赤い白無垢
国主は国一番の剣豪を朱鷺姫の婿にすると言った。
6人の剣豪が婿選びの儀に名乗りを上げる。
美姫を妻にし、一国一城の主になる。男達は野心に燃えた。
その中に変わり者がいた。
この男、斬り合いにしか興味がなく、自分の名を忘れるほどの無精者であった。
まるで刀が人に化けてるようだ。人は彼を刀太郎と呼ぶ。
腕自慢と斬り合いたい。それだけの理由で、彼は婿選びの儀に参加する。
剣豪達は儀を行う場である、とある山に集められた。
朱鷺姫が挨拶に現れた。
「皆様、朱鷺のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
姫の笑みに、刀太郎以外の剣豪が破顔する。
「かつてこの山には鬼が住んでおり、それを一人の殿方が調伏したという伝説があります。皆様はその殿方に匹敵する力をお持ちでしょう」
それを聞いた刀太郎は、やる気を無くした。
「帰って良いか? 人なんぞと斬り合うのがつまらなくなった」
刀太郎は、剣豪達が手足の生えた巻藁のように見えた。
「鬼と斬り合った男が羨ましいよ。さぞ楽しかったろうな」
「申し訳ありませんが、辞退は認められません」
刀太郎は朱鷺姫の笑顔が変わったように見えた。だが、斬り合いの事しか考えない彼に、その意味がわからない。
渋々参加する刀太郎は、当てもなく山を登る。道中、誰とも会わなかった。
夜の帳が降りる。今宵は満月だが、雲に隠れている。
頂上に差し掛かったとき、ころりころりと何かが転がってきた。
人の首だ。剣豪の一人だった気がする。
「失礼、うっかり転がしてしまいました」
雲が晴れ、満月があらわになる。
妖気帯びる月光の下に、朱鷺姫がいた。赤く汚れた白無垢を着ている。
血の匂いが香のように鼻腔をくすぐる。
姫のたおやかな手には刀。白無垢と同じように染まった刃。
「彼らは逢瀬の邪魔になるので斬りました」
刀太郎は朱鷺姫を見る。
鬼が、微笑んでいた。
【続く】