さらには数々のマジックアイテムや素晴らしい街を作り上げました。第2歴と呼ばれる時代の始まりです」

 そこからまた戦争の場面だ。悪魔が率いる魔族の軍勢と、女神様が率いる人々の軍勢が戦っている。

「第2歴は女神様の寵愛により第1歴以上の楽園となりましたが、悪魔の出現によって終りを迎えます。悪魔は人々の心を操って再び争いを起こしてしまったのです。操られた人々は戦ううちに人の心を失い、やがて悪魔に近しい姿に変身してしまいます。この人々こそが、今日における魔族の始祖と言われています」

 それまで神々しく描かれた街が、一転して禍々しく描かれるようになり、また女神が眠っている場面に写る。そして黒い大陸へ渡っていく人々もあった。

「魔族となった人々の闘いは女神と正しい心を持つ人々によって止められました。悪魔は討たれ、魔族は魔大陸へと追放されました。しかし、平穏は完全には戻らません。女神は力を使い果たして長い眠りにつき、街は悪魔の呪いによって迷宮と化してしまったのです」

 そこからは女神と文明を失った人々が過酷な日々を過ごしたと伺える場面が続く。

 終盤になると、冒険者らしき者達が迷宮に挑戦し、魔物と戦う場面が入ってくる。

「人々は長きに渡って苦難の日々を過ごすことになります。やがて冒険者たちが現れ、彼らが迷宮から持ち帰った僅かなマジックアイテムから少しずつ文明が復興していきます」

 そして長大な壁画の終点、光を浴びる冒険者たちが描かれている。パーティーのリーダーらしき人物は、剣と王冠を掲げていた。

「そして当時最も優れた冒険者アベル・アドルとその仲間たちが迷宮の踏破を初めて成し遂げます。そして呪いから開放され迷宮から元の姿に戻った街を礎に、アドル王国を作り上げたのです。こうして我々が生きる今の時代、第3歴が始まったのです」

 そうして壁画に描かれた歴史は締めくくられた。

 壁画を描いた昔の教皇はけっこう作品を残していたらしく、ルージャテグメント大聖堂は美術館でもあった。

 次に見せられたのは抽象化した女性を描いた絵だ。

「こちらは女神様を描いた作品です。先程の壁画もそうですが、このように抽象化されているのは理由があります。もともと、女神様は御身の偶像を作るのを禁じられていました。ですが女神の最初の信奉者である初代教皇が、女神様の存在を後世に伝えるのに必要と三日三晩土下座と祈りを捧げ、ついに抽象化した絵姿や像ならば作ることを許されたのです」

 なにしてんの初代教皇……それに女神もちょっと妥協してくれんだ。

「なお、この出来事が由来となり、土下座は相手に誠意を示す作法となったのです」

 ヘーソウナンダー。

 なんというか神話上のやり取りなはずなのに妙に人間味がある。

 不定の迷宮とか英霊の墳墓はかなり高度な技術で作られていた。それにさっきの神話を踏まえると、女神ってのはもしかすると古代文明の科学者だったりするのかな?

「また描かれてる女神様が右手にお持ちになっている物にご注目ください」

 描かれた女神の右手にはタブレット型端末みたい道具があった。

「あれは輝く聖板と言いまして、女神様が持つ全ての叡智が収められているとされています」

 あれがアカシックの言っていた「面白いもの」か?

「輝く聖板は今もあるのですか?」

 見学者の一人が神官に尋ねる。ナイス質問! 俺たちも知りたかった。

「はい。女神様が長い眠りにつかれる時、初代教皇に託されて以来、代々の教皇が保管しております。もっとも、輝く聖板は女神様のみが扱える神具ですので、我々はその叡智に手が届かないでしょう」

 女神だけが使える? あれが古代文明のコンピュータか何かだったら、トラベラーの万能ツールでハッキングとか出来ると良いんだが。

「持ち主なき輝く聖板は力を失っています。ですが、女神様が長い眠りから復活されれば、再び輝きを宿すでしょう」

 神官は一瞬だけトラベラーを見た。彼はよほど彼女のことが気になるらしい。やはり、この異世界におけるトラベラーの同一存在がいて、その人を知っているのか?

 その後は、長いスキル教の歴史で聖人認定された人たちの逸話や、スキル教にとって重要な出来事や変革について解説された。

 ちなみに、やはりというか管理派に関係することは一切触れなかった。特にホリーはスキル教としてはなかったことにしたいくらいの汚点だろう。勇者の仲間とか聖女とか持ち上げたのに、魔王側に付いてしまったからな。

 見学会の後、俺たちは王都にある大衆食堂で夕食を取ることにした。

 流石に王都だけあってただの大衆食堂でもそこそこ高級だが、王族との食事会よりは気持ちが楽だ。

 やっぱり食事って料理の質だけじゃなくて場の雰囲気も大事なんだなとしみじみ思う。いくら超常的な成長をもたらすイレギュラーGUでも、王族との食事会でマナーを守りつつリラックスして食事を楽しむ神経の太さはもたらしてくれない。

「なあ、なんでつけられてるんだろうな」

「わかりません」

 実は見学会の後から誰かが俺たちをつけている。案内役の神官の不自然な挙動を考えるに、ルージャテグメント大聖堂の人間か?

「どうする?」

「相手の意図が読めません。余計なことはせず、素直に戻ったほうが良いでしょう」

 王宮へ戻ると、流石に尾行の気配は消え去った。

●Tips
ルージャテグメント大聖堂
 アドル王国成立時に建設されたスキル教の本拠地。スキル教において女神が好んだ神聖な色とされている赤いの屋根を持つ。
 聖堂内にある壁画を描いた教皇は元冒険者で、建国の祖であるアベル・アドルのパーティーで回復役を努めていた。

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