25話 スキル教管理派4
とにかく、後はホリーを地上に運んで、王都からやってくる兵士に引き渡せばいい。
俺はホリーに近づき、彼女に手を伸ばす。
その時、彼女の目に気がついた。打ち負かされて捕らえられたやつの目じゃない。
罠に近づく獲物を見る目だった。
突如、ホリーを縛っていたケーブルが弾け飛ぶ。魔族すら抗えなかった強度のを、だ!
ホリーは手刀を振るう。素人丸出しの動きだったが、俺の想像以上の速さだった。
手刀が頸動脈を切り、俺の首から血が噴出する。
「油断しましたね、予め体を強くする薬を飲んでいたのですよ……あら?」
ホリーは俺の致命傷があっという間に消えたのを見て驚きの声を上げる。
「悪いな。俺は不死身なんだ」
余裕ぶってみせるが、内心ではヒヤリとしている。イモータルEXががなかったら今ので死んでいた。
「そうですか。用心しておいてよかったです」
「なに?」
直後、全身の力が抜けて俺は倒れた。
「強化薬で力を得たと言っても、私に武芸のスキルがありませんからね。手にドラゴンの心臓すら止める麻痺毒を塗らせていただきました」
しまった、毒手拳か!
ホリーには〈毒無効〉レアスキルがある。毒を手に染み込ませて攻撃する毒手拳はお手の物だろう。
そして毒は〈万能製薬〉で作ったのだろう。薬と毒の違いは、害が有るか無いかだけだ。
仁也さんたちがスキルを応用して第二の魔王軍を倒したゆえに、奴らは自分たちでもスキルの応用を学習し始めている。
くそ! なにが「油断しなければ」だ。そんな考えそのものが油断じゃないか!
「後は、相方を始末するだけですね。その後はじっくりあなたの体を調べさせてもらいます。知っていますか? 人間の内臓は意外と薬の材料になるのですよ。あなたの体を使えば、本物の不老不死の薬が作れるかもしれません」
本物の不老不死。そんな言い方をするってことは、第二の魔王軍の蘇生法は予備の肉体の可能性が更に高まった。
「調月さん!」
トラベラーがスマートアローを放つが、ホリーはそれを素手で防御した。
まるで硬いゴムに当たったかのように矢が弾かれる。筋力だけでなく、皮膚の強度も上昇しているようだ。
逃げろ!
そう叫ぼうとするが、麻痺毒のせいで声が出せなかった。
全てのコモンスキルが使える〈汎用特化〉には〈毒軽減〉が含まれてるが、ホリーのと違ってあくまで毒の害を軽減するだけにとどまる。コモンスキル程度の軽減力ではこの麻痺毒に全く太刀打ちできない。
おまけに〈汎用特化〉から〈解毒の魔法〉を使おうとしても、全身がしびれている状態では発動できない。
八方塞がりだ。
「アカシック! 一度くらい、助手役が活躍しても構いませんね!」
トラベラーは、おそらくどこかで見ているであろう彼女に叫んだ。
「私を倒すのは難しいですよ。スキルを強化するかわりに過度に興奮する副作用がある神薬と違って、この強化薬は単純な肉体強化で使いやすい。手に毒を塗っているのもそう。全て5年前の敗北を反省したからこそ」
ホリー最大の弱点は戦闘力が低いことだ。それを補うために、5年前の戦いでやつは発狂重篤信奉者を矢面に立たせて自分は薬による回復と支援に徹したらしい。
そこで仁也さんたちは、上手くホリーと発狂重篤信奉者を分断して倒した。同じ手を二度も受けないために対策を取るのは当然か。
「なにより……」
ホリーが聖女らしからぬ蛇のような笑みを浮かべる。
「私は死んでも生き返る」
「……」
トラベラーは何も言わなかった。代わりに持っていた弓を手放した。
「あらあら。潔いですね。ここで自らの罪を懺悔し、真の教えに身を委ねるとうのならば、私はあなたを許し……」
ホリーの言葉をよそに、トラベラーの手に光が生じる。
収納空間から一振りの刀が現れた。
トラベラーが刀を構える姿は洗練されていた。決して付け焼き刃ではない。
彼女は弓だけでなく剣も達人であったのだ。
「私の慈悲を蔑ろにするとはなんと愚かな」
ホリーが不快感に顔を歪める。
「もはや死を持ってしか許されない!」
ホリーが踏み込むとあまりの強さに床が砕ける。そして砲弾のごとく勢いでトラベラーの首に毒手刀を叩きつけようとした。
それに対するトラベラーの動きは小さなものだった。一切の無駄がなかった。
手刀を交わしたトラベラーは、ホリーの腕に刃を振るう。見惚れるほど美しい一太刀だ。
すっと豆腐に包丁を入れるかのごとく、なめらかにホリーの腕が切断される。
切り跳ばされた腕はくるくると宙を舞い、俺の目の前に落ちる。
一瞬遅れてホリーの悲鳴が地下礼拝堂に響き渡った。
「そんな! どうして!?」
痛みに耐える訓練はしていないのだろう。ホリーはその場で膝を付き、腕の断面を抑える。
「抵抗はやめなさい」
トラベラーは冷静に言う。相手を慮る気持ちはないが、さりとて嘲る気持ちもない。ただ無機質に言うべきことを口にした。
それが返ってホリーのプライドを傷つけたようだ。
「異端者の分際で!!」
怒りがホリーに痛みを忘れさせたのだろう。彼女は懐から薬瓶を取り出して、中身を一息に飲み干す。
またたく間に腕が再生した。凄まじい効果の回復薬。あれも〈万能製薬〉で作ったものか。
「私は女神に愛された聖女よ! 全ての人が己のスキルに忠を尽くす理想の神聖管理社会を作れと女神はおっしゃった! 異端者に負けるわけにはいかない!」
「それはあなたの悪心が生み出した妄想に過ぎない」
「私の信仰を穢すな!」
ホリーは拳を繰り出す。
●Tips
ホリー・ホワイト
最悪の醜聞の二つ名で忌み嫌われる第2の魔王軍の一人。
素材を見るだけで、それを使った薬の製法と効能がわかる〈万能製薬〉のレアスキルを持つ。
スキル教はホリーが管理派と知らず、聖女として全面的に支持していたた時期があった。彼女が人類を裏切った後では、スキル教にとって汚点であるため、彼女の名をあらゆる出版物から検閲している。
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